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六
しおりを挟む喉が裂けそうに「似合わないわけがない!」と叫んだのは、本心も本心だった。
俺より上背があり筋肉質な義男が、セーラー服を着れば、女子と見間違えられることはない。
が、セーラー服がはちきれそうな体を縮こませ、涙目に頬を染めた顔をうつむけ、頑なにスカートの裾を引っ張り、内股になって太ももを擦り合わせているさまは、お笑いのオネエっぽくはなく、そこらの女より、よほど愛らしかった。
だからこそ、厄介だった。
忘れようにも忘れられない。
小学校中学年辺りから性の成熟への不安を覚えるようになり、高校生に至るまで意図して外的刺激から身を遠ざけ、根性でもって内なる衝動を押さえつけてきた。
今回は、義男のセーラー服姿を、真正面から見てしまったとはいえ、いつも以上に、精神統一に励んだ甲斐があり、フラッシュバックに襲われることはなかった。
起きているときは、だ。
寝るとなると、意識の制御が利かなくなるから、どうなるか分かったものではない。
起きている間、抑制していた分、夢でフィーバーしてしまうように、思えてならなかった。
最悪、夢精するのではないか。
そう考えると、眠気が失せたし、この先、死ぬまで寝ないで過ごすわけにはいかないが、せめて、直後の夜だけは、厳戒態勢をとって、一睡もせずに翌朝を迎えた。
朝練が休みというのに、朝っぱらから疲弊しきっていたとはいえ、食欲がなくても腹に飯を詰めこみ、鏡でチェックして、青ざめた額や、目の下のくまには、母親のおしろいをはたいた。
玄関の扉を開けるときも、「いってきます!」といつにも増して声を張ってみせ、空元気にふるまったのには、訳がある。
玄関から踏みだしたところで、ちょうど、家の敷地に入ろうとしていた義男と、目が合った。
一瞬、義男が頬を引きつらせたのに、俺のほうは、ほんの隙も見せず「よお」と笑いかける。
あれから、話し合いをせず、連絡も取らないまま、昨日の今日で顔を合わせるとなれば、もちろん気まずい。
とはいえ、義男のことなので、「ごめん」と謝ってきかねなかったから、もじもじしていられなかった。
たとえ、セーラー服姿を思い起こすリスクを負ってでも、無視はしたくなかったし、義男に負い目を覚えてほしくなかった。
折角、テスト期間に入って、駅まで並んで歩けるようになったのだから、一日も不意にしたくなかったし(いつもは俺が朝練で先にいく)。
長年のつきあいの義男には、俺の空元気はお見通しだろうものを、「おはよ」と眉尻を下げて笑いかけ、昨日のことを、蒸し返しはしなかった。
硬派な男前に見える義男だが、チワワのように愛嬌があって、女子並におしゃべりでもある。
ただ、肝心なときには、こうしてお口をチャックして、さりげなく受け流してくれた。
といって、そのまま濁すのも、座りが悪かったから、俺のほうから「学園祭の準備、どうなんだ?」と切りだした。
心得ている義男は、「剣道部は準備ってほどでも」と応じながらも、「クラスのほうは、準備がはかどらなくて」とふふ、と笑いを漏らす。
「小道具に、リアルな馬の顔の被り物があるんだけど、誰が被っても面白いんだ。
突っ立っているだけでも可笑しくて、次はお前、次はお前って、誰かが被るたびに、腹を抱えて笑っちゃって。
俺も被らされたけど、皆、笑ってくれたんだよ。
ちょっと調子に乗って変な動きをしても、『おもしろい』『おもしろい』って手を叩いてくれて」
「楽しかったな」と頬を上気させ、顔を傾けたなら、その手が、俺の手に当たった。
すかさず手を引っこめて「あ、ごめん」と逸らした頬を、さらに赤らめる。
先は大人の対応をしたくせに、昨日、誤解されたことについては、意識しないでいられないらしい。
変な奴だな?と、思わないでもなかったが、興が乗って「つなぐか?」と手を差し向ければ、そっぽを向きつつ、肯いてみせた。
からかったつもりが、まともに聞いたのに、すこし驚く。
まあ、昔から、べったりなのを知っている、近所の人に見られても、支障はなさそうだし、俺にしろ「高校生にもなって恥ずかしい」とつまらない反抗心はなかったから、手をだすのを待たず、自ら手を握りこんだ。
瞬間、指を強張らせたものの、やおら握り返してきて。
いざ、手をつないでも顔を逸らしたままでいて、尚も頬から耳にかけて、赤らめていた。
手も血の巡りがよくなっているのが、その火照りが掌に伝わってくるのに、愛い奴めと、夢心地になりながら、ほんの僅かに、胸を軋ませる。
馬の被り物について語っているとき、義男は「皆、笑ってくれた」と告げた。
この一言には、義男の悲哀が滲んでいる。
そう、学校にいるときの義男は、皆に笑ってもらえることがないのだ。
家や近所にいるときや、俺や旧友の前では、見た目はシェパード、中身はチワワのままでいるものを、学校では、見た目も中身もシェパードのように「見せかけていた」。
猫背を伸ばして、シェパード然とした貫禄ある佇まいをし、いつも眉間に皺を寄せ、だんまりを決めこんでいる。
人を寄せつけない風貌をしながらも、義男は義男なので、イケメンなのに変わりもないから、「不愛想な年ごろの男子」とくくられて、それなりにクラスメイトには慕われているらしい。
とはいえ、先の義男の発言からして、やはり、多少、とっつきにくく思われているのだろう。
義男は二重人格ではないし、内弁慶というわけでもない。
小学校までは(俺が傍にいたこともあり)、誰もに懐いていたし、誰にでも親しまれていた。
が、中学に上がるときに、豹変してしまった。
一足早い、爆発的な成長期の訪れによってだ。
昔は、見た目も中身もチワワだった義男は、小学校の卒業式を終えてからの春休みの間、日に日に、目に見えるほど背が伸びて逞しくなり、同時進行に顔も大人のような骨格になって、表情筋が引き締まっていった。
結果、中学入学のころには、今のシェパードの原型ができあがった。
とっくに俺の背丈を越して、見違えるように大人びた男前になったわけだが、中身はチワワのまま、見た目に合わせて背伸びするでなく、年相応に無邪気でいたから、とくに問題はなかろうと思っていた。
のが、甘かった。
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