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⑬
しおりを挟むどうにか、授業が終わる前に更衣室で着替えて、事なきを得た。
わけなかった。
いつ、出入り口のすり硝子に、巨神兵のシルエットが写るかと、休み時間は冷や冷やしっぱなし。
授業が始まったら始まったで、「部活まで、一時間を切った」とどんどんタイムリミットが迫っているようで、生きた心地がしなかった。
小山と部活で顔を合わせるのは、もちろん、気まずい。
そう、気まずさのほうが上回って、殴りつけたいとまでの怒りを覚えない。
パンツを被った大男にキスされ、ノーパンしゃぶしゃぶされそうになった。
怒りの所以が知られては、無念ながら、被害者のはずの俺が、割を食うだけだし。
気まずくありつつ、「部活を辞めるのでは」とそこはかとない不安もあるだけに、部活で顔を見られなかったら、それはそれで寿命が縮みそうだし。
いっそ、部活も二人の居残りでも、何事もなかったように溺れて、パンツを消してくれないだろうか。
そうしてくれるなら、通りすがりの犬に噛まれたものとして、保健室の件は目を瞑ってもいいと思ったのだが、早めに部活に向かい、プールに顔をだしてみると、いつも一番乗りのでいたらぼっちが、どこにも見当たらなかった。
水のシャワーを浴びたばかりで、まだ準備運動もしていないとあって、血が凍ったように体が冷え、膝から崩れ落ちそうになったところ、「お、今日は一番乗りだな、尚樹」と背後から声をかけられた。
今日もブーメランの水着が眩しい、シューゾーだ。
「あっ・・・!」と言葉にならない声を上げて、つめ寄れば、すぐに察してくれ「ああ、大丈夫」と肩に手を置いた。
「小山は休んだわけじゃない。
ただ、しばらくは俺の家の近くにある、スイミングスクールに通うことになってな」
最悪の事態は避けられたようとはいえ、それにしたって、寝耳に水で「はあ?」とつい声を張ってしまう。
コーチに無礼だったが、シューゾーは気に障ったようでなく「やっぱり、お前も何も聞いていないのか」と肩をすくめてみせた。
「五限目が終わってすぐ、プールの準備してる俺らのとこに、きたんだよ。
地方大会に、どうしても出場したい。
そのために、二週間後の合同練習試合まで五十メートル泳げるようになりたいって、訴えてきた。
今までだって、十分頑張ってきたし、まだ一年目だから、そんなに焦らなくてもと、諭したが、まあ、聞く耳を持たなくて。で、
スイミングスクールをすすめたってわけだ。
そこには、泳げない人を指導するのが上手なことで有名なコーチがいるから」
「・・・でも、コーチの家って遠かったですよね?
小山の家とは正反対の方向だし」
「そうそう。だから、とりあえず、合同練習試合まで二週間、俺の家で面倒見ることにしたんだよ」
「なんで、どうして」と恨めしく口にしてしまう。
小山の代わりに当てつけられても困るだろうに、水着の面積は狭くても、懐が深いコーチは「俺もしつこくは理由を聞かなかった」と宥めるように肩を叩いた。
「理由がどうあれ、泳げない奴が、泳ぎたい!って真剣に頼み込んでくるのを、放っておけないしな。
ただ、ずっと居残り練習に付き合っていた尚樹に、一言もないのは、たしかに、いただけない。
まあ、本人に直接、聞いてみろ。
逃げるようだったら、俺の家に電話、かけてきてもいいから」
シューゾーはとことん、いい人だ。
とはいえ、事情を知らないので、その親切心が裏目にでている。
被害者は俺なのに。
どうして、小山のほうが避けるのか。
俺のほうが「話し合おう」と追いかけるのは、筋違いだと、思わざるを得ない。
「辞めるのではないか」と気を揉んで、辞められるくらいなら、保健室の件を大目に見ようと腹をくくっていただけに、戦前逃亡のようなことをされて、さすがに腹が立った。
「なぜ、急に地方大会出場に意欲をだしたのか」と理由は気になったものを、小山について頭を割くのも苛ただしく、「あっちのほうが説明しにくるべきだ」と意固地になったもので。
それからというもの、パンツが消える心配をしないでよくなり、居残りで時間ロスせず、早く家に帰れるという、至って無事平穏な日々を過ごした。
爆走自転車に送られるのに慣れた分、駅まで走るのが煩わしくなったのは、さておき。
とにかく、パンツが消えなくなったのだから、万々歳といいたいところ、俺は今までにない、スランプに陥った。
中学から高校に上がるときも、体格差問題にぶち当たったとはいえ、その比ではない。
入水した日以来、初めて、水の流れを矢印のように、肌で感じ取れなくなったのだ。
まともに水圧を受けて、すこしでも体の力を緩めると、底に押しつけられそういなる。
そう、まるで、カナヅチのように。
十年以上経験があるから、型通りには泳げる。
ただ、肺呼吸する前の祖先から、色濃く受け継いだDNAを活かせない俺は、そのほか大勢の一人、魚の記憶を忘れさった人でしかない。
生得的な能力なくして、習った分、泳げるだけなら、同じくらい経験値があり、ナイスバディな男子競泳選手に、つるぺたの俺は、とても敵わなかった。
よりによって、藤子に勝負をしかけられてからの、この体たらく。
我ながら不甲斐なく、藤子に顔向けできなく思ったもので、さらに追い討ちをかけるように、周りからはバッシングをされた。
「ミネフジコにわざと負けて、交際したがっていやがる」と。
たまに、ファンから届く手紙には「尚樹くんは水泳一筋だと思っていたのに、がっかりです」と書かれていたし。
おまけに、パンツを消した加害者のほうが、株を上げる始末だ。
「小山は浮けるようになったてよ」「溺れながらも、前に進めるようになったんだと」「ニ十五メートル、足をつかないで、到達できたってさ」などなど。
聞いてもいないのに、逐一、報告される。
藤子の件で、当てつけているのだろう。
「小山はあんなに健気に水泳をしているというに、お前ときたら」と。
泳げないのが、泳げるようになったとき、本人より「ヒャッハー!」と浮かれるシューゾーだが、絶不調の俺に気を使ってから、小山の躍進ぶりを触れ回ったりしていない。
とはいえ、どうしても、じっとしていられず、口止めしつつ、部員に漏らしているのだと思う。
藤子の件で俺が、目の仇にされていることまで頭が回らないのは、「天然マグロ」と仇名で呼ばれるシューゾーらしいし、俺も責めるつもりはない。
それにしたって、「もし、二度と能力が戻らなかったら」「今から、肉体改造をすべきなのか」と禿そうに、人が頭をひねっているというに、「競泳者の風上にも置けない」「尚樹くんに裏切られた」と色恋呆けしているように見なして、独りよがりに軽蔑し、幻滅するのはよしてほしい。
ただでさえ、こちとら、それこそ人魚(姫ではない)が尾っぽを失ったように、途方に暮れて、反論したり、否定したりする余力がないのだから。
すっかり人間不信になった俺は、太田にも相談できず、つい、藤子にスランプ事情を明かし、弱音と愚痴を吐いた。
洗いざらい、ぶちまけてしまってから、内容からして、「私のせいだ」と自責の念にかられるのではと、すぐに思い至り、「悪い」と告げようとしたら、電話の向こうから、くつくつと笑うのが聞こえて。
「尚樹が泳げなくなった原因は、私じゃなくて、あのミカケダオシカナヅチくんに、あるんじゃないの」
それは、気づきつつ、考えないようにしていたことだ。
高校にあがってから、長く体格差問題に悩まされ、徐々に復調していったものの、どこか、まだ、勘を取りもどせていなかった。
「もう、完全には復活できないかもしれない」と覚悟しつつ、手探りで練習していたところ、にわかに、以前と遜色なく泳げるようになったのは、パンツが消えてからのことだった。
その一回なら、「たまたま」と捨て置けても、またパンツがらみで、こうも明らかに、泳ぎが左右されては、小山きっかけと、考えざるを得ない。
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