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十六

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けたたましい電子音に、目をかっ開いた。

明らかに下半身が違和感があったが、直前まで見ていた悪夢に、感想を抱く暇はなく、布団を蹴り上げ起きて、枕元にあるスマホを掴んだ。

ずっと、待ちわびていた電話だ。

着信音の種類が、義男の携帯ではなく、自宅用なのが、やや気にかかったものを、通話ボタンを押して「義男!」と叫んだ。

相手の耳を潰すような声量だったとはいえ、「ヒロくん!」と同じくらい張りのある声が返ってくる。

義男ではない。
義男の母親のだ。

間違って名を叫んだのを恥じる間を惜しみ、ぴんときた俺は「義男に何かあったのか!?」と問いつめる。

俺と義男の仲を、知っている相手だから、俺の取り乱しように動じることなく、「ごめんね!止めようとしたんだけど・・・!」と涙ぐむようにしながらも、事情を明かしてくれた。

「今日は学園祭だったの。
あの子、前に言ってた通りに、仮病で休んだんだけど、ほら、あの子、嘘つくの下手だし、これまで学校も、部活も、欠かさず行っていたのが、急に休んだもんだから。

剣道部の子に、疑われたみたいで」

「まさか、家に・・・!」

「そう、そうなの。
はじめは、お見舞いにきたっていうんで、私つい、玄関にあげちゃって。

そしたら、その子ら『仮病なのは分かっているぞ!』って、ヨシに聞こえるように喚いたの。
それでも、私は『熱があるから』って言い張ろうとしたのだけど、あの子でてきちゃって・・・」

「俺が嘘を吐かせたからいけないんだ。
義男が我慢できなくて、嘘をつけきれなかったのは、仕方ない」

「そう、あの子、嘘をつくのは苦手だものね。

だから、ちゃんと、剣道部の子らに言ったのよ。
『仮病で休んだのは謝る。今からでも、必要なら学園祭にいって手伝いをする。ただ、女装するのは勘弁してほしい』って。

そしたら、『だめだ。今回の企画は、お前ありきなんだから』って、剣道部の子は聞き入れてくれなくて。

『お願いだから』ってあの子が、頭を下げても、だめで。
お互い一歩も引かなかったのだけど、そのうち一人がこう言ったのよ。

『隣の家の奴のことを、知っている』『お前が女装するなら、隣の家に女装する親父がいるのを、言いふらさないでやる』って・・・・それで」

剣道部の連中は、隣家の変質者のようなセーラー服姿の父親と知り合いなのを、義男が学校の皆に、知られたくないものと考え、脅してきたに違いない。

が、その脅しに屈したのは、自分のためでなく、俺を守るためだろう。

中学校入学式事件があったとき、義男が打ち明けたのだ。

「俺、ヒロちゃんの苦しみを全然、分かっていなかった。

『キモ』って言われるのは、こんなにも、辛いものなんだね。

俺もそうだけど、ヒロちゃんが、そう言われることが、二度とないようにしたい」

以来、義男は家に友人を招くことをせず、近寄らせもしなかった。

学校に友人がいながらも、トラウマから一線を引いていたのだろうし、俺と父親のことを、下手に周知させないよう、気をつけていたのだと思う。

俺に独占欲があるのは否めないにしろ、学校の友人づきあいまで阻もうとするほど、落ちぶれてはいない。

「俺のことなんか気にせず、気の合う奴なんか、家に呼んで、遊べばいい。逆に、誰でも彼でも寄せつけないほうが、変に思われるし」とアドバイスをしたくらいだが、義男は肯かず、首も振らず、やんわりと笑い返すだけだった。

曖昧な反応をして、うんともすんとも告げない義男が、てこでも動かないのは分かっていた。

正直、友人を家に招かれたら、嫉妬しただろうし、独占欲を満たせるとあって都合がよかったから、口煩くしなかったとはいえ、結果的にこうして俺が脅しの材料になる始末だ。

「義男を一生、守るなんて、どの口が」と我ながら毒づきたかったが、一旦、堪えて「ごめん、おばさん」と歯噛みをする。
と、涙ぐむようなのがやんで「謝る必要はない」と一転、粛々と語りかけてきた。

「ヨシを助けてあげて」

返事をせず、通話を切った俺は、すぐさま立ち上がって、ジャージを脱ぎ捨てTシャツとジーンズを着た。

スマホで「急用があって、部屋を散らかしたままで、すまない」と友人へのメッセを打ちながら、昼の日差しがそそぐ、人気のない台所を突っきる。

メッセを送信して、スマホをポケットにいれ、反対のポケットから取りだした合鍵で戸締りをしたなら、ロケットスタートで踏みだし、エレベーターを待っていられず、階段を滑るように降りていった。

一階に降り立つと、息を切らしたまま、走りだし、駅に行き当たるまで足を休めず、同時に思考も馬車馬のように働かせた。



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