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雪のたんぽぽにきみを思う

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祖父が亡くなったというに、大学に入って七年ぶりに雪降る故郷へと。「やっと帰ってきた」と母は苦言をしつつ「そういえば、知っとる?」と山奥の町の最新トレンドな噂を教えてくれた。

「高校近くの原っぱ、あそこの雪の中に、たんぽぽがあるらしいわよ」

母の大好物な人の醜聞でないのはいいとして「またファンタジックな」と呆れたものを、葬式が終わって食事会になったところで抜けだし、噂の原っぱに。噂されている割に、人は見当たらなく、雪原に掘ったような跡もない。

曇り空ながら、雪が降っていない日中となれば、絶好の遊び日和のはずが子供も見かけず、むしろ人が原っぱに寄りつかないよう。喪服で黒いコートをまとう俺が、白い平地に一人佇むとなれば、なるほど、どこか不吉だ。

といって、不自然な閑寂さに腰がひけるでなく、膝までの積雪を踏みつけて、ずんずんと。原っぱの真ん中あたりに到着し、あらためて見まわしてから、腰をかがめ、雪をかき分けた。

すこし掘ったところで、黄色が目について。いや、色は似ていても、それはタンポポの花びらではなく、人の頭の金髪。目を見張ったのもつかの間「宮野!」と犬のように、遮二無二、雪を掘りだしたもので。

金髪に細い眉、顔や体にいつも傷や痣をこさえていた宮野は、高校きっての不良だった。の割には、喧嘩をした、犯罪をした、警察の厄介になったと、荒れっぷりがほとんど聞こえてこず、なにかしら違和感があったものの、いかにもな風貌と凄みに誰も寄りつかず。

俺も距離を置いていたとはいえ、無関心でいられず、常々、動向を気にしていた。というのも、小学校までは親しかったし「猫が蹴られたのに、泣いていた奴がどうして」と釈然としなかったから。

見た目も中身も豹変したのは、中学一年半ば。突然、金髪になったと思えば、怪我が絶えなくなり、一年の半分ほと不登校に。

なにか、きっかけがあったのか。表立っては知られていなく、強いて云うなら、彼の母親が再婚したことくらい。それにしたって、悪い噂があったでなし。

「どうして」「どうして」ともやもやとしながらも、チキンな俺は能動的にアプローチができず、でも、チャンスは訪れた。幸か不幸か、帰宅途中、宮野が雪原に突っ伏して倒れていたのだ。

こうなっては足踏みしている場合でなく「宮野!」と慌てて助け起こしたところ、地獄の釜の蓋が開いたような音が。これまで聞いたことがない、切羽詰まりすぎた空腹の知らせだった。

とりあえず、雪が降っていたので、ガレージの下につれていき、昼に食べ忘れたおにぎりを。案外、がっつかずに、ぼんやりとしたまま頬ばるのを「あれ?こんなに痩せていたっけ?」としげしげと観察。やさぐれ具合に目がいきがちなところ、よく見れば、頬がこけて、首の骨が透けて、手はゾンビのよう。

「家でご飯食べていないのか?」「再婚したのに?」と考えこんでいるうちに、食べおえた宮野は立ち上がって、礼を云う代わりに「このことは誰にも」と口止め。そう告げるや否や歩きだしたのに、気がつけば手を捕まえていた。「口外しないし、事情は聞かないから、おにぎりを食べてくれ」と。

とても日々、喧嘩三昧できるほど頑健そうでなく、今の時代、飢餓に喘ぐかのような有様を放っておかなかったのもある。家は米農家だから、いくらでも提供ができたし。

もちろん、聞きたいことは山ほどあったとはいえ、逃げられたら元も子もなし。手をつかんだとき、振りかえった宮野は、幼子のように怯えきっていたからに、それ以上追いつめるのはご法度。とにかく引っこんだ、お腹をすこしでも膨らませることを最優先にした。

変な欲をだせば、逃げられるし、そのあと避けられる。そう自分に聞かせて、無言でおにぎりを食べる宮野に、無言で寄り添いつづけた。

とはいえ、毎日、そばで観察すれば、おのずと察しられた。不良がフェイクなこと。傷や痣をこさえた本当の理由を隠すためということ。その点を気取らせないため、睨みを利かして人を遠ざけていること。

あきらかに被害者ながら、相手を庇ってか、脅されているのか、助けを求められず、ばれるのを恐れていること。

なるべく本人の思いを尊重したかったが、空腹で雪原に埋もれるくらいだ。放っておくと、命の危険もあるのではと思えて、我慢強く寄り添いつつ、いつ踏みこむか、機会をうかがっていて。

その日、学校裏にきた宮野は、俺の隣に座り、でも、差しだしたおにぎりを受けとらず、頬に涙を滴らせた。地団太を踏むでなく、喚くでなく、嗚咽するでなく、顔をひしゃげるでなく、虚ろな目をしたまま。

動物が涙するような無垢なさまに、一瞬、見入ったものの「これはもう、だめだ」と直感して「宮野!逃げよう!」と肩をつかみ、向き合って訴えた。前々から、手段は考えていたし、当てがあった。

俺と年がはなれた従兄は、訳ありの子供が暮らす施設の職員。そういう施設に入るには、手つづきがいるものを「そんな時間はない。今すぐ、避難させないとやばいと思える子がいたら、つれてこい」と聞かされていたのだ。

施設は下山しての町にあるが、片道の二人分のバス賃なら、なんとかなる。大人に知られず山から脱出可能と、従兄についても教えて説得すると、割と反応早く、宮野は肯いた。すこしは生気のもどった顔つきをして。

ただ「母さんだけには、別れを告げたい」と云うに、準備も要るし、一旦、お互い帰宅。のちに原っぱで落ち合う約束をしたはずが、宮野はこなかった。いつまでも。いつまでも。

「お前はいい奴だな」

頭から胸まで掘り起こした宮野が、おもむろに手を伸ばして、俺の頬を包んだ。その手を握りながら「馬鹿云うな」と首を振って涙を散らす。

「宮野じゃなきゃ、夜中になってぶっ倒れるまで、待っていなかった」

ほんのり温い頬の感触がなくなったのに、瞼をあげれば、堀ったところに宮野はいなく、タンポポが。雪に埋もれていたはずが、ぴんぴんとして、生き生きと葉を伸ばし、花びらを広げている。

タンポポのあたりを、さらに掘って、お目見えした土も堀り、できるだけ根っこをちぎらないよう、すくいあげた。目の前に持ち上げて「一緒に帰ろう」と語りかけたなら、タンポポを胸元に抱え、まっさらな雪原に一人、足跡をつけて去っていったのだった。



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