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ジェンダーレス教に歓迎されるのを覚悟していたものの、寄り添う母親と、そのお腹を見た教団は、「あれ?」と首を傾げて口を閉ざし、以来、寄ってこなくなった。

アカデミー賞騒ぎがあってから七年経っていては、忘れた人も多かったのだろう。
デザインやアート系の雑誌の記者が、十人も満たず、駆けつけたほどで、他のマスコミ関係者は見当たらなかったという。

移り気な庶民が、清純派女優の不倫報道に、ちょうどお熱になっていて、タイミングもよかったらしい。

デザイナー仲間や仕事でつきあいのある人、高校時代の友人らが、手を貸してくれたおかげで、プライバシーの侵害に怯えないでいい環境で、日本での生活をはじめることができた。

住んだのは、父親の実家近くの借家。
近所の人は、かつて、セーラー服姿で登校する男子高生を、よく目にしていたから、耐性があるのか、今更、白い目で見てくることはなかった。

父親と、幼い俺が手をつないで歩いていても、「へ、変態が!」と通報しないで、「あら、散歩?いいわね」と愛想よく声をかけてくれた。

俺が生まれたときから、父親はセーラー服を着ていた。そのことを、憐れむでなく、蔑むでもない、寛容な人に囲まれ、日常を過ごせていたのだから、俺は果報者だっただろう。
また、自分でいうのもあれだが、両親ができた人となれば、より恵まれていたと思う。

父親はセーラー服姿でいても、父親らしかった。

家でも、これといって女言葉を口にしたり、女性らしい仕草をするでもなく、家事は母親にほぼ任せていて、テレビの前で(もちろんスカートで)胡坐をかき、すね毛の生えた足をぼりぼりと掻いている。

度が過ぎた悪ふざけやいたずらを俺がしたときは拳骨を落とすし、母親に叱られて落ち込んでいたら、散歩に連れていって、駄菓子を買ってくれたりした。

何より、セーラー服をはじめ、女ものを着せようとしたり、そういう系統のデザインに興味を持たせようと、仕向けてこない。

家庭に仕事は持ちこまないタイプで、仕事関係の映像、画像作品を見せようとせず、インタビューを受けた雑誌なども、家に置いていなかった。

俺が野球をしたがれば、率先して送り迎えをし、お弁当一式とカメラを持って、勇んで応援しにきてくれる(当然、セーラー服で。はじめは保護者がざわついたが、監督がこれまた、父親の高校時代の友人だったから、受け入れてくれた。周りもそのうち、父親がくるときは、試合に勝てることが多いと、囁くようになり、最終的には、勝利の女神と、崇めるまでになった)。

高校生で目覚めてから、一日も欠かさずに身につけるほど、セーラー服を愛しているが、父親は平凡も愛していた。

専業主婦の母親もまた、平凡を愛していた。
なんなら、町中をセーラー服姿で、風を切って歩く父親よりも、肝っ玉が据わっているかもしれない。

なにせ、幼馴染が高校生になって、ある日突然、セーラー服姿で登校するようになっても、むしろ、その後から交際しだしたというし。
高校卒業を待たずして、セーラー服姿の父親が差しだした手を取り、渡米したのだから。

この字面を見るだけでも、パンチが効いている。

別に、学ランを着ているわけでなし、見た目は変哲ない母親だが、セーラー服姿の父親に劣らず、眉をひそめられることが多い。
「あんな旦那と家庭を作るなんて、この人も変態に違いない」と。

無礼な口を叩いてくる奴もいたとはいえ、どこ吹く風で、母親は菩薩のような微笑みでもって、悉くあしらってきた。

たとえば、インタビューで「あの旦那さんと、よく子作りできましたね」なんて聞かれたら、「ふふ、私が生ませたようなものですよ」とおっとりと笑う(記者はぎこちなく笑い返す)。

父親を変態呼ばわりされ、かっとなった俺が、相手を怪我させたときには「たく、あんな父親だから子供もそうなのよ」と相手の親になじられ、「父親を侮辱されて、怒ってくれる子供でよかったです」と照れくさそうに笑う(相手の親はぐうの音もでない)。

三六五日セーラー服姿でいる父親に比べ、いってみれば無個性で、まっとうな母親だが、今の時代、逆にここまで専業主婦に徹する人もいないので、母親も母親で変わっているだろう。

じゃあ、俺は、というと、ありふれた年ごろの男子らしく、野球に汗水たらしている。

父親が年がら年中セーラー服姿で、時にスカートをはためかせて、パンツ(ブリーフ)を覗かせる家庭にあっても、女性化しなければ、反発して、やさぐれることもなかった。

いや、実のところ、野球を好き好んではやっていない。
野球に邁進しているのは、セーラー服に感化しそうなのを、食い止めるためだったりする。

父親を嫌いではない。

昔、アメリカで見いだされて、衣装を手がけた映画をはじめ、内緒で母親が見せてくれた作品、どれを見ても、かけがえのないデザイン性と、神がかった細やかな洋裁の技術に、感嘆せざるを得なかった。

世界を股にかけて仕事をする父親が誇らしかったし、家の大黒柱として頼りになると、慕ってもいた。

セーラー服姿の父親を、「気色悪い」だ「変質者」だの、罵ったこともない。
「家族の迷惑だ」と責めたこともない。

セーラー服に限らず、父親は父親が気に入ったものを着ればいいと、思っている。

が、俺はセーラー服を着たくない。
今も、そして将来的にも、セーラー服を着たいと、思いたくはない。

父親は仕事を家に持ち込まないタイプとはいえ、なんたって、俺は生まれたときから、ほぼ毎日、セーラー服姿を間近で見ているのだ。

感化したくなくても、意識して阻めることでは、ないのではないか。
いずれ父親と同じ道を、たどるのではないか。

と、人知れず思い悩み、これまで生きてきた。

ただ、念を押すが、俺は父親が嫌いでなく、セーラ服に人生を懸けているのを、阿呆らしいとも思わない。

父親がセーラー服を着てよくても、俺はよしたい、というだけ。

「NOセーラー服」の心がまえを貫くために、家以外では、セーラー服にまつわる人や事柄に、寄りつかないよう努めた。

スカートがちらつくのも、勘弁だったから、できるだけ女子と接しないで、女っ気のない趣味趣向に走りもした。
その一つが、野球というわけだ。

数あるスポーツで、野球を選んだのは、いまだ、坊主の強制性が根強いなど、旧態依然な体質をして、とことん古臭さと男臭さを、えづきそうなほど匂わせていたから。

時代の先を行くセーラー服姿の父親とは、真逆の位置づけに居られたし、基本、女子が泥臭さや汗臭さを煙たがり、「野球のルールって分かんない」と敬遠しがちなのも、俺には都合がよかった。

坊主になって監督絶対命令の下、精神論全開にオーバーワークして、「ダサイ」「クサイ」と女子に鼻つまみ者にされて上等だ。

ただ、「女子にモテないからって、なんだ!」と誰よりも意気込みがあっても、腕は上達しないで、万年補欠でいた。
手を抜いてはいなかったが、動機が不純なせいだろう。

まあ、純粋無垢な野球少年を差しおいて、試合に出場しては罰当たりだし、「くさらずに、皆に声援を送って、チームをサポートしているから偉い」と監督は褒めてくれたし、両親は補欠だろうとかまわず、はしゃいで応援していたから、万年補欠の称号を授けられても、不名誉とは思わなかった。






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