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世界に一つだけの花はない
しおりを挟む幼いころから、絵画に長けていて「きっと偉大なる画家になるだろう!」と画塾の講師であり、画家の師匠に見込まれ弟子入り。「同世代で抜きんでている」「真なる日本画の継承者」ともてはやされつづけ、満を持して、高倍率な公立の美大へ。
入学して半年、修練をして、いざオリジナルの日本画を制作し、教授にお披露目したら鼻で笑われた。「東山魁夷の劣化版だな」と。
東山魁夷は日本画の巨匠にして、亡き今も崇められる偉人。もちろん知っていたが、教授に一蹴されるまで、真似ている自覚がなかった。
思い返せば、師匠は東山魁夷心酔者で、はじめから、しむける指導をしていたような。日本画の発展のため新しいタイプの次世代を育てるというより、東山魁夷のコピーを作ろうとしていたのか。
まったく、いい迷惑だ。今の今まで自覚できなかったほど、洗脳まがいに東山魁夷のコピー化させられては、あらためてオリジナルティを発揮できなかった。どれだけ意識的に変化をもたらそうと、東山魁夷的になる。
「神輿に担ぐだけ担いで、俺の個性を殺しやがって」とすっかり、ふてくされた俺は、美大に行かなくなり、遊びほうけた。これまで絵画に、なにもかも捧げるように打ちこんできた反動がありつつ「俺は転生した東山魁夷だ」との洗脳を解こうと、いわゆる自分探しをしてもいたのだろう。なんだかんだ、美大を辞めなかったわけだし。
で、留年して、同級生になった新入生に「天才」が出現。絵画技術は俺とどっこいどっこいとはいえ、独自の創作物は、ほかを圧倒するように斬新で、ピカイチに個性的なものだった
日本画にして、光と影のコントラストが強調され、毛先の跡が残っているほど、荒々しい筆遣い。一見、勢いまかせに雑な描写をしているようで、全体的に見ると、写真より、現物より、身に迫る生々しさと息遣いを覚える。それこそ、貞子よろしく額縁から這いでてきそうな。
描くのは、ほぼ人物だけと、一本に絞って徹底しているあたりも、浮気でふらふらする美大生と一線を画していた。前は俺をやんややんや持ち上げていた連中は「日本画を進化させる異端児」「常識を破って個性光らせる革命者」とまんまと手のひら返しして熱狂。に対して、自分を見失うことなく「俺は絵が描けさえすればいい」と無欲ぶっているのが、これまた天才肌らしい。
こういう奴を見ると、生まれ持ったものがちがうと思い知らされる。いや、俺だって、かけがえない生まれ持ったものがあったはずが、師匠とおだてる周りに奪われたのだ。
なんて世の中は不平等で不公平なのだろう。と、途方に暮れるより、むかむかして、相変わらず授業をさぼりながらも、美大にきては彼の悪口を垂れ流した。「今は目新しいだけで、すぐに呆れられるって」「人物像が得意って、よくよく考えれば、つまんなくね?」「その個性なんざ、すぐに尽きて、どん詰まりだね」などなど。
俺のように、やさぐれた連中は賛同して、ともに悪口祭りをしてくれたが「絵を描くこと以外興味ない」とばかりに本人はどこ吹く風で、意欲的な制作を滞らせず。悪口に乗っかるのは、大学の評判も作品の評価も低い奴らだから、それらと騒いだところで、盤石な彼への支持を揺るがせず。
まあ、貶めるつもりというより、ストレス発散が目的だったから、奴の鼻を明かせなくても、かまわず。無関心を気取って反論も抗弁しないのをいいことに、思う存分、憂さ晴らしをしていたのだが、ある日、構内の人気のない廊下を歩いていると、角の向こうから、にわかに足が突きでて。
思いっきり足をひっかけ、すっころびつつ「はあ!?」とすぐに仰向けになったところ、すかさず馬乗りをされて、頬を平手でばちんと。驚きと打撃に目を回しながら、顔を上げれば、吹聴する悪口の対象、その張本人が。
にしたって、寡黙で陰気な印象はどこへやら。好戦的に目を爛々として、猫のように口角を吊り上げている。いつもの、ぼそぼそ声ともちがい「よくもまあ、悪口をまき散らしてくれたもんだなあ?」と甲高く、柄が悪い口調。
「お前さあ、自分が『ない』って思っているわけ?で、自分が『ある』俺が妬ましいわけ?」
初手から急所を貫かれて、かっとしたものを「かわいそーに」さらに煽られて、且つ、また平手でばちんと。
「『ない』自分が『ある』なんぞ、おこがましい夢を見やがって」
頬の打撃に、気が削がれたのもあるが、発言内容にやや興味をひかれた。「なにすんだよ!」と文句を叫ばず、暴力で反撃もしないで、じっと見返せば「ほう」というように顎をしゃくり、でも、手を振り上げたまま、語りかけてくる。
「俺たちは、生まれたときから周りの影響を受けている。たとえ、部屋に閉じこめられたって、祖先が書きこんだ遺伝子や、体内の数万の細胞によって左右される。
そもそも体内に、そんだけ多くの生き物が住んでる時点で、俺らは『自分だけ』じゃないわけだ。完全なオリジナルなんてない。完全に独立した自分なんていない」
「そんなわけ・・・」と返そうとしたら「この世界に一つだけの花なんてない」とにやり。
「そう見えるのは、所詮、寄せ集めの材料で成した、はりぼての花だ。不恰好なはりぼての花を掲げて、世界に一つだけのものだと、自分の手柄のように誇るんじゃねえってえの」
あきらかに、某国民アイドルに喧嘩を売っている。かの楽曲が好きなほうの俺としては、聞き捨てならず、眉をしかめれば、茶化すでなく、ずっと笑みを消した。「俺とお前らとのちがいは分かるか?」と目を細め、冷ややかに見下ろしてくる。
「所詮、自分が猿真似の集合体でしかないと知っているところだ。この世界にない、一つだけの花を見つけようとすんなんざ、死んだほうがましなほど、無意味だっつうの。そんな暇があったら、はりぼての花の一つや二つ、作れってんだ」
「分かったか、自己愛ナオニ―野郎」と三発目の平手打ちをお見舞い。打撃の威力はさほどでないものを、くらくらして「お前も所詮、猿真似野郎か」と口走る。
皮肉でなく、素朴な問いかけだったが、案外、相手も他意がなさそうに「そうだよ」と応じた。とたんに、顔を沸騰させ涙目に。我ながら謎な過剰反応を「お前、キモイな」とぎこちないように笑って。
「なに、それとも、好きな子をいじめるタイプなのか」
冷やかされたのを図星とばかり、目を泳がせ、なにも返せず、口をぱくぱく。怪訝そうに見下ろすことしばし、対応を持て余してだろう「まじ、くっだらねえ。この暇人ナオニ―野郎が」と立ち上がって、さっさと去っていった。
廊下に放置され、赤面して倒れたまま、でも「意外にあいつも抜けているな」と思う。結果的に、気を引きたがっていた俺に、こうして、まんまと釣りだされたのだから。
はじめから、それこそ遺伝子、細胞レベルで関心があったのかもしれない。そして、改めて「世界に一つだけの花はない」と豪語してはばからない彼に、惹かれてやまないでいた。
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