俺のパンツが消えた

ルルオカ

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パンツが消されて「おっしゃ!」と張り切る俺は、パンツを被って襲ってくる小山に劣らず、変態なのではないか。

「んなわけ、あるか」と自分にツッコミつつ、調整用のプールの水面を見るともなく見ていた。

小山が学校のプールにこなくなってから、十日。

もちろん今日も、目の前で溺れてはいない。
と知りつつも、三日前から、前のように部活終わり、プールサイドに三角座りをして、ぼんやりとしている。

どこぞに雲隠れした、先祖の魚の尻尾をつかめないまま、水中でみっともなく、もがくのは相変わらず。

学校のプールにこないどころか、登校をしているはずが、俺に会いにこないのも相変わらず。

避けられているのか、ばったり、でくわすことがないのも相変わらず。

先方が、アプローチしてくるのが筋だろうと、今や意地もへったくれもなかった。
そのくせ、俺から声をかけにはいかない。

「安心しろ。もうパンツを消さないから」と引導を渡されたくなかったから。

「パンツを消されないのを望まない俺とは、なんなんだ」と埒なく考えていたら、どよめきが耳についた。

プールの水が抜けるのを待つ掃除当番が、大方、ふざけているのだろう。
と、見向きもしなかったのが、少しして視界が影がかり、顔を上げれば、キングコングならぬ、小山が佇んでいた。

思いがけなさ過ぎる来訪に、声を失いつつ、横目に見たところ、掃除当番らが、そそくさとプールを後にしている。

人払いしたようなのに、正直、ほっとしながらも、そっぽを向いた。

「帰るぞ」と先より、声が近くからするに、屈んだらしい。

接近に動悸を早めたとはいえ、頑なに身動きしないでいたら、生唾を飲みこむ音がして、告げられたことには。

「あいつなんかに、負けないでくれ」

「あいつ」とは藤子だろう。

やはり、小山の耳にも入っていたのか。
前に気になっていのが、今更とはいえ、判明して、すっきりした一方で、新たな疑問が浮かんでくる。

何故、負けてほしくないのか。

いや、小山は藤子に興味がないものと見なす前提が、間違っているのだ。
所詮、小山も、下半身の都合で情緒的になる猿共と変わりはしない。

「はっ!お前も藤子のことが好きってか!」

先まで寂しさに打ちひしがれていたのが嘘のように、激昂して吠え立てた。

プールには俺ら以外、誰もいなかったが、小山に対してだけでなく、憶測から、人を散々、踏みにじってきた妬みそねみ野朗共にも届くよう、「ふははは!」と高笑いをする。

「残念だったな!
藤子には、一途に思いつづける彼女がいるんだよ!

この前、告白のようなことをしたのは、喧嘩しての、当てつけだったって、本人が教えてくれたし、謝ってもくれた!
今は仲直りして、ラブラブだと!」

「ちなみに、藤子は男じゃ勃たないんだってよ!さまあみろ!」ととどめに、プールに小波がたちそうに絶叫すれば、思わずというように、屈んでいた小山が、上体をあげた。

目を見開いているとはいえ、恋心を木っ端微塵にされた割に、傷心しているように見えない。
むしろ。

長く動向がなく、「やば、藤子に怒られる」と我に返って、慌てだしたころになって、「ぶっ」と噴出された。

すぐに口元を手で覆ったものの、笑っているのは明らかで、それこそ、とどめとばかり、パンツを頭に被りもした。

「ざまあみろって、あんた・・・」

パンツを被りながら、笑いをこもらせ、小刻みに肩を跳ねつづけるビックフット。
ならぬ小山。

「懲りないな!お前!」と立ち上がるついでに、顎に頭突きでもかましてやるべきところ、脱臼しそうに、肩の力が抜けきった俺は、安堵したのを否定する意気もなく、ただただ呆けていた。

そうして訳が分からないまま。
謎だらけのビックフットの生態ならぬ、小山の思考が解明できないまま。

パンツを返してもらい、爆走自転車で駅まで送ってもらい、なんだか、一件落着をしてしまい。

翌日、先祖の魚の魂が再び宿った体は、まさに水を得た魚のような泳ぎをしてみせ、非公式ながら、新記録を叩きだした。

突然の復活劇以降、パンツが消えなくても、その調子を維持できて、藤子の件で八つ当たりをされることもなくなった。

俺にその気がないと分かったから、というより、印籠のように好記録を振りかざされたら、同じ水泳選手として、文句をつけられない、といったところか。

太田曰く「俺をだしに使って、あいつを叩くな」とどこぞのスカイツリーが釘を刺したらしいので、そのおかげかもしれない。

当のスカイツリーの、好調ぶりも変わらず。
合同練習試合の前日になって、半ば溺れつつ、足をつかないで、ついに五十メートル泳ぎきることができた。

シューゾーからの知らせを受け、「クララが立った!立った!」とばかり、我が水泳部はやんややんやと喝采し、そのまま活気づいて合同練習試合に臨んだ。

「ミカケダオシカナヅチがついに!」と触れ回らずとも、あっという間に他校にも知れ渡り、気がつけば、小山が泳ぐことが、お披露目会とばかり、一大イベントのような扱いにされてしまっていた。

お披露目といっても、試合には出場せず、合同練習に混ざるだけなのだが、いつもサポートに回っている小山を見ていた人にしたら、感慨深いのだろう。

日本代表選手のような、文句なしの肉体美を誇りながら、水に足の指先もつけられず、指をくわえて、プールを見つめるしかできなかった背中が、さぞ哀れを誘っただろうから。

いよいよ練習がはじまり、一定間隔に笛の音が鳴るのに合わせ、入り混じった、それぞれの学校の部員が、プールに飛びこみ、泳いでいった。

一応、監督やコーチがいる手前、どんちゃん騒ぎはしなかったものを、小山が飛びこみ台に上ると、皆が皆、固唾を飲んで注視し、一斉にカメラを向けた。

別練習メニューの俺のグループは、プールサイドでストレッチをしていて、「うわ、飛びこみ台に立つ姿、もう日本代表じゃん」と太田が屈伸をしながら、苦笑したものだ。

そう、小山は佇むさまだけではなく、飛びこむ跳躍が百点満点なら、フォームも美しく、さまになっている。

が、着水後に起こったそれを、目の当たりにしたことがある我が水泳部は、太田のように、斜にかまえていたものの、他校生は胸を高鳴らせるまま、期待に満ち満ちた眼差しを向けていた。

笛の音が鳴り、満を持したように、イアン・○ープの再来とまで、称えられた飛びこみでもって、施設内にどよめきを起して。

さほど、水しぶきを上げず、水音も立てず、吸いこまれるようにプールに潜りこんだ小山は、中々、浮かんでこなかった。
潜水泳法をしているでもない。

飛びこんだ、その底にとどまっているのが、波たつ水面越しに、いつまでも、ゆらゆらとアメーバのように見えていたもので。




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