デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの十字架

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横目に窺えば、ハッカは顔を強張らせて、ひたすらカメラに目を向けている。

強く唇を噛んで血を滲ませているのが、見ていられなくて「ごめん」と目を逸らしながらも「でも、ハッカから、聞きたいんだ」と率直に訴えかけた。

ため息が聞こえて、振りむいたところで、ハッカはカメラに向かって、深々とうな垂れていたものを、そのまま「マエバさんもアイドルなら、分かると思いますけど」と話しだした。

「スタッフの仕事も、競争して得るもんなんですよ。
テレビ局のスタッフでない限りは、制作側からお呼びがかからないと、仕事にありつけない。

お呼びがかかるよう、自分の腕を磨いて、いい仕事ぶりを見せるのが正攻法ですけど、別のやり方をする人もいる。
相手の評判を落として、仕事を奪い取ってやろうとする、なんて人です。

そんな人がいるから、皮肉にも、仕事の評判がいいと、同じくらいか、それ以上に悪評が広められることがある」

回りくどいなれど、その主旨も、そう前置きしたくなる思いも分からないでもない。
話の腰を折らないように「うん、そうだね」と短く応じたら、すこしは緊張が解けたのか、ため息がてら肩を落として「俺が聞いた話では」とつづける。

「豪田さんが前に仕事した、ミュージシャンのPVを見て、気に入った現場監督が、声をかけたんだとか。
俺もPV見ましたけど、容姿を売りにしているミュージシャンじゃないのに、めちゃくちゃかっこよく撮られていて、映像美もそうだけど、ギャップにやられた。

現場監督が声をかけたくなるのも、肯けるなって思いましたよ。
それに、これも聞いた話ですけど、前にドキュメンタリー担当だった人は、使えなかったとか」

そろりと、こちらを窺ってきたのに、「まあ、面白い人だったよ」と苦笑する。

「傍にいないことのほうが多かったし、カメラを回しながら飲食したり煙草吸ったりして、酒臭いこともあったし。
それが当たり前だと思っていたから、担当が変わったときは、『こんなに、カメラがつきっきりなのか』ってまず、そこに驚いたからね」

場を和ませるために、面白おかしく脚色したのではない。
むしろ、洒落にならないエピソードを伏せてマイルドにしたのだけど、詳しくは知らないハッカは「変人だったんすね」と笑った。

思わぬほうに話が逸れて、気が抜けたらしく、疲れもあってか「すんません、地べた、座っていっすか」と聞いてきたのに、肯く。

その場で腰を落とし、床に三角座りすると、カメラをぼんやりと見上げながら「噂なんて、でたらめだと思っても、気になってしまうもんすよね」と呟いた。

「豪田さんは察しが良いし、気遣いもできる人でしょ。
そのあたりも現場監督が気に入って、撮影以外に、自分の仕事を手伝わせているんです。

だから、よく二人が一緒にいるのが目についてしまうし、現場監督も現場監督で、相手が男だからって、セクハラのようなこと平気でするから、変な噂が立つんだ。

豪田さんが女装で誘惑して、現場監督にとりいって、この仕事を物にした。
今じゃあ、現場の二番手気取りで偉そうにして、監督に媚びて、うまい汁をすすっているなんて。

もし、そうだったら、もっと楽してますよ!
まともに食事もできないで、白目を剥いて寝るほど、豪田さんは、ぼろぼろになって忙しくしているのに!」

要人さんを信奉しているハッカだから、すべてを真に受けられない。
それにしても、その話しぶりからして、思ったより、要人さんの風当たりはきつそうだ。

先日のライブで三村くんが、名前を上げたのも、響いているのかもしれない。
「あのアイドルめ!」とクレームされれば、不肖のメンバーに代わり謝罪をするつもりでいたものを、「俺、我慢できなくて、豪田さんに言ったんです!」とハッカは直訴をしたようで。

「誤解されやすいから、せめて現場監督の傍にはいないほうがいいって!
そしたら、豪田さん、なんて言ったと思います?

誤解されやすいのは、自分のせいだって。
有名な女プロデゥーサーと結婚して、その人に仕事を回してもらっていたことがあるとか、なんとか。

実際に、そんなことをしていたのだったら、誤解されてもしかたない、なんて・・・」

要人さんの名誉を守るためなら、現場監督にも噛みつくだろうハッカでも、本人から「身からでた錆だから」と聞かされては、お手上げらしい。

噂が立つだけの根拠があると知って、ショックでもあったのだろう。
いまだに、心の整理はついていないようで、三角座りの膝に顔を突っ伏して、口を利かなくなってしまった。

ハッカ以上に、要人さんの過去と事情を知る僕だから「そんなわけないよ」「他に訳があるんじゃない」と気休めを口にはできなかった。

要人さんに怒っていたせいもある。
「彼女が最初で最後に好きな人だったと証明しなければならない」「子供を巻きこみたくない」とのたまっていたではないかと。

その言葉に嘘がないとして、ハッカの証言と合わせて考えるに、要人さんは不倫をしていない。

不倫をしていないけど、誤解されやすい状況にあると分かりつつ、ハッカの助言を聞きいれなかった。
たとえ、冤罪でも、「不倫しているのでは?」と疑われるだけでも、子供を傷つけるとは、考えはしないのだろうか。

現場監督の手伝いは、本来のカメラスタッフの業務ではないのだし、ハッカがいうには、多忙で息も絶え絶えのようだから「本業に集中したい」「手伝う余裕がない」と断ってもいいはずだ。

断って立場が悪くなり、辞めさせらることになったとしても、「不倫」なんて悪評を、子供に聞かせないで済むのだから、いいではないか。

どれだけ考えても、不倫の噂を立てられても尚、今の仕事にしがみつきたがる要人さんの神経が知れず、「子供を第一にと豪語していたくせに」と苛立ちもした。

まあ、根っこには「現場監督と不倫して、アイドルと恋愛できないのか」とやっかみがあったのだろうけど。





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