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ブラックコーヒー・ラブ・イン

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祖父がコーヒーマニアだったのに感化され、俺も中学から自分で豆を挽き、サイフォンでいれ、ブラックで飲むほどの愛好家に。その嗜み具合は「手作業でコーヒーをいれて、お茶くみをさせてくれる」を条件に就職先を選んだほど。

「こだわりのある、お茶くみ志望って(笑)」と条件を飲んでくれたデザイン会社で、今日も今日とて、会議にだすコーヒー豆を粉砕中。祖父から受け継いだ、木箱に金属の取っ手がついた、古めかしいミル。

がりがりと砕ける感触、音からして恍惚とするようだし、焙煎したてのを、朝買ってきたこともあり、一段とかぐわしいのを、胸いっぱいに吸うと昇天しそう。「今時、お茶くみって(笑)」と人から、ああだこうだ云われるが、もとより、時間をかけてコーヒーをいれるのは、なんら苦でないし、ご褒美のようなもの。

べつに飲んだ人に褒められなくても「このコーヒーが契約の決め手となった」というように、仕事で役に立てなくてもいい。市販のコーヒーなど糞くらえ。俺自身、本格的なのを飲みたいのもありつつ、手作業自体に心浮き立つわけで、まあ、結果として、仕事で思いつめたり、人間関係で心が荒んだときにリフレッシュできてよいけど。

はじめは、給湯室で一人、浮き浮きと作業するのに眉をひそめられたが、事務所の人はもう慣れたもので、歌が聞こえてきたとしても、出入り口の前をスルー。リズミカルに腰を揺らして、熱唱するのはコーヒーにまつわる歌で、今日はアイドルの「ブラックコーヒー・ラブ・イン(飲)」。

「ほんとは私、コーヒーには角砂糖二かけら、ミルクたっぷりじゃなきゃ、飲めないの

でも、コーヒー通のあなたの前では、ブラックコーヒー、ラブ、イン!

私の恋は甘くない、舌がしびれて泣きそうなほど苦くて

冷めたコーヒーみたいに、あなたもつれないんだから」

メトロノームのように尻をふって、ノリノリ最高潮にサビを歌いきったら「ぶっ」と噴きだす音が。閉じていた目を剥いて、給湯室の出入り口を見やれば、デザイナーの三好さん。

フリーランスで事務所とよく仕事をするため、よく打ち合わせをしに顔をだす。そのたび、アレルギーではないが「こんな真っ黒で禍々しい見た目のもんは、飲み物と認めない!」とコーヒーを断固拒否し、対して「チョコレートは食べるくせに!」と負けじと噛みつく俺。お互い一歩も譲らない、白熱バトルする天敵だ。

油断しきったさまを見られたとなれば、鬼の首をとったように、笑い倒されると思いきや、にやにやしつつも「なんか、コーヒー飲みたくなってきた」と。

「こんな、香ばしい匂いをさせながら、愛らしくケツをふりふりさせられちゃな」

案外、冷かすとか、他意がなさそうに微笑んだのに、不覚にも頬を熱くする。いつもの調子で噛み返せず、口ごもっているうちに、接近され耳元で囁かれた。

「甘くない恋の味で、俺も痺れさせてくれよ」

大真面目も大真面目なトーンで口説くような真似をしたものだが、むしろ「なんて、たちが悪い!」とぞっとして突きとばすと、大口を開けて高らかに笑ったもので。結局、からかっただけかと思うも、そのあとの会議で、三好さんは何もいれずにカップを傾けた。

次の瞬間、勢いよく噴きだして、資料を黒く染めあげたが。「ざまあみろ」と思いつつ「やだ、あの人、馬鹿じゃないの・・・」と胸がときめいたのも否めなかった。



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