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しおりを挟む一歳からの腐れ縁の藤子とは、ずっと追い越し追い越されをして、どちらかが、置き去りにしたり、置き去りにされたことはない。
高校生になっても変わらず、絶不調の俺を置いてけぼりに、「お先に」と日本代表入りすればよかったのを、肩を痛めてしまい、結局、同じくらいのブランクの期間を踏まえることになった。
一時期は「もう、日本代表入りはだめかも」と思いつめたから、怪我に同情しつつも、足並みをそろえるように、藤子がプールから放れてくれて、正直、すこしは気が安らいだもので。
高校生になったら、すぐに日本代表入りするのではないかと期待されていた俺だが、しょっぱなの地方大会で敗退。
どうやら、周りとの体格差があるのに、尻込みをしてしまったらしい。
中学までは、さほど体格差はなかったし、高校生と競うことがあっても、「なにくそ」と食ってかかる意気込みのほうが強く、気にとめなかった。
が、高校に上がってみると、二年、三年には、百八十近くが顔を揃え、いざ同じ土俵に立ち、それらを見上げたところで、どうしようもなく、体は固くなり、息も詰まった。
高校生になっても、揺るぎなく自分の泳ぎをすれば、負けはしないと、過信していたせいもあるのだろう。
たしかに、俺の泳ぎは、俺より背丈が高く、筋肉量が多い選手の優位性を覆せるとはいえ、限界があった。
覆せない圧倒的体格差による不利を、どう埋め合わせるか。
考えるべきだったし、見上げるだけで、つい体が萎縮するのを前提に、練習試合や大会に臨むべきだった。
と、反省して、心を入れ替え、練習法を改善してからは、復調をしていき、夏のインターハイでは自由形百メートルで三位になった。
前半期の成績では、夏の世界大会の日本代表入りはできなかったとはいえ、このまま調子を上げていけば、来年に延期された日本の五輪には、間に合うのではないかと、見込まれている。
たまたまだろうものを、パンツが消えだしてからは、タイムがよくなる一方だし。
「私はいいことがあったわけじゃないけど、今はすごく、やる気に満ち満ちているの。
タイムも、前と同じくらいじゃなくて、新記録を叩きだしたいと思っている」
「新記録?
はっ、インターハイにも出場できなかったのに、吹くな、お前」
「あ、自分が新記録でそうな勢いだからって、馬鹿にしているね。
そんな余裕があるなら、私に発破をかけてくれない?
あらためて、勝負をしようじゃないの」
「あらためて勝負、だあ?」
そろそろ、もぐもぐタイムが終わるころで、他の選手が容器を片付けたり、紙袋やラップを捨てつつ、こちらに注目しだし、元より、カメラに注視されっぱなしでは、落ちつかなかった。
おまけに、微笑しながら、藤子の目が笑っていないとなれば、嫌な予感しかしなく、すこし早めながら、コーチの元にいき、練習に戻るふりをしようかと思ったが、迷ううちに「そう、賭け」と切りだされ、カメラに寄ってこられた。
「今度の地方大会で、どちらが新記録をだすか。
どちらも叩きだせば、何もなし。
でも、もし、私が叩きだして、直樹が叩きだせなかったらご褒美をちょうだい。
尚樹、自身をね。
直樹が私のものになるの」
「はい?」と呆れ返って上げた声は、「聞いたか!?」「マジかよ!」「嘘だろ!」「どうか嘘だと!」ともぐもぐタイム終了の選手のどよめきと嘆きによって、かき消された、鼻息荒くカメラとマイクが迫るのにしろ、声をだせずとも、喚きたてたいのは同じだろう。
「あの鉄壁のミネフジコに、ついに男の影が!」と。
容貌とその名からして、メディア受けする藤子は、専門誌以外に、週刊誌やワイドショーに追い回されている。
水着姿だけでなく、制服、私服姿を映像や写真におさめては「ミネフジコの○○の一面!」といちいち騒ぎたて。
同じ画面に男が写ろうものなら「フジコスマイルを向けられるお相手は!?」「憧れの○○選手に憧れだけでない感情が!?」とフィーバーする始末だ。
俺も、顔を合わせる機会がある男の一人とはいえ、つるぺたのおちびちゃんと、人魚姫すぎるスイマーと釣り合わなく見えるからか、お呼びでなかった。
というか、インタビューなどで、藤子が「しばらくは水泳のことしか、考えたくないので」とやんわりと否定し、「マスコミのやり過ぎ」「ワイドショーが下品」と民衆も肩を持ってくれたので、彼氏どうのこうのと、そのうち、やかましくしなくなっていった。
表立っては、だ。
水泳界の事情通に聞いたところ、週刊誌の記者は、すこしも気を抜かず、目を光らせつづけ、素人の追っかけにしろ、「今日のミネフジコさま」と非公式なサイトやブログで記事を書いたり、SNSで発信したり、常に動向を窺っている、とのこと。
そうやって、真偽の分からない情報が行き交うネットのコンテンツを、閲覧する人もまた、少なくなく、その関心事の大半は、やはり恋愛事情らしい。
要は、「フジコちゃん、かわいそう」「そっとして、泳ぎに集中させて」と同情するに見せかけ、皆、藤子に男がいるか否か、知りたくて、うずうずしているわけだ。
「フジコちゃんは、俺の永遠のアイドルだ!」と崇めたい男もいるだろうとはいえ、人に下世話な好奇心があるほど、儲かる週刊誌やワイドショーは、野朗共の夢をぶち壊すのもなんのその、スクープを狙いつづけているのだろう。
といっても、相手は賢く理性的な藤子なので、少しもぼろをださず、隙も見せないでいたのが、突然、公に告白まがいの宣言をしたからに、そりゃあ、カメラが食いつくのもしかたない。
「あんな、つるぺたのおちびに・・・!」と同年代の選手からは、恨みがましく見られて、居たたまらなかったものを、返事をする暇はなく、「こら、お前ら!なに、遊んでんだ!」とコーチに一喝された。
「遊んでんだ!」に反論できる余地はなく、藤子に物申したい俺も、俺を睨みつけ恨み言を吐いていた選手も「はい!」と背筋を伸ばし、コーチの元へと急ぐ。
その途中で、横目に見やれば、カメラをつき従えながら藤子も、女子の練習に戻っていったようだった。
同じ施設を使いつつ、男女のスケジュールは別々とあり、以降、藤子と顔を合わせることがなかった。
スマホでは連絡を取ったし、藤子が撮影班と話をつけ、あの一場面をカットしてもらい、口外無用との約束もしたと聞いたものを、もちろん、それで万全ではなかった。
近くで見聞きしていた選手は、男子とあって「俺の水の女神があ!」と認めたくなく、むしろ、吹聴はしなかっただろうものを、なにせ、相手はプロの記者。
素人ながら、ストーカーまがいに付きまとってくる、厄介な大人だ。
言葉巧みに、しつこく、つつかれて、うっかり漏らしてしまったらしく「幼馴染にして、同じく日本代表候補の男子に、宣戦布告のように告白!?」と記事の見出しが躍り、ワイドショーで大々的に取りあげられる事態となった。
さすがに、俺の顔と実名は公表されなかったが、友人知人、関係者やジュニアの選手に詳しい人には、丸分かりだった。
おかげで、連休明けに登校したら、「お前、本当なのか!?」と友人には泣きつかれ、教師などの大人には「へえ、この子が」と値踏みするように見られ、学校の門の外で、マスコミに待ち伏せされ、カメラを向けられたもので。
さすがにマスコミは、校内にまで侵入してこなかった。
といって、安心はできず、生徒や教師、近所の人に聞き込みをし、嗅ぎまわるだろうと、予測されるからに、気が滅入った。
マスコミだけでなく、周りも放っておいてくれなくて、「本当のところ、どうなの!?」と胸倉を掴んで揺さぶられるは、じろじろと見られ、こそこそ囁かれるは、スマホを向けられるは、隠し撮りされるは。
居心地は良くなかったものを、俺はだんまりを決めこんだ。
「ご褒美」については、置いておいて、藤子が勝負を申し出てきたのを、「冗談だ」「気まぐれだ」と片付けたくなかったのだ。
いくら外野がやかましくても、藤子の顔を潰したくはなく、自分に発破をかけたくもあったから。
それに、帰るとき、小山とニケツしているのを、撮られることのほうが、正直、気がかりで、どうしたものかと、考えこんでいたせいもある。
「気にするな」と一笑に付すか、はたまた、「残像しか写らないほど、駆けぬけていってやる」と豪語するだろうか。
と、想像して、笑いをこぼしたものだが、パンツを消して頭に被る小山の心境を、乙女心を意に介さない無粋野朗よろしく、俺はまるで分かっていなかったようで。
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