10 / 17
⑩
しおりを挟む一歳からの腐れ縁の藤子とは、ずっと追い越し追い越されをして、どちらかが、置き去りにしたり、置き去りにされたことはない。
高校生になっても変わらず、絶不調の俺を置いてけぼりに、「お先に」と日本代表入りすればよかったのを、肩を痛めてしまい、結局、同じくらいのブランクの期間を踏まえることになった。
一時期は「もう、日本代表入りはだめかも」と思いつめたから、怪我に同情しつつも、足並みをそろえるように、藤子がプールから放れてくれて、正直、すこしは気が安らいだもので。
高校生になったら、すぐに日本代表入りするのではないかと期待されていた俺だが、しょっぱなの地方大会で敗退。
どうやら、周りとの体格差があるのに、尻込みをしてしまったらしい。
中学までは、さほど体格差はなかったし、高校生と競うことがあっても、「なにくそ」と食ってかかる意気込みのほうが強く、気にとめなかった。
が、高校に上がってみると、二年、三年には、百八十近くが顔を揃え、いざ同じ土俵に立ち、それらを見上げたところで、どうしようもなく、体は固くなり、息も詰まった。
高校生になっても、揺るぎなく自分の泳ぎをすれば、負けはしないと、過信していたせいもあるのだろう。
たしかに、俺の泳ぎは、俺より背丈が高く、筋肉量が多い選手の優位性を覆せるとはいえ、限界があった。
覆せない圧倒的体格差による不利を、どう埋め合わせるか。
考えるべきだったし、見上げるだけで、つい体が萎縮するのを前提に、練習試合や大会に臨むべきだった。
と、反省して、心を入れ替え、練習法を改善してからは、復調をしていき、夏のインターハイでは自由形百メートルで三位になった。
前半期の成績では、夏の世界大会の日本代表入りはできなかったとはいえ、このまま調子を上げていけば、来年に延期された日本の五輪には、間に合うのではないかと、見込まれている。
たまたまだろうものを、パンツが消えだしてからは、タイムがよくなる一方だし。
「私はいいことがあったわけじゃないけど、今はすごく、やる気に満ち満ちているの。
タイムも、前と同じくらいじゃなくて、新記録を叩きだしたいと思っている」
「新記録?
はっ、インターハイにも出場できなかったのに、吹くな、お前」
「あ、自分が新記録でそうな勢いだからって、馬鹿にしているね。
そんな余裕があるなら、私に発破をかけてくれない?
あらためて、勝負をしようじゃないの」
「あらためて勝負、だあ?」
そろそろ、もぐもぐタイムが終わるころで、他の選手が容器を片付けたり、紙袋やラップを捨てつつ、こちらに注目しだし、元より、カメラに注視されっぱなしでは、落ちつかなかった。
おまけに、微笑しながら、藤子の目が笑っていないとなれば、嫌な予感しかしなく、すこし早めながら、コーチの元にいき、練習に戻るふりをしようかと思ったが、迷ううちに「そう、賭け」と切りだされ、カメラに寄ってこられた。
「今度の地方大会で、どちらが新記録をだすか。
どちらも叩きだせば、何もなし。
でも、もし、私が叩きだして、直樹が叩きだせなかったらご褒美をちょうだい。
尚樹、自身をね。
直樹が私のものになるの」
「はい?」と呆れ返って上げた声は、「聞いたか!?」「マジかよ!」「嘘だろ!」「どうか嘘だと!」ともぐもぐタイム終了の選手のどよめきと嘆きによって、かき消された、鼻息荒くカメラとマイクが迫るのにしろ、声をだせずとも、喚きたてたいのは同じだろう。
「あの鉄壁のミネフジコに、ついに男の影が!」と。
容貌とその名からして、メディア受けする藤子は、専門誌以外に、週刊誌やワイドショーに追い回されている。
水着姿だけでなく、制服、私服姿を映像や写真におさめては「ミネフジコの○○の一面!」といちいち騒ぎたて。
同じ画面に男が写ろうものなら「フジコスマイルを向けられるお相手は!?」「憧れの○○選手に憧れだけでない感情が!?」とフィーバーする始末だ。
俺も、顔を合わせる機会がある男の一人とはいえ、つるぺたのおちびちゃんと、人魚姫すぎるスイマーと釣り合わなく見えるからか、お呼びでなかった。
というか、インタビューなどで、藤子が「しばらくは水泳のことしか、考えたくないので」とやんわりと否定し、「マスコミのやり過ぎ」「ワイドショーが下品」と民衆も肩を持ってくれたので、彼氏どうのこうのと、そのうち、やかましくしなくなっていった。
表立っては、だ。
水泳界の事情通に聞いたところ、週刊誌の記者は、すこしも気を抜かず、目を光らせつづけ、素人の追っかけにしろ、「今日のミネフジコさま」と非公式なサイトやブログで記事を書いたり、SNSで発信したり、常に動向を窺っている、とのこと。
そうやって、真偽の分からない情報が行き交うネットのコンテンツを、閲覧する人もまた、少なくなく、その関心事の大半は、やはり恋愛事情らしい。
要は、「フジコちゃん、かわいそう」「そっとして、泳ぎに集中させて」と同情するに見せかけ、皆、藤子に男がいるか否か、知りたくて、うずうずしているわけだ。
「フジコちゃんは、俺の永遠のアイドルだ!」と崇めたい男もいるだろうとはいえ、人に下世話な好奇心があるほど、儲かる週刊誌やワイドショーは、野朗共の夢をぶち壊すのもなんのその、スクープを狙いつづけているのだろう。
といっても、相手は賢く理性的な藤子なので、少しもぼろをださず、隙も見せないでいたのが、突然、公に告白まがいの宣言をしたからに、そりゃあ、カメラが食いつくのもしかたない。
「あんな、つるぺたのおちびに・・・!」と同年代の選手からは、恨みがましく見られて、居たたまらなかったものを、返事をする暇はなく、「こら、お前ら!なに、遊んでんだ!」とコーチに一喝された。
「遊んでんだ!」に反論できる余地はなく、藤子に物申したい俺も、俺を睨みつけ恨み言を吐いていた選手も「はい!」と背筋を伸ばし、コーチの元へと急ぐ。
その途中で、横目に見やれば、カメラをつき従えながら藤子も、女子の練習に戻っていったようだった。
同じ施設を使いつつ、男女のスケジュールは別々とあり、以降、藤子と顔を合わせることがなかった。
スマホでは連絡を取ったし、藤子が撮影班と話をつけ、あの一場面をカットしてもらい、口外無用との約束もしたと聞いたものを、もちろん、それで万全ではなかった。
近くで見聞きしていた選手は、男子とあって「俺の水の女神があ!」と認めたくなく、むしろ、吹聴はしなかっただろうものを、なにせ、相手はプロの記者。
素人ながら、ストーカーまがいに付きまとってくる、厄介な大人だ。
言葉巧みに、しつこく、つつかれて、うっかり漏らしてしまったらしく「幼馴染にして、同じく日本代表候補の男子に、宣戦布告のように告白!?」と記事の見出しが躍り、ワイドショーで大々的に取りあげられる事態となった。
さすがに、俺の顔と実名は公表されなかったが、友人知人、関係者やジュニアの選手に詳しい人には、丸分かりだった。
おかげで、連休明けに登校したら、「お前、本当なのか!?」と友人には泣きつかれ、教師などの大人には「へえ、この子が」と値踏みするように見られ、学校の門の外で、マスコミに待ち伏せされ、カメラを向けられたもので。
さすがにマスコミは、校内にまで侵入してこなかった。
といって、安心はできず、生徒や教師、近所の人に聞き込みをし、嗅ぎまわるだろうと、予測されるからに、気が滅入った。
マスコミだけでなく、周りも放っておいてくれなくて、「本当のところ、どうなの!?」と胸倉を掴んで揺さぶられるは、じろじろと見られ、こそこそ囁かれるは、スマホを向けられるは、隠し撮りされるは。
居心地は良くなかったものを、俺はだんまりを決めこんだ。
「ご褒美」については、置いておいて、藤子が勝負を申し出てきたのを、「冗談だ」「気まぐれだ」と片付けたくなかったのだ。
いくら外野がやかましくても、藤子の顔を潰したくはなく、自分に発破をかけたくもあったから。
それに、帰るとき、小山とニケツしているのを、撮られることのほうが、正直、気がかりで、どうしたものかと、考えこんでいたせいもある。
「気にするな」と一笑に付すか、はたまた、「残像しか写らないほど、駆けぬけていってやる」と豪語するだろうか。
と、想像して、笑いをこぼしたものだが、パンツを消して頭に被る小山の心境を、乙女心を意に介さない無粋野朗よろしく、俺はまるで分かっていなかったようで。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる