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①
しおりを挟む「パンツが消えた」
ロッカーの中をかき回してから、ぽつりと呟いたのに、更衣室のざわめきが失せた。
俺が冗談をかましたように、聞こえなかったのだろうし、パンツにまつわる問題は水泳部にとって、笑って済ませられることではないからだろう。
「尚樹、本当に消えたんだな?」と友人の太田に問われ、「あ、ああ」と声を震わせて、俺は肯いてみせる。
「俺のパンツが消えたのに間違いない。
お前だって、知っているだろ?
俺のパンツには、名前が書いてあるのを」
新記録がでたときのパンツを、ずっと愛用しているのだが、似たような理由で野球部の弟も同じものを、はいている。
偶然の一致とはいえ、弟が洗濯後で混ざったのを着たがらず、兄弟ともパンツを変えたくなかったので、名前を書くことになったのだ。
水泳部では、割と知られている、我が家のパンツ事情とはいえ、あらためて口にしたなら、小さいどよめきが起こった。
もし、パンツが盗まれたとして、泥棒は適当にロッカーを開けたわけでないと、考えられたからだ。
わざわざ、名前が書いてあるのに、手をだしたわけだし。
それにしても、パンツが消えたとなれば、本来ならお笑い草で、「痴女が出現したぞお!」と囃したててもいいところ、部員の口は重く、気も重たそうにしている。
それも、そのはず。
ここは男子校だ。
共学なら、恋する乙女のいきすぎた行為として、ぎりぎり許容できても、恋する同性となると、嫌とかどうとか以前に、持て余してしまう。
万が一、外部からの侵入者があったとして、他校の女子や、女の泥棒の犯行とは、考えにくい。
男子校を狙った、男の変質者のほうがイメージしやすいとはいえ、俺の名前入りのパンツが、その変態の手に渡ったとは、思いたくないし、想像もしたくない。
ため息を吐いて、部室を見渡すと、俺が目を向ける先々で、部員が視線を逸らす。
いやいや、こっちは被害者だからと、抗議しようとしたところで、太田が俺の肩に手を置いて、首を振った。
「通りすがりの犬に噛まれて、逃げられたと思い、飲め。
それが部のため、お前のためだ」
我が水泳部は、国体出場常連の強豪であり、これまで日本代表選手を、何人も輩出してきた、伝統ある名門だ。
名門の名に恥じぬよう、「普段からの行いも気をつけろ」と躾けられている部員だけあって、更衣室のパンツ消失事件は、汚名に当たると判断したらしい。
部員が被害者であっても、だ。
最悪、加害者が部員かもしれないし。
なんて、考えたくもないし、顧問に報告したら、最悪も最悪、部員全員集めて目を瞑らせて「盗んだものは手を上げなさい」とお達しするという、地獄のような犯人探しをされるかもしれないし。
部活に留まらないで、学校も問題視するようになれば、「セキュリティを万全にして、警察にパトロールをしてもらわねば!」と校長は息巻くかもしれないし。
全校生徒に注意喚起をされた日には「水泳部でパンツが盗まれたから、らしいよ」と後ろ指を差されて囁かれる羽目になるし。
更衣室にいる十人くらいで、ここだけの話に留めておいたほうが、ずっと平和なわけだ。
俺が水泳部のエースとなれば尚のこと、「パンツが消えた!」とみっともなく喚きたててくれるなと、目を逸らす部員は懇願しているのだろう。
いや、分かる。
男子校で「パンツが消えた!」と訴えても赤っ恥でしかないから、俺だって公にはしたくなく、水泳部を白い目で見られたくもない。
ただ、もう少し、被害者ぶらせてほしかった。
気まずそうに皆から、目を逸らされると、「パンツを盗まれた俺のほうが悪い」ように思えてくる。
さすがに主将だけは、「まあ、一度きりだけかもしれないし」と慰めてくれ、「新しいパンツ持っている奴、いないかあ?」と呼びかけてくれた。
たまたま、朝、コンビニでパンツを買った部員に、新品のを受けとり、その日は、なんとかノーパンで帰らずに済んだ。
で、翌日も、パンツは消えた(名前が書いていないのを、はいてきたのに)。
が、今回、俺は、周りに報告しなかった。
前日に主将と話し合って、決めていたことだ。
「皆の前では、一度きりなんて、言ったが、明日もパンツが消えるかもしれない。
泥棒がいたとして、俺たちが大事にしなかったのを窺って、『こいつら、盗まれても黙ったままでいやがる』って味を占めるかもしれないからな。
正直、顧問に打ち明けるのは、気が進まないが、もし、明日もパンツを消えたら、どうする?
騒いだほうが、泥棒が手を引くかもしれないし、お前が望むように、俺は周りに働きかけるよ」
名門の水泳部を背負うだけあって、主将は、できる男だ。
見て見ぬふりをしたいとの、本音を口にしつつ、客観的に現状を伝え、俺の意思を問うてきた。
頭ごなしに「水泳部のために我慢しろ!」と檄をとばしても、「はい!」としか、俺が応じられないのは分かっているだろうに。
部員一人のためなら、「水泳部のパンツが消えたらしい」と噂されるのも覚悟すると、腹をくくってくれた、その思いだけを受け取り、首を振ったなら「俺も、周りに知られるのを望みません」と応じた。
「主将のいうように、俺が声をあげなければ、泥棒は図に乗って、パンツを盗みつづけるかもしれない。
でも、相手だって、そんなに何十枚もパンツは欲しがらないでしょ。
いつかは、パンツが消えなくなる。
俺はその日がくるまで、耐えようと思います」
「尚樹・・・!」と口元を手で覆って、涙ぐんだ主将は、翌日から、自分が新品のパンツを用意すると申し出てくれた。
そして、パンツが消えるまでは、更衣室で隣になろうとも。
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