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⑥
しおりを挟む更衣室にいって戻ってきて、出入り口から顔を覗かせ、肯いたので、プールの水が抜けるまで、待ちぼうけの掃除当番に、挨拶しつつ、小山の元に向かった。
ロッカーを開けると、やはりパンツは消えていて、そう報告する前に、俺の名前入りのが差しだされて。
他の部員はいないなら、紙袋などに入れる必要はなく、いちいち、包装されるのも、阿呆らしい。
とはいっても、洗ったのならともかく、使用中のを手渡しされるのは、なんとも、気まずい。
デリケートゾーンに手を当てていないとしても、だ。
なんて、ぶつくさ垂れている暇はなく、パンツを奪い返したなら、早々に着替え、「じゃあな!」と更衣室から跳びだした。
が、廊下を走りだそうとして、でてきたばかりの扉が開け放たれたのに、ぎょっとして振り向く。
自分が着替えるのに没頭して、小山には見向きもしなかったのだが、どうやら、同じく慌しく着替えをしていたらしい。
やや遅れて、身支度を整え、廊下に踏みだした小山は、「え、なに」ともたつく俺の腕を掴み、部活終わりと思えない躍動ぶりで、走っていった。
ぐいぐい引っ張られて走らされ、こけそうになりつつ、そのうち、足並を合わせられるようになったなら、「掃除、いいのか」と呼びかけた。
部活終わりに居残り練習するだけでなく、その後、当番でなくても、掃除をしていくのだと、他の部員から聞いたことがある。
当人曰く「クールダウンにちょうどいいし、水のないプールを見ておきたい」から、らしい。
返事をしてくれず、プールの施設からでて、校門とは逆方向に足を向けた。
あれ?と思ったものを、その足どりに迷いはなさそうだったから、口をつぐんだまま、ついていく。
駐輪場に辿りつくと、腕を放して、息を切らしながら、鍵を外した自転車を引っ張りだしてきた。
俺の目の前に自転車をつけて、やっと口を利いたことには「あんた、家が遠いんだろ」と。
「おまけに電車を逃したら、かなり待たなくちゃならないんだってな。
大体の時間、把握してっけど、今から、ダッシュしても間に合わないだろ」
「そうだけど・・・。
まさか、お前、俺を送ってから、戻ってきて掃除するつもりじゃないだろうな?」
「はじめは、そのつもりだったが、部員に話したら、ずっとプール掃除してきたんだから、しばらく、休んだっていいってよ。
掃除より、水泳部のエースをちゃんと送ってっこいって、尻を叩かれた」
「だから乗れ」というように、サドルを叩く。
俺を送ってから、また掃除に戻るのではと、そのことだけが気がかりだったから、一応、否定されたので(嘘かもしれないが、後で部員に聞けばいいことだし)、時間もないことだし、後ろの荷台に跨った。
つづいて小山もサドルに跨って、「俺に掴まったほうがいいぞ」と目だけ向け、告げたのに、「俺の体幹を舐めるな」と肩をすくめてみせる。
鼻を鳴らし、発進させた自転車は、なるほど、忠告しただけあって、荒ぶる馬のように、スタートダッシュしながら、揺らしにかかってきた。
ママチャリではなくて、長身な小山に見合ったサイズの、がっしりとしたスポーティーな自転車とはいえ、かなり、がたがきているらしい。
がたぴしと鳴る自転車の揺れだけでなく、スタートからの、猛スピードにも煽られて、体が仰け反って、後ろにころがりそうになったものを、どうにか堪えて、広い背中に寄りかかるまいと、歯を食いしばった。
走りだしは、じゃじゃ馬のように、不安定だったのが、ある程度、スピードがのってきて、ふらつくことがなくなった。
といって、流れる景色に目が追いつかないほどの、スピードを維持しているのは、それはそれで恐い。
溺れる水泳にこだわらないで、競輪選手になったほうが、金メダルへの道は近いのではないか。
と、冗談でなく考えさせられるような、カナヅチが見違えるような、惚れ惚れする自転車の漕ぎっぷりだった。
自転車対決をしたら、きっと俺は負ける。
体格に恵まれ、運動神経もいいなら、自転車対決以外も負け知らずだろう。
水泳だけ勝てないのだとしても、総合的には、断然、勝っているのだから、悔しがらなくてもいいものを。
「どうして」と口にしかけて、頭を振ってから、風の轟音に負けじと「なあ!」と声を張りあげる。
「駅には駐輪場がないし、だから、学校と駅の往復を自転車ですんなって、学校にいわれているだろ!
じゃあ、お前、どっか駅の近くに自転車隠して、停めてんのか!?」
「停めてねえよ!
自転車で登下校しているからな!」
「はああああ!?
俺ほど遠くないっていっても、学校から、お前んちまで、自転車で通学できる距離じゃないはずだろ!」
「まあな!でも、時間をかければ、自転車で往復できなくもない!
朝早くでれば、遅刻もしない!
電車賃浮くし、トレーニングも兼ねられる!」
だから、古くもなく安くもなさそうな自転車が、やたら、がたついているのかと、腑に落ちながらも、あらためて呆れる。
どれだけ練習馬鹿で、どこまで筋肉馬鹿になろうとしているのかと。
努力した分、報われることなく溺れつづけ、それでも、めげずに毎日水泳部に通う小山は、笑い者にされるのも、不憫がられるのも通り越し、今やすっかり水泳部に愛されている。
掃除を免除してくれたのも愛あってこそ、だろう。
練習だけでなく、掃除も手を抜かないと、定評がある小山の戦力がなくなると、掃除組みは困るところ、かまわず送りだしたのだから。
接する機会がなかったながらも、俺も前から、好印象を持っていた。
俺の水着が脱げたらと願って、パンツを消す能力を手に入れたあたり、腹に一物がなくもないのだろうが、パンツを被られても、やはり憎みきれない。
たしかに、パンツが消えるのは、小山のせいとはいえ、返してくれるだけで、御の字と思った俺は、それ以上、罪を償えとばかり、ああしろこうしろと、要求するつもりはなかった。
が、電車に間に合わなくなるなど、支障がでるのに、こうして埋め合わせをするように、小山なりに責任を取ろうとしてくれているらしい。
責任を取るなら、「パンツを消さないようにする!」と意気込んでほしいが、「水着を脱がしたる!」と譲らないのも、また小山だ。
基本、一本気で律儀な性分をしているとはいえ、そのまっすぐさが、どこか、ずれているように思う。
まあ、競輪選手になれそうな脚力をしながらも、水泳部を辞めないのだから、よほど、思い入れがあるのだろう。
その正体がどういったものにしろ、青春をどぶに捨てるように、ひたすら溺れつづけ、そのくせ、「あんたに勝って金メダルを取る!」と恥ずかしげもなく宣戦布告する小山を、結局のところ、俺は嫌いではなかった。
これで、パンツを消さなければなあと思った矢先、自転車が急ブレーキして、思わず背中に抱きついた。
とたんに股間が心許なくなり、見上げれば、案の定、抱きつく背中の天辺、その頭に、俺のパンツが被さっていた。
辺りに人がいなかったから、よかったものを。
「いや、いい奴なわけがない!」と前言撤回をせざるを得なく、田んぼに囲まれた夜道で絶叫をしたのだった。
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