30 / 30
ブラックコーヒー・ラブ・イン
しおりを挟む祖父がコーヒーマニアだったのに感化され、俺も中学から自分で豆を挽き、サイフォンでいれ、ブラックで飲むほどの愛好家に。その嗜み具合は「手作業でコーヒーをいれて、お茶くみをさせてくれる」を条件に就職先を選んだほど。
「こだわりのある、お茶くみ志望って(笑)」と条件を飲んでくれたデザイン会社で、今日も今日とて、会議にだすコーヒー豆を粉砕中。祖父から受け継いだ、木箱に金属の取っ手がついた、古めかしいミル。
がりがりと砕ける感触、音からして恍惚とするようだし、焙煎したてのを、朝買ってきたこともあり、一段とかぐわしいのを、胸いっぱいに吸うと昇天しそう。「今時、お茶くみって(笑)」と人から、ああだこうだ云われるが、もとより、時間をかけてコーヒーをいれるのは、なんら苦でないし、ご褒美のようなもの。
べつに飲んだ人に褒められなくても「このコーヒーが契約の決め手となった」というように、仕事で役に立てなくてもいい。市販のコーヒーなど糞くらえ。俺自身、本格的なのを飲みたいのもありつつ、手作業自体に心浮き立つわけで、まあ、結果として、仕事で思いつめたり、人間関係で心が荒んだときにリフレッシュできてよいけど。
はじめは、給湯室で一人、浮き浮きと作業するのに眉をひそめられたが、事務所の人はもう慣れたもので、歌が聞こえてきたとしても、出入り口の前をスルー。リズミカルに腰を揺らして、熱唱するのはコーヒーにまつわる歌で、今日はアイドルの「ブラックコーヒー・ラブ・イン(飲)」。
「ほんとは私、コーヒーには角砂糖二かけら、ミルクたっぷりじゃなきゃ、飲めないの
でも、コーヒー通のあなたの前では、ブラックコーヒー、ラブ、イン!
私の恋は甘くない、舌がしびれて泣きそうなほど苦くて
冷めたコーヒーみたいに、あなたもつれないんだから」
メトロノームのように尻をふって、ノリノリ最高潮にサビを歌いきったら「ぶっ」と噴きだす音が。閉じていた目を剥いて、給湯室の出入り口を見やれば、デザイナーの三好さん。
フリーランスで事務所とよく仕事をするため、よく打ち合わせをしに顔をだす。そのたび、アレルギーではないが「こんな真っ黒で禍々しい見た目のもんは、飲み物と認めない!」とコーヒーを断固拒否し、対して「チョコレートは食べるくせに!」と負けじと噛みつく俺。お互い一歩も譲らない、白熱バトルする天敵だ。
油断しきったさまを見られたとなれば、鬼の首をとったように、笑い倒されると思いきや、にやにやしつつも「なんか、コーヒー飲みたくなってきた」と。
「こんな、香ばしい匂いをさせながら、愛らしくケツをふりふりさせられちゃな」
案外、冷かすとか、他意がなさそうに微笑んだのに、不覚にも頬を熱くする。いつもの調子で噛み返せず、口ごもっているうちに、接近され耳元で囁かれた。
「甘くない恋の味で、俺も痺れさせてくれよ」
大真面目も大真面目なトーンで口説くような真似をしたものだが、むしろ「なんて、たちが悪い!」とぞっとして突きとばすと、大口を開けて高らかに笑ったもので。結局、からかっただけかと思うも、そのあとの会議で、三好さんは何もいれずにカップを傾けた。
次の瞬間、勢いよく噴きだして、資料を黒く染めあげたが。「ざまあみろ」と思いつつ「やだ、あの人、馬鹿じゃないの・・・」と胸がときめいたのも否めなかった。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル
こじらせた処女
BL
とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。
若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
ユーチューバーの家でトイレを借りようとしたら迷惑リスナーに間違えられて…?
こじらせた処女
BL
大学生になり下宿を始めた晴翔(はると)は、近くを散策しているうちに道に迷ってしまう。そんな中、トイレに行きたくなってしまうけれど、近くに公衆トイレは無い。切羽詰まった状態になってしまった彼は、たまたま目についた家にトイレを借りようとインターホンを押したが、そこはとあるユーチューバーの家だった。迷惑リスナーに間違えられてしまった彼は…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる