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②
しおりを挟むパンツが消えたら、隣にいる主将にかるく肘を当てる。
そうすれば、周りに気づかれないよう、新品のパンツを渡してくれるとのことだった。
手はず通り、人知れずパンツの受け渡しをして、その日は何事もなかったように、済ませることができた。
昨日のような重い空気になるのを、避けられたのはいいとして、根本的な問題、二日連続、パンツが消えたことへの、心のダメージは小さくなかった。
俺がパンツをはいたことで、「やっぱり、一度きりだったのか」と胸を撫で下ろしただろう部員らは、もう終わったことと、早く忘れたくもあってか、「今日は大丈夫だったんだな」とか、パンツどうのこうと、声をかけてこなかった。
いってしまえば、なかったことして、落ちこむ俺の気も知らないで、和気藹々とはしゃいでいた。
唯一、実情を知る主将だけは、「どんまい」と同情的に見てきたもので。
「恥ずかしくて被害を訴えられないんだな、しめしめ」とパンツ泥棒は高をくくったのか、翌日も、翌々日も、パンツは消えた。
泥棒の心理を読んだ主将も、四日連続となると、肘を当てたときに「まじか」とばかりの顔をしたからに、そこまで相手が俺のパンツに固執するとは思っていなかったのだろう。
「いや、もうこれ、洒落にならないだろ?」と帰り際、俺を呼びだして、いつもは気丈な主将が青ざめるのを隠せず、つめ寄ってきた。
極力、顧問に報告したくないとしても、こうも事態が悪くなる一方では、秘密にしておくほうが、耐えられないらしい。
俺とて、水泳部にいくらでもあるパンツの中で、自分だけが狙われ盗まれつづけては、気分がいいわけがない。
ただ、俺の身に実害が加えられたわけでないから、パンツの行く末を、あえて考えなければ、許容できないでもなく、「水泳部のエースのパンツが消えた」と醜聞が広がることのほうが、嫌だとまだ、思ってしまう。
「それでも、俺・・・」と口を開ききる前に、察したらしい主将は「いやいや!」と俺の両肩に手を置いた。
「パンツを盗まれるくらい、大丈夫とか思うなよ!
盗まれても嫌がらない。
だったら、もっと行為をエスカレートさせても、いけるんじゃないかって、相手は考えるかもしれないんだからな!」
そう熱弁されて、あらためて身の危険を自覚した俺は、うつむき口を閉じた。
もう「でも」とは口にできず、主将の指示に従うつもりでいたものを、ため息を吐くのが聞こえたなら「あー、すまん」と肩から手が放された。
顔を上げれば「恐くさせて、すまん」とまた謝り、「お前の思いも、分からんでもないからな」と唸りながら頭をかく主将。
で、結局、告げたことといえば。
「土日は部活を休んで、スイミングクラブのほうに行ってくれ。
そこでもパンツが消えたら、すぐに顧問に話すからな。
もし、パンツが消えなかったら、月曜日は部活にこい。
月曜日もパンツが消えなかったら、しばらく様子見。
消えたら、どうするか、二人でまた、話し合おう」
俺の思いを尊重しつつ、パンツを守る策を講じ、パンツ泥棒の出方を見る。
「警察に届けるべきだ!」と投げだすでなく、「パンツくらいで!男なら気にするな!」とやけになるでなく、極論に走らないで、忍耐を持って事に当たろうとする主将には、「惚れてまうやろ!」と感嘆するしかなかった。
俺にはとても思いつかない、英断だったから、もちろん、異論はなかった。
主将の提案通り、古巣のスイミングスクールに赴いたところ、土日ともパンツが消えることはなかった。
ほっとしたのもつかの間、「問題は月曜日だな」とスマホで主将に告げられ、「くそう」と髪を掻きむしり、あまり眠れず、引きずったまま迎えた週明け。
土日を境にして、パンツ泥棒は撤退したのではないか。
と、期待したら、いざパンツが消えたのを目の当たりにしたとき、「ジーザス!」と膝から崩れ落ちてしまうのではないか。
パンツが消える恐怖から解放された土日を挟んだことで、どうしても期待しないでいられなく、むしろ、その分、絶望させられるのを不安がってしまう始末。
早くはっきりとさせないような、逃げだしたいような、どっちつかずな思いを持て余しつつ、それでも、部活に向けて、お弁当をもそもそと食べていたら、「おい、尚樹」と太田に呼びかけられた。
ジュースを買いにいって、戻ってきた早々、席にもつかず「小山が呼んでいるぞ」と顎をしゃくってみせる。
聞き覚えのある名前ながら、一瞬、耳を疑いつつ、箸を下ろして、廊下のほうに向いた。
開きっぱなしの扉の枠から、頭をはみだして、佇む大男がいる。
名前にそぐわず、扉の枠におさまりきらないほどの巨体に、ブレザーを着こんだ相手は、水泳部員の一人、小山に違いなかった。
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