16 / 30
俺がいなくなって破滅すればいい
しおりを挟むアイドルになりたくてなったわけではない。家が貧乏で、家計を助けたく、でも、小学生ではまともに働けないから「見てくれは、すこし人よりいいしな」と大手アイドル事務所に履歴書を送り、オーディションに呼ばれて合格。
アイドルの常套句的ベタなエピソードだが、あいにく俺はガチリアル。とあって、稼ぐだけ稼いで、就職できる年になったら、辞めようと思っていたのが「まあ、所詮、アイドルだし。そう気張らないで」と講師に笑いかけられ「はあ?」と頬をひきつらせた。
大手のアイドル事務所ながら「日本のアイドルは、隙があって、すこし舐められるくらいがいい」と講師は寝言をほざくし、仕事にいけば実際、周りは「まあ、アイドルだから、適当にこんなもんで」と露骨にあなどった態度をとる。おかげでアイドルのほうも、世の中を舐めてしまう。
アイドルになりたくてなったわけではないのなら、汗水垂らして労力をかけずとも稼げて「ラッキー」と思うだろうところ。昔から家が貧乏なことで、不当な目に合ってきた俺は、反骨精神にあふれていたものだから「見下されない、心から敬われるアイドルになってやる!」と奮起。
講師が引くほどレッスンに打ちこみ、ダンス歌を教えられた以上の高クオリティに仕上げ、仕事でも求められる以上の意気で臨んで、制作側が持て余すほどの活躍をしてみせた。一方で「手を抜いたって大丈夫だし、ミスしても咎められないし」とすっかり根性が腐ったアイドル仲間のケツを叩くのも忘れず。「この足手まといが!」としょちゅう噛みつき「目障りだから失せろ!」と喧嘩を売りまくって「なにおう!」と闘争心を引きだしてやったもので。
といっても、アイドル見習いの所詮は中学生だから、いくら地団太を踏もうと「所詮、アイドル」との世の土壌は盤石で、ほんのひびも入らない。「俺一人暴れても無駄だ」と限界を覚えたころ「いいじゃなあい!これまでのアイドルのイメージを粉砕できる力が、チミにはあるよお!」と事務所社長の目にとまって、俺を中心に据えたグループ「スペシャリスト」が結成、デビューすることに。
名の通り、歌やダンスを極めたパフォーマンスをする、本格派のアイドルグループ。「脱・所詮アイドル」を目標に掲げ、プロのアーティストやダンサーと同等のスペシャリストになることを目指す。
そのため集められたメンバーは、もともと、歌やダンスのレベルが高いし「アイドルの新時代を築いてやる!」との意気込みも十二分。やっと俺と足並みを揃えられる気高き同志に巡りあえ「これで、所詮アイドルと鼻で笑う世の中を変えられる!」と満を持して芸能界に殴りこんだ。の、だが。
「所詮アイドル」との偏見と冷笑に、俺は長年一人で耐え、踏んばっていたのが、その現実を突きつけられ仲間は早々、心をぽっきり。思ったより、世間が歓迎してくれず「アイドルがいくら頑張ったって(笑)」と白い目を向けたこともあり「あー、もっとふつーのグループに入りたかったあ」と愚痴る始末。
いくら発破をかけても、意気消沈した仲間はろくにレッスンをしなければ、ライブや仕事でもだらけっぱなし。おかげで評判はダダ下がりで、孤軍奮闘する俺は空回りしっぱなし。「リーダーの素質がないのでは?」と不当に評価もされるし。
それでも「俺がぶれずに励めば、仲間の心に響くはず」と自分に聞かせて、一年忍耐したのだが「いくら頑張ったって馬鹿を見るだけだぞ?」とせせら笑われたのに「もう辞めてやらあ!」とぶん殴ってしまい。楽屋を跳びだすと「待って!待ってください!」と泣きながら、追いかけてきたのはマネージャー。
今や社長さえ「チミを買いかぶったかなあ」と見限っているのを「一緒に世の中をひっくり返しましょう!」と志を同じくし、仕事をサポート、ケアして、温度差がある仲間と「まあまあ」ととりなしてくれたりと、どこまでも尽くす俺の信奉者といっていい。信仰が過ぎるせいか、マネージャーながら、俺が寄ると、いちいち顔を真っ赤にかちこちになるので、尚のこと愛らしく、何回か口づけしたことがある。
数少ない支持者であり、キスもした仲とあっては「俺、あなたに辞められたら、生きていけません!」とすがられて、そりゃあ、心が揺らいだ。が、一年の献身的努力があまりに報われず、多少、人間不信になっていたので「どうせ、口だけだろ!」と突きとばして全力疾走。それから二度と事務所の敷居をまたぐことはなかった。
内情は泥沼だったものを、なんだかんだ表向きは、そこそこ知名度も人気があったから「スペシャリストメンバーが突然の退所!」と世間は大騒ぎ。なにせ、社長の肝いりの俺ありきなグループだったから、絶対的中心人物が抜ければ、成り立たない。
残された無能なメンバーはおろおろするばかりで、仕事もライブもままならず。「結局、一人で持っていたグループだったんだな」「一人でなんとか形にしていたのは、すごいな」と再評価されて「どうかもどってくれ!」と土下座されるも、俺は聞く耳持たず。
スペシャリストは解散に追いこまれ「彼が抜けたのは、お前らのせいだ!」「どうして、引きとめなかった!」と責められたメンバーも退所を余儀なくされ、芸能界からも追放。「どうして才能を伸ばし活かさなかった」と同罪扱いの事務所共々、破滅の一途をたどった。なんてことには、ならなかった。
俺が脱退し、すぐに「五歳児でも真似て歌い踊れるパフォーマンスができる、老若男女、国民的に愛されるアイドル」と真逆のような路線変更。第一弾として「ウンコ三兄弟」を世にお披露目し、まんまと爆発的国民的人気を獲得。これをきっかけに、ドラマ、映画、舞台、バラエティでメンバーは幅広く活躍し、さらに国民の支持を得て、スペシャリストは順風満帆に活動中。
「お前がいないと、だめだ!」と泣きついてくるどころか「結局のところ、誰が足を引っ張っていたんだろうなあ?」と嘲笑うように意気揚々としやがって。「なにかの間違いだ」「事務所とメンバーの陰謀だ」ととても現状を受け入れられず、ひそかにマネージャーと接触しようとした。
事務所の後輩を脅し、変装して成り代わって、スペシャリストのバックダンサーとしてテレビ局に侵入。人気のない廊下でマネージャーを見かけ、声をかけようとしたら、ドアからでてきたメンバーとキス。
絶句して、頬に涙を滴らせながら「俺がいないと、生きていけないと云っていたじゃないか」と鞄から、きらめく刃物を取りだした。マネージャーと心中するつもりだったのを予定変更して、包丁を振りかざし、いちゃいちゃする二人のもとへ。
俺がいなくなったら、皆、破滅すべきなのだ。破滅してくれないのなら、俺がこの手で。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル
こじらせた処女
BL
とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。
若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
ユーチューバーの家でトイレを借りようとしたら迷惑リスナーに間違えられて…?
こじらせた処女
BL
大学生になり下宿を始めた晴翔(はると)は、近くを散策しているうちに道に迷ってしまう。そんな中、トイレに行きたくなってしまうけれど、近くに公衆トイレは無い。切羽詰まった状態になってしまった彼は、たまたま目についた家にトイレを借りようとインターホンを押したが、そこはとあるユーチューバーの家だった。迷惑リスナーに間違えられてしまった彼は…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる