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俺と義男の部屋は向かい合わせで、お互いべランダもついていた。

跳び移れるほど距離が近く、わざわざ玄関から回らなくても、部屋を行ききすることができる。

よほど寒く暑い日はともかく、跳び移る暇も惜しんで、ベランダで向き合う三十分、俺らは、主に学校について語り合った。

私立と公立、男子校と共学校では、規律から習わし、行事の種類や流行りなどが、別世界のように異なり、お互い興味深くあったから、三十分では足りないほどに、語ることは尽きなかった。

いや、内容が面白い面白くないを抜きにして、身振り手振りを交えて、ひたむきに語る義男を肴に、炭酸を傾ける一時はかけがえのないものだった。

「セーラー服を着たくないし、将来、着たがるようになるのではないかと恐れている」という本音と悩みを、俺は誰にも打ち明けていない。

ひたすら抱えこんでいては、助けを求められず、求めたくもないが、それでも、俺の葛藤など知る由もなく、「一度くらい、着たことがあるんだろ?」「将来はやっぱりデザイナー?」と悪気なく、声をかけてくるのに、傷つかないでもなかった。

義男にだって、取り立てて相談をしたことはないものを、そんな有象無象の奴らとは違う。
「ヒロちゃんは、セーラー服を着ないの?」と聞いたことがないのはもちろん、親父のいないところで、陰口を叩いたり、笑ったりもしない。

小学生のころ、俺が同級生に罵られたときは、面と向かって意見をするなど、思いやりがあるだけでなく、いざというときには、男らしく意気地を見せてくれる。

「一生、傍で義男を守る」と思いつつ、俺のほうこそ守られているようで。

だから、誰といるより気兼ねしないでいいのか。
白馬の騎士よろしく、中身がイケメンなら、見た目も相応にイケメンで、目の保養にもなるときたものだ。

弟気質な義男とはいえ、平均並みの体格をした俺より背が高く、逞しい体つきをしていた。
犬で例えるなら、シェパードのように、凛々しい男前なのだが、基本的に小学校のころから、性分は変わっていなく、中身はチワワだったりする。

いまだに「ヒロちゃん」「ヒロちゃん」と雛鳥のように連呼するし、些細なことで、不安がり怯えて、すぐに縋ってくるし、広い肩を縮めて、さめざめと泣くこともある。

シェパードの見た目をして、チワワのように震えられては違和感があり、俺は気にしなくても、他の奴らは、そうもいかないらしい。

ギャップがあるのに、とやかく、けちをつけられ、一時期、義男は心を閉ざしたことがある。
今でも、引きずっているからに、俺と同じくらいか、それ以上に心労が絶えない奴だ。

見た目通り男らしくしろ、女々しくするなと、決して俺は、諫めようとはしない。
「義男はそのままでいい」と何なら、力説したいし、つまらない説教をかます奴がいたら、ぶん殴ってやりたい。

ただ、別々に学校に通っていては、そうした、たかってくるハエを直接、払うことはできないので、学校生活の内容に注意深く耳を傾け、ハエセンサーに引っかかったら、さりげなく対応策を伝授している。
というように、義男を守る一環としても、ベランダの三十分は欠かせないものだった。

中学に進学してから、一日もベランダでの交流を休んだことがなかった。
が、その日は、体調が悪いまま、スパルタ部活動を強行したため、帰宅したころには、生きる屍になっていて。

ぎりぎり意識を保ちつつ、夕飯を食べてから、ほっと一息をつき、さあベランダに行こうと、腰を上げたかったところ、テーブルで寝落ちしてしまった。

起きてみると、背中にブランケットがかけられ、テーブルには「お隣さんに行ってきます」との書置きがあった。

寝ぼけながら書置きを見ていて、にわかに、はっとし、時計を見やれば、いつものベランダ交流の時間から三十分も過ぎていた。

義男はベランダで、待ちぼうけになっているに違いない。

携帯をかけても無反応で(携帯は部屋に置きっぱ)、といって玄関から赴くわけにいかず(親に知られたくないわけではないが、なんとなく、秘密にしているから)、忠犬よろしく、ベランダでずっと立ち尽くし、向かいの真っ暗な部屋を、ひたすら見つめているのではないか。

と、想像しつつ、居ても立ってもいられず、すぐさま二階のべランドに跳びでたところで、義男は見当たらなく、向かいの部屋には、明かりがついていなかった。

「あれ?」と辺りを見回す間もなく、階下から歓声が聞こえてきて。
「お隣さんに行ってきます」の書置きを思い起こし、直感的に「やばい」と思った。

思うや否や、猛る馬のように走りだし、隣家に討ち入って尚も歓声が上がりつづけている、リビングの扉を叩きつけたなら、目に入ったのはセーラー服姿の義男。

「やめろおおおおおおおお!」

気がつけば、あらん限りに声を張り、絶叫していた。

すかさず振りむいた、赤面の義男が「そ、そうだよね。俺、似合わないよね」とチワワよろしく目を潤ませたのに、これまた間髪入れず「似合わないわけがない!」と一喝したが。

義男がほっとしたように頬を緩めたのはいいとして、問題は、傍にいる俺と義男の両親だった。

そりゃあ、驚きから覚めれば、やおら首をひねったもので、「そんな大声だして、どうしたの」と俺の母親は、とくに訝しんでいた。

どうしたもこうしたも、応じようがなかったから「いや、急で、びっくりしたから」と言い訳をし「てか、逆に、どうしたの」と質問に質問で返した。
「ああ、実はね」とスカーフを持つ義男の母親曰く。

「今度、学園祭があってね。
で、剣道部は女装して試合をするっていう、パフォーマンスをするらしいの。

女装する服は、おのおの調達してこいってことで、この子が『どうしたらいいかな』って相談してきたから、そりゃあ、お隣さんの助けを借りようってことになってね」

彼女が語る傍ら、義男が俺に向かい、首を振ってみせているからに、こうして、隣の家に助力を求めるつもりはなかったのだろう。

とはいえ、相談すれば、俺の父親に筒抜けになるのは、目に見えて明らかなものを、考えが及ばなかったあたり、義男らしい。





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