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しおりを挟む普段の部活は、二人で残って、パンツの譲渡を行えばよかったが、大会出場や他校に練習試合に赴くときは、そうもいかなかった。
いつもより、辺りには人が密集しているは、団体行動を心がけなければならないは。
とくにエースの俺は、そこらをほっつき歩くわけにいかないは。
とにかく、二人きりになれる隙がない。
どうしたものかと、二人で頭をひねって、まだ小山の仕業と発覚する前、一時避難として、土日に俺がスイミングスクールに行き、パンツが消えなかったのを思い起こした。
小山も部活を休み、学校にはこなかったとかで。
この二つの事例から、「傍にいて、お互いの姿が見えているのが必要条件か?」「それとも、距離が関係あるのか?」と推察をして、それを元に実験をした。
土曜に、いつも通り、俺はプールで練習し、小山は施設に一歩も入らず、校内でトレーニングに励んでみた。
近くにいながら、お互い、知覚できない状況に、身を置いたところ、結果、パンツは消えなかった。
近くにいるのを意識しても、お互いを五感で捉えないことには、能力が発動されないと分かり、ついで、スマホで声のやり取りや、テレビ通話を試してみたが、画面越しには無効のようだった。
画面を通して以外で、視界に入るほど、傍にいなければ、パンツは消えない。
と、突きとめたとはいえ、あまり、ためにならなかった。
大会も練習試合も、基本、部員全員参加するから、どうしたって、お互いから、目と耳を塞ぐわけにはいかない。
小山が休んで、別行動しつづけるのも、限界があるし。
パンツが消える能力について、すこし判明したところで、不便なのには変わらず。
まあ、しばらくは、大会も練習試合もないから、水泳部が忙しい時期に差しかかるまで、小山がすこしでも能力の制御ができるように望むしかなく。
それにしたって。
「制御できるようになったら、今度は、水着を消されるかもしれないんだよなあ」
そう独り言ち、ため息を吐いて、ゆかりのおにぎりに齧りついた。
目の前に広がるプールは、学校のより、きらびやかで、でかでかとして、見上げたら倒れそうなほど、天井が高々としている。
間隔を空けて泳ぐ生徒の泳ぎっぷりにしろ、プールサイドから絶えず注がれる、かけ声や笛にしろ、肌がひりつくように、緊張感を漲らせていた。
強豪の水泳部で、日々、ストイックに練習に臨む俺でも、背筋が正されるような光景だ。
ここは都内の最新鋭のプール施設だった。
泳いでいるのは、学校がばらばらの中高生の選手で、日本代表についているコーチが指導に当たっている。
日本代表候補のジュニアの選手が、切磋琢磨しながら、部活動やスイミングスクールでは手が行き届かない、完備された施設での指導を、公平に受けられるよう、たまに連休に、全国から呼び寄せられるのだ。
中学一年から、声をかけてもらっている俺は常連組。
腰に手を当てて、おにぎりを食べているほど、割と大きな顔をしていられるが、何か忘れ物をしてきたように思えてならず、どうも座りが悪かった。
まだ、カナヅチからも脱せていない小山は、もちろん、傍にはいない。
故にパンツは消えないものの、そのことを気兼ねしないでいいのが、張り合いがないようにも思える。
目の前には、メダル獲得を阻む、小山よりずっと強敵がいるはずが。
「いや、だからって、誰でもいいから、パンツを消してほしいと望みはしないが」と思いつつ、なんだかなあと、おにぎりを飲みこんだら、「久しぶり」と声をかけられた。
振り向くと、それこそ人魚姫と見まがうような、女子の水泳選手がおっとりと、歩み寄ってきていた。
カメラを担ぎ、反射板を持ち、マイクを向ける大人を従えるのに、目を丸くしながらも「よお、藤子」と人魚姫のほうには、気安く挨拶をする。
「峯 藤子」は漢字が違えど(親は狙って名づけたのだろうが)、本家本元よりグラマーではないものの、顔立ちは劣らず、見目麗しかった。
この場に居合わせるからに、日本代表入りを期待される若き実力者の一人でありつつ、一際、容姿が目を引くとあって、「人魚姫すぎるスイマー(なにが過ぎるというのか?)」とメディアではもてはやされている。
まあ、水着姿を性的に見られるのが、本人は不本意だろうものを、「セクハラだ」「ロリコンめ」とマスコミを非難しても、損するだけと、割りきって、何食わぬ顔をしてカメラを従えているあたり、性格は男前だ。
数えきれないカメラや、スマホを向けられるようになっても、そうして昔から変わりなく、俺の目には写る。
藤子と俺は、スイミングスクールの「お母さんと、はじめてのプール体験教室」からのつきあいだった。
母親曰く、泣く子供ばかりなのを尻目に、あっという間に水に慣れて、はしゃいでいたとかで、当時から二人して、目を引く存在だったという。
以降、藤子のほうが、背が高かったこともあり、男女関係なく、二人で自由形のタイムを競いつづけた。
中学に上がってからは、さすがに男女差がでてきたとはいえ、身長差はそのままで、今も変わりやしない。藤子は百七十ニ、俺は百六十五。
高校生になると、俺が男子校に行き、さらに疎遠になって、ライバル視しなくなったかといえば、そうでもない。
今は、どちらが先に日本代表入りするかの、対決をしている。
「怪我が治って、リハビリもうまく、いったようだな。
タイムが戻ってきてるって、聞いてる」
「尚樹こそ、高校生になってすぐは、調子が狂っていたようだけど、順調にタイムを縮めて、このごろは、とくに冴えているじゃない。
何か、いいことでもあった?」
どうしてか、パンツを被る小山が脳裏に浮かんだとはいえ、「別に」と目を逸らす。
「彼女でも、できたんじゃないの?」と付け加えられ、ぎくりとしつつ、カメラとマイクが向いているのに気づいて、「なんにしろ、同じタイミングで、二人してスタートに立てたんだから、いいだろ」とはぐらかした。
といって、その言葉に嘘はない。
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