13 / 17
⑬
しおりを挟むどうにか、授業が終わる前に更衣室で着替えて、事なきを得た。
わけなかった。
いつ、出入り口のすり硝子に、巨神兵のシルエットが写るかと、休み時間は冷や冷やしっぱなし。
授業が始まったら始まったで、「部活まで、一時間を切った」とどんどんタイムリミットが迫っているようで、生きた心地がしなかった。
小山と部活で顔を合わせるのは、もちろん、気まずい。
そう、気まずさのほうが上回って、殴りつけたいとまでの怒りを覚えない。
パンツを被った大男にキスされ、ノーパンしゃぶしゃぶされそうになった。
怒りの所以が知られては、無念ながら、被害者のはずの俺が、割を食うだけだし。
気まずくありつつ、「部活を辞めるのでは」とそこはかとない不安もあるだけに、部活で顔を見られなかったら、それはそれで寿命が縮みそうだし。
いっそ、部活も二人の居残りでも、何事もなかったように溺れて、パンツを消してくれないだろうか。
そうしてくれるなら、通りすがりの犬に噛まれたものとして、保健室の件は目を瞑ってもいいと思ったのだが、早めに部活に向かい、プールに顔をだしてみると、いつも一番乗りのでいたらぼっちが、どこにも見当たらなかった。
水のシャワーを浴びたばかりで、まだ準備運動もしていないとあって、血が凍ったように体が冷え、膝から崩れ落ちそうになったところ、「お、今日は一番乗りだな、尚樹」と背後から声をかけられた。
今日もブーメランの水着が眩しい、シューゾーだ。
「あっ・・・!」と言葉にならない声を上げて、つめ寄れば、すぐに察してくれ「ああ、大丈夫」と肩に手を置いた。
「小山は休んだわけじゃない。
ただ、しばらくは俺の家の近くにある、スイミングスクールに通うことになってな」
最悪の事態は避けられたようとはいえ、それにしたって、寝耳に水で「はあ?」とつい声を張ってしまう。
コーチに無礼だったが、シューゾーは気に障ったようでなく「やっぱり、お前も何も聞いていないのか」と肩をすくめてみせた。
「五限目が終わってすぐ、プールの準備してる俺らのとこに、きたんだよ。
地方大会に、どうしても出場したい。
そのために、二週間後の合同練習試合まで五十メートル泳げるようになりたいって、訴えてきた。
今までだって、十分頑張ってきたし、まだ一年目だから、そんなに焦らなくてもと、諭したが、まあ、聞く耳を持たなくて。で、
スイミングスクールをすすめたってわけだ。
そこには、泳げない人を指導するのが上手なことで有名なコーチがいるから」
「・・・でも、コーチの家って遠かったですよね?
小山の家とは正反対の方向だし」
「そうそう。だから、とりあえず、合同練習試合まで二週間、俺の家で面倒見ることにしたんだよ」
「なんで、どうして」と恨めしく口にしてしまう。
小山の代わりに当てつけられても困るだろうに、水着の面積は狭くても、懐が深いコーチは「俺もしつこくは理由を聞かなかった」と宥めるように肩を叩いた。
「理由がどうあれ、泳げない奴が、泳ぎたい!って真剣に頼み込んでくるのを、放っておけないしな。
ただ、ずっと居残り練習に付き合っていた尚樹に、一言もないのは、たしかに、いただけない。
まあ、本人に直接、聞いてみろ。
逃げるようだったら、俺の家に電話、かけてきてもいいから」
シューゾーはとことん、いい人だ。
とはいえ、事情を知らないので、その親切心が裏目にでている。
被害者は俺なのに。
どうして、小山のほうが避けるのか。
俺のほうが「話し合おう」と追いかけるのは、筋違いだと、思わざるを得ない。
「辞めるのではないか」と気を揉んで、辞められるくらいなら、保健室の件を大目に見ようと腹をくくっていただけに、戦前逃亡のようなことをされて、さすがに腹が立った。
「なぜ、急に地方大会出場に意欲をだしたのか」と理由は気になったものを、小山について頭を割くのも苛ただしく、「あっちのほうが説明しにくるべきだ」と意固地になったもので。
それからというもの、パンツが消える心配をしないでよくなり、居残りで時間ロスせず、早く家に帰れるという、至って無事平穏な日々を過ごした。
爆走自転車に送られるのに慣れた分、駅まで走るのが煩わしくなったのは、さておき。
とにかく、パンツが消えなくなったのだから、万々歳といいたいところ、俺は今までにない、スランプに陥った。
中学から高校に上がるときも、体格差問題にぶち当たったとはいえ、その比ではない。
入水した日以来、初めて、水の流れを矢印のように、肌で感じ取れなくなったのだ。
まともに水圧を受けて、すこしでも体の力を緩めると、底に押しつけられそういなる。
そう、まるで、カナヅチのように。
十年以上経験があるから、型通りには泳げる。
ただ、肺呼吸する前の祖先から、色濃く受け継いだDNAを活かせない俺は、そのほか大勢の一人、魚の記憶を忘れさった人でしかない。
生得的な能力なくして、習った分、泳げるだけなら、同じくらい経験値があり、ナイスバディな男子競泳選手に、つるぺたの俺は、とても敵わなかった。
よりによって、藤子に勝負をしかけられてからの、この体たらく。
我ながら不甲斐なく、藤子に顔向けできなく思ったもので、さらに追い討ちをかけるように、周りからはバッシングをされた。
「ミネフジコにわざと負けて、交際したがっていやがる」と。
たまに、ファンから届く手紙には「尚樹くんは水泳一筋だと思っていたのに、がっかりです」と書かれていたし。
おまけに、パンツを消した加害者のほうが、株を上げる始末だ。
「小山は浮けるようになったてよ」「溺れながらも、前に進めるようになったんだと」「ニ十五メートル、足をつかないで、到達できたってさ」などなど。
聞いてもいないのに、逐一、報告される。
藤子の件で、当てつけているのだろう。
「小山はあんなに健気に水泳をしているというに、お前ときたら」と。
泳げないのが、泳げるようになったとき、本人より「ヒャッハー!」と浮かれるシューゾーだが、絶不調の俺に気を使ってから、小山の躍進ぶりを触れ回ったりしていない。
とはいえ、どうしても、じっとしていられず、口止めしつつ、部員に漏らしているのだと思う。
藤子の件で俺が、目の仇にされていることまで頭が回らないのは、「天然マグロ」と仇名で呼ばれるシューゾーらしいし、俺も責めるつもりはない。
それにしたって、「もし、二度と能力が戻らなかったら」「今から、肉体改造をすべきなのか」と禿そうに、人が頭をひねっているというに、「競泳者の風上にも置けない」「尚樹くんに裏切られた」と色恋呆けしているように見なして、独りよがりに軽蔑し、幻滅するのはよしてほしい。
ただでさえ、こちとら、それこそ人魚(姫ではない)が尾っぽを失ったように、途方に暮れて、反論したり、否定したりする余力がないのだから。
すっかり人間不信になった俺は、太田にも相談できず、つい、藤子にスランプ事情を明かし、弱音と愚痴を吐いた。
洗いざらい、ぶちまけてしまってから、内容からして、「私のせいだ」と自責の念にかられるのではと、すぐに思い至り、「悪い」と告げようとしたら、電話の向こうから、くつくつと笑うのが聞こえて。
「尚樹が泳げなくなった原因は、私じゃなくて、あのミカケダオシカナヅチくんに、あるんじゃないの」
それは、気づきつつ、考えないようにしていたことだ。
高校にあがってから、長く体格差問題に悩まされ、徐々に復調していったものの、どこか、まだ、勘を取りもどせていなかった。
「もう、完全には復活できないかもしれない」と覚悟しつつ、手探りで練習していたところ、にわかに、以前と遜色なく泳げるようになったのは、パンツが消えてからのことだった。
その一回なら、「たまたま」と捨て置けても、またパンツがらみで、こうも明らかに、泳ぎが左右されては、小山きっかけと、考えざるを得ない。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

星蘭学園、腐男子くん!
Rimia
BL
⚠️⚠️加筆&修正するところが沢山あったので再投稿してますすみません!!!!!!!!⚠️⚠️
他のタグは・・・
腐男子、無自覚美形、巻き込まれ、アルビノetc.....
読めばわかる!巻き込まれ系王道学園!!
とある依頼をこなせば王道BL学園に入学させてもらえることになった為、生BLが見たい腐男子の主人公は依頼を見事こなし、入学する。
王道な生徒会にチワワたん達…。ニヨニヨして見ていたが、ある事件をきっかけに生徒会に目をつけられ…??
自身を平凡だと思っている無自覚美形腐男子受け!!
※誤字脱字、話が矛盾しているなどがありましたら教えて下さると幸いです!
⚠️衝動書きだということもあり、超絶亀更新です。話を思いついたら更新します。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます


王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
【胸が痛いくらい、綺麗な空に】 -ゆっくり恋する毎日-
悠里
BL
コミュ力高めな司×人と話すのが苦手な湊。
「たまに会う」から「気になる」
「気になる」から「好き?」から……。
成長しながら、ゆっくりすすむ、恋心。
楽しんで頂けますように♡
兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!
かぎのえみずる
BL
双子の兄を持つ章吾は、大人顔負けのDomとして生まれてきたはずなのに、兄にだけはSubになってしまう性質で。
幼少期に分かって以来兄を避けていたが、二十歳を超える頃、再会し二人の歯車がまた巡る
Dom/Subユニバースボーイズラブです。
初めてDom/Subユニバース書いてみたので違和感あっても気にしないでください。
Dom/Subユニバースの用語説明なしです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる