14 / 17
⑭
しおりを挟むパンツが消されて「おっしゃ!」と張り切る俺は、パンツを被って襲ってくる小山に劣らず、変態なのではないか。
「んなわけ、あるか」と自分にツッコミつつ、調整用のプールの水面を見るともなく見ていた。
小山が学校のプールにこなくなってから、十日。
もちろん今日も、目の前で溺れてはいない。
と知りつつも、三日前から、前のように部活終わり、プールサイドに三角座りをして、ぼんやりとしている。
どこぞに雲隠れした、先祖の魚の尻尾をつかめないまま、水中でみっともなく、もがくのは相変わらず。
学校のプールにこないどころか、登校をしているはずが、俺に会いにこないのも相変わらず。
避けられているのか、ばったり、でくわすことがないのも相変わらず。
先方が、アプローチしてくるのが筋だろうと、今や意地もへったくれもなかった。
そのくせ、俺から声をかけにはいかない。
「安心しろ。もうパンツを消さないから」と引導を渡されたくなかったから。
「パンツを消されないのを望まない俺とは、なんなんだ」と埒なく考えていたら、どよめきが耳についた。
プールの水が抜けるのを待つ掃除当番が、大方、ふざけているのだろう。
と、見向きもしなかったのが、少しして視界が影がかり、顔を上げれば、キングコングならぬ、小山が佇んでいた。
思いがけなさ過ぎる来訪に、声を失いつつ、横目に見たところ、掃除当番らが、そそくさとプールを後にしている。
人払いしたようなのに、正直、ほっとしながらも、そっぽを向いた。
「帰るぞ」と先より、声が近くからするに、屈んだらしい。
接近に動悸を早めたとはいえ、頑なに身動きしないでいたら、生唾を飲みこむ音がして、告げられたことには。
「あいつなんかに、負けないでくれ」
「あいつ」とは藤子だろう。
やはり、小山の耳にも入っていたのか。
前に気になっていのが、今更とはいえ、判明して、すっきりした一方で、新たな疑問が浮かんでくる。
何故、負けてほしくないのか。
いや、小山は藤子に興味がないものと見なす前提が、間違っているのだ。
所詮、小山も、下半身の都合で情緒的になる猿共と変わりはしない。
「はっ!お前も藤子のことが好きってか!」
先まで寂しさに打ちひしがれていたのが嘘のように、激昂して吠え立てた。
プールには俺ら以外、誰もいなかったが、小山に対してだけでなく、憶測から、人を散々、踏みにじってきた妬みそねみ野朗共にも届くよう、「ふははは!」と高笑いをする。
「残念だったな!
藤子には、一途に思いつづける彼女がいるんだよ!
この前、告白のようなことをしたのは、喧嘩しての、当てつけだったって、本人が教えてくれたし、謝ってもくれた!
今は仲直りして、ラブラブだと!」
「ちなみに、藤子は男じゃ勃たないんだってよ!さまあみろ!」ととどめに、プールに小波がたちそうに絶叫すれば、思わずというように、屈んでいた小山が、上体をあげた。
目を見開いているとはいえ、恋心を木っ端微塵にされた割に、傷心しているように見えない。
むしろ。
長く動向がなく、「やば、藤子に怒られる」と我に返って、慌てだしたころになって、「ぶっ」と噴出された。
すぐに口元を手で覆ったものの、笑っているのは明らかで、それこそ、とどめとばかり、パンツを頭に被りもした。
「ざまあみろって、あんた・・・」
パンツを被りながら、笑いをこもらせ、小刻みに肩を跳ねつづけるビックフット。
ならぬ小山。
「懲りないな!お前!」と立ち上がるついでに、顎に頭突きでもかましてやるべきところ、脱臼しそうに、肩の力が抜けきった俺は、安堵したのを否定する意気もなく、ただただ呆けていた。
そうして訳が分からないまま。
謎だらけのビックフットの生態ならぬ、小山の思考が解明できないまま。
パンツを返してもらい、爆走自転車で駅まで送ってもらい、なんだか、一件落着をしてしまい。
翌日、先祖の魚の魂が再び宿った体は、まさに水を得た魚のような泳ぎをしてみせ、非公式ながら、新記録を叩きだした。
突然の復活劇以降、パンツが消えなくても、その調子を維持できて、藤子の件で八つ当たりをされることもなくなった。
俺にその気がないと分かったから、というより、印籠のように好記録を振りかざされたら、同じ水泳選手として、文句をつけられない、といったところか。
太田曰く「俺をだしに使って、あいつを叩くな」とどこぞのスカイツリーが釘を刺したらしいので、そのおかげかもしれない。
当のスカイツリーの、好調ぶりも変わらず。
合同練習試合の前日になって、半ば溺れつつ、足をつかないで、ついに五十メートル泳ぎきることができた。
シューゾーからの知らせを受け、「クララが立った!立った!」とばかり、我が水泳部はやんややんやと喝采し、そのまま活気づいて合同練習試合に臨んだ。
「ミカケダオシカナヅチがついに!」と触れ回らずとも、あっという間に他校にも知れ渡り、気がつけば、小山が泳ぐことが、お披露目会とばかり、一大イベントのような扱いにされてしまっていた。
お披露目といっても、試合には出場せず、合同練習に混ざるだけなのだが、いつもサポートに回っている小山を見ていた人にしたら、感慨深いのだろう。
日本代表選手のような、文句なしの肉体美を誇りながら、水に足の指先もつけられず、指をくわえて、プールを見つめるしかできなかった背中が、さぞ哀れを誘っただろうから。
いよいよ練習がはじまり、一定間隔に笛の音が鳴るのに合わせ、入り混じった、それぞれの学校の部員が、プールに飛びこみ、泳いでいった。
一応、監督やコーチがいる手前、どんちゃん騒ぎはしなかったものを、小山が飛びこみ台に上ると、皆が皆、固唾を飲んで注視し、一斉にカメラを向けた。
別練習メニューの俺のグループは、プールサイドでストレッチをしていて、「うわ、飛びこみ台に立つ姿、もう日本代表じゃん」と太田が屈伸をしながら、苦笑したものだ。
そう、小山は佇むさまだけではなく、飛びこむ跳躍が百点満点なら、フォームも美しく、さまになっている。
が、着水後に起こったそれを、目の当たりにしたことがある我が水泳部は、太田のように、斜にかまえていたものの、他校生は胸を高鳴らせるまま、期待に満ち満ちた眼差しを向けていた。
笛の音が鳴り、満を持したように、イアン・○ープの再来とまで、称えられた飛びこみでもって、施設内にどよめきを起して。
さほど、水しぶきを上げず、水音も立てず、吸いこまれるようにプールに潜りこんだ小山は、中々、浮かんでこなかった。
潜水泳法をしているでもない。
飛びこんだ、その底にとどまっているのが、波たつ水面越しに、いつまでも、ゆらゆらとアメーバのように見えていたもので。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます


星蘭学園、腐男子くん!
Rimia
BL
⚠️⚠️加筆&修正するところが沢山あったので再投稿してますすみません!!!!!!!!⚠️⚠️
他のタグは・・・
腐男子、無自覚美形、巻き込まれ、アルビノetc.....
読めばわかる!巻き込まれ系王道学園!!
とある依頼をこなせば王道BL学園に入学させてもらえることになった為、生BLが見たい腐男子の主人公は依頼を見事こなし、入学する。
王道な生徒会にチワワたん達…。ニヨニヨして見ていたが、ある事件をきっかけに生徒会に目をつけられ…??
自身を平凡だと思っている無自覚美形腐男子受け!!
※誤字脱字、話が矛盾しているなどがありましたら教えて下さると幸いです!
⚠️衝動書きだということもあり、超絶亀更新です。話を思いついたら更新します。


兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!
かぎのえみずる
BL
双子の兄を持つ章吾は、大人顔負けのDomとして生まれてきたはずなのに、兄にだけはSubになってしまう性質で。
幼少期に分かって以来兄を避けていたが、二十歳を超える頃、再会し二人の歯車がまた巡る
Dom/Subユニバースボーイズラブです。
初めてDom/Subユニバース書いてみたので違和感あっても気にしないでください。
Dom/Subユニバースの用語説明なしです。
【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-
未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。
或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。
そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること!
勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。
真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。
表紙イラスト制作:あき伽耶さん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる