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フラフープハンサム

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会社の同僚、石頭(いしとう)は名の通り、かなりの堅物だ。格闘家が対戦相手にメンチを切るような、しかめつらしい顔をしているし、ほぼその顔つきを固定させ感情表現は皆無だし、冗談は通じないし、逆に嫌みや皮肉も通じないし、自分から発信するにしろ、いつでも、ど真ん中直球勝負で、オブラートに包む、遠回しに云う、洒落を利かすなど、持ち球はゼロ。相手に持ち球があっても、察することも汲みとることもしてくれない。

本人曰く「仕事は真剣に臨むもの」とのことで、できるだけ顔を引きしめ、私語厳禁を貫いているらしい。根はいい奴とはいえ「ちょっと、ふざけただけなのに、つまんねー奴」「石頭くん、云いかたきつーい!女性差別だよ!」「柔軟でいなきゃ、社会人としてやっていけないぞ」と周りからは酷評。なあなあ文化の日本社会では「ダメなものはダメ」と融通を利かせられない石頭は、とくに生きにくいのだろう。

俺はまだ社会に適合しているほうだが、仕事で必要以上に馴れ馴れしくしたくないタイプ。ので、ぶーたれる大勢より、石頭とのほうが気兼ねなく、スムーズに仕事ができる。

大体、石頭はどんな仕事にも真摯に取り組むし、手を抜かないし、ミスや失敗をすれば、言い訳せずに頭を下げる。人と喧嘩が絶えないとはいえ、やることはやっているわけで、案外、ブーイングしている奴らのほうが、基本ができていなかったりするのだ。

まあ、そうやってブーイング族に混じらず、石頭を好意的に見ていたのだが、かといって「お前だけが俺の味方だ」と義理堅く思う奴でないのは百も承知で、相手にどう思われているか、さほど気にしていなかった。の、だが。

会社の忘年会で、石頭は一発芸をやらされることになった。場を盛り下げるのが必至な石頭に、あえてご指名をした先輩は、復讐のつもりなのだろう。

すこし前、石頭に書類の不備を指摘されて「そーいうのはさあ!人前で云うんじゃなくて、こっそり直しておくとかさあ!気が利かねえ奴だなあ!」と逆ギレしていたものだから。なんだかんだ先輩に非があったのだが、恥をかかされたのが許せず、同じ目に合わせようという魂胆らしい。

忘年会で地獄絵図になるのを放っておけず「いつもみたいに、はっきりがつんと断ってもいいんだぞ」と助言したものの「いや、先輩の頼みだから」と仕事の一環と思ってか、律儀に一発芸をやろうとして。で、いざ本番、フラフープに体をくぐらせた石頭が、ステージにご登場。

誰も予想だにしなかった、石頭のフラフープオンステージに、先輩をはじめ野次をとばすつもり満々だったガヤはぽかーん。相変わらず、殺気立つ格闘家のような顔つきとかまえをしながらも、フラフフープを腰に引っかけている、ちぐはぐなさまに、ほかの人もぽかーん。

静まりかえった宴会場に流れてきたのは、フラメンコの伴奏のような情熱的な曲。前奏をすこし、やり過ごしてから、フラフープを回しだした石頭は、なんということでしょう。

相変わらず、大真面目は大真面目でも、いつもより引きつりや、筋張っていない顔つきは、ザ・ハンサム。魅惑的な腰のひねりや、頭上に掲げた手を合わせての神々しいポーズ、なめらかな体のうねりも、文句なしのザ・ハンサム。

「そういや、もともと整った顔立ちしてたもんなあ」と感心しつつ、フラメンコを想像させる、曲の荒々しさにそぐわず、バレエよろしく、指先まで神経を通わせているかのように、しなやかに体を揺らし、澄まし顔のハンサムが、安定感抜群にフラフープを回す絵は、シュールの極み。耐えられないで「ぶふうっ」と誰かが噴きだしたのを皮切りに、お通夜状態だった宴会場が一変、爆笑お祭り騒ぎ。

一躍、宴会の輝かしい主役となって、結局、復讐は失敗したものの、当の先輩も畳にのたうち回って、笑いながら号泣。周りの狂乱ぶりなど、どこ吹く風で、真顔でフラフープを回しつづけるのが、これまた可笑しく、呼吸困難になるほど。

笑うのが一旦、おさまると、ヒューヒューと囃し立てるようになり「いよ!ハンサム!」「ハンサムのフラフープ、超イケてるー!」「もうやだハンサム!見直したー!」「ハンサム、私と結婚して―!」「ハンサム、俺と結婚しろよー!」と歓声があがりだした。ふだんは、こういう流れに不参加な俺も、酔っていたこともあり、愉快でしかたなかったから、つい便乗して。

「ハンサムよ!俺のために毎日、フラフープ回してえ!」

「俺のために、毎日、みそ汁を作って」とのプロポーズをアレンジしたもので、といって、どんどん、あがる掛け声に埋もれて、誰も気にとめなかったのが、なんと、ハンサムが俺をロックオン。神々しいポーズのまま、フラフープを回しつつ、歩み寄ってきたもので。

「ハンサムが踏みだしたぞ!」「ハンサムが歩いた!」と周りはまた腹を抱えて笑いながらも、行く手を開けていく。モーゼが海を割るような有様が、また滑稽で。

いよいよ目の前に迫ったハンサムが「お前のために毎日、フラフープ回していいのか」とどこまでも真剣に腰を振り、真剣に問いただした。「質問の仕方が変だな」と一瞬、思ったものを「いい!いいよ!いいから、もう勘弁して!」と腹が破裂しそうに笑いこけてしまって。

人の云うことを、決して石頭は冗談と捉えないし、自らも冗談を口にしない。なんでも真に受けるし、率直に伝えるのは、抱腹絶倒ものの忘年会だろうと変わらず。

と、思い知らされたのは翌日のこと。フラフープを持って出勤してきた石頭を目にして、どれだけ後悔したか知れない。







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