俺のパンツが消えた

ルルオカ

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目の前で俺のパンツを消して、頭に被って脱がないし、謝るどころか「水着も消せるかもしれない」とテロ予告のような大問題発言をした小山。

ただ、これまで消したパンツを返してくれ、今後も消したパンツを、そのたびに返してくれると約束した。

「返してくれる」「約束した」と言葉を並べると、俺が被害者ではないようで、不本意とはいえ、小山の気が変わらないよう、文句は飲むしかなかった。

なにせ、これ以上、パンツが消えつづけると、主将の胃に穴が開くかもしれないし。

本人はパンツを消すのを、どうやったらできるのか分からず、コントロールもできないと、ほざいたものの、本当なのかどうなのか。

と、怪しんだところで、俺にはパンツを守る術がないので、返してもらえるなら、返してもらえるに越したことはない。
が、問題があった。

これまで、ほとんど交流がなかった小山と、口を利くようになれば、ただでさえ、注目されるところ。

部活終わりに、パンツの受け渡しを見せつけたら、どれだけ憶測を呼ぶやら。
紙袋に入れたとして、もっと、興味を引いてしまうだろう。

部員に知られず、パンツの譲渡を行わなければならない。
とのことで、大半の部員が帰った後、それ以外の、残った部員がプールの掃除をしている間に、受け渡しをすると決めた。

ただ、ここでも問題あり。俺は家が遠く、電車の時間の都合もあって、掃除当番でないときは、いつも一目散に学校を跳びだしていく。

その習慣を変えて、居残るからには、「あれ、なんで、尚樹、帰んねえの?」と聞かれて、もっともらしい返答をしないといけなかった。
で、ひねりだした言い訳が、「小山に泳ぎを見てほしいと、頼まれたから」だった。

いつまでも泳げないのに業を煮やした小山は、日々の鍛錬を重ねる以外に、打開策を講じようとした。

その一環で、「初めて水に入ったその日から、泳げていた」と謳われる水泳部エースなら、カナヅチ解消の糸口を見いだせるかもと考えて、助力を求めた。
という設定にした。

まあ、そういった小細工をしても、小山と俺が接近した唐突さを、驚かれるのは避けようがなかった。

ただ、水泳部に所属しながら、カナヅチが直らない小山は、もともと異例な存在だったから、突飛なことをしでかそうと、そう大袈裟には捉えなかったらしい。

「まあ、頑張ってみろや」と小山の背中を叩き、「まあ、そう気負わずに」と俺の肩を叩いた。

部員が好意的に見てくれたの、はいいとして、まだ、問題があった。

小山に指導をしつづけているシューゾーだ。部活動の時間中はほぼ、つきっきりでいて、プールの掃除がはじまる、ぎりぎりまで、毎度、指導をしている。

ともなれば、部活が終了してから、部員が着替え終わるまで、「小山に泳ぎを見てほしいと、頼まれたから」との名目上、俺はそこに混じらないといけない。
のが、やや気が引けたのだ。

初心者指導を担うシューゾーと、はじめから、上級者向け指導を受けていた俺は、小山に対してと同じく、まったく接点がなかった。

そのことが、人見知りなほうな俺にはネックで、パンツの受け渡しのために、嘘のふりをするともなれば、もっと気が重たくなるというもの。

「俺だけは小山を見捨てん!」と胸を張るシューゾーにしたら、横槍を入れられるのは、癪だろうとも、考えられたし。

そう、何かと心配をしたものを、いざシューゾーに話をつけたら、「そうだな!尚樹なら、突破口を見いだせるかもな!小山のことは、任せる!」と真っ黒な肌に栄える、白い歯を光らせた。

頼んでもいないのに、シューゾーが快く、身を引いてくれたおかげで、気兼ねなく小山と居残りができるようになって、その初日。

部活が終わると、プールの水が抜かれる。

ただ、プールはもう一つ、十メートルほどの一レーンしかない、こじんまりしたものが据えてあり、リハビリしたり、フォームをチェックしたりと、調整用に使われている。

すぐに水が抜けるとあって、掃除がはじまるまで、小山はここで泳ぎ、いや、溺れつづけていた。

今もまた、壁を蹴って間もなく沈み、水しぶきをあげて、水面から跳びだすのをリピートしている。

飽きもしないで、反復して溺れるのを、プールサイドに座り、ぼんやりと見ていたら、三十回目くらいに、水面から跳びだした小山が「おい」と柄の悪い声をあげた。

「一応、泳ぎを見るって設定になってんだから、なんか、アドバイスをしろよ」

「なんで、俺のパンツを消す奴なんかに親切にしなきゃなんないんだ」

間髪入れないで、跳ねつけられて、恨めしそうに見てくる。

そのふてぶてしさに、呆れつつ、少しは相手にしないと、練習に戻ってくれなさそうだったから、「ていうか、そもそも、アドバイスができないんだよ」とため息を吐いた。

「俺には水の流れが、矢印になっているように、肌で感じ取ることができるから」

「は?」

俺のパンツを消しておいて、よくもまあ、「こいつ正気か?」とばかり頬をひきつらせるものだ。

いっそ、ここまでつけ上がれば、天晴なもので「まあ、そういう反応をするわな」と苦笑をする。

「でも、この感覚が特別だとは、高校に入るまで気づかなかった。

皆、そんなもんだと思っていたら、ここの顧問に、そりゃ特殊な能力だって教えてもらって、驚いたよ」

「なんだ、あんた、俺のこと言えないんじゃねえか」

「お前の胡散臭い能力と、一緒にすんな」と眉をしかめつつ、たしかに、同じように人にない能力を持つ俺だから、まだ正気でいられるのかもしれないと思う。

被害に合ったのが、他の部員でなくてよかったと、つくづく思いながら、もちろん小山に伝えてやらず、「俺のは超能力って感じじゃないし」とあくまで、同類扱いを拒否する。

「もともと、人が潜在的に持っているもので、それほど珍しいもんじゃないんだって。

大昔、魚が地上にあがって、えら呼吸から肺呼吸になって、進化していったのは、お前も知っているだろ?

進化していった動物の中でも、人は全身に毛を生やさないで、つるつるとしたままでいた。魚みたいにな」

「え、だから、人も魚みたいに泳げるっていうのか?」

「そう。
先生がいうには、人は他の動物より、魚特有の能力を、受け継いでいるのだろうって。

ただ、人は地上で生活していて、泳ぐ必要性はあまりないから、その能力を使わないまま、能力があるのも忘れている。

で、たまに、思いだしみたいに、俺みたいな能力を発揮する奴が、現れるってわけ。
細工なしに、スプーンを曲げる奴の出現率より、高くな」

最後は皮肉っぽく、口にしたのが、小山には通じなかったのか、むっとするでも、むきになって笑い返しもしないで、呆けている。

その胸の内は知れなくても、プールから見上げられるのが、なんとなく居心地悪くなり、立ち上がろうとしたら、「なんだか」と呟いた。

「あんた、人魚姫みたいだな」

百歩譲って、人魚なら分かるが、どうして「姫」なのか。

と、ツッコみたくはあったものの、中腰になって止まったのもつかの間、腹に力をこめ、上体を起こしきった。

「そろそろ、更衣室、誰もいなくなったかな」と顔を背け、あからさまに聞かなかったことにしたとはいえ、「俺が覗いてくる」とプールから上がった小山は、気にしていないようだった。
それはそれで、釈然としなかったが。




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