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彼は結婚離婚をくりかえす
しおりを挟む俺の勤め先の運輸倉庫。ピッキングのバイトに一人いる外国人、東南アジア系のフィン。彼は天下のお調子者だ。
すぐに結婚をしては離婚をする。仕事を手伝う、怒られたとき慰めるといった、すこしの親切に目を爛々にして「結婚する」と抱擁。餌づけすると、とくに結婚率は高い。
その舌の根の乾かぬうちに、仕事のミスを注意される、無視される(たまたま気づかれないのも含める)と、すこしでも冷たくされると「もう離婚だよ!」と号泣してとんずら。一回、餌づけをして、そのあと継続しないと、やはり離婚率は高い。
一方的に結婚離婚されるほうは、まあ、フィンのお馴染のネタのように思い「ああ、またか」といちいち、取りあわず。誰とも結婚離婚するので、逆に、されない俺のほうが珍しがられていた。なんたって倉庫内で俺だけ、その洗礼を受けていなかったから。
といって、キラわれているのでない。だって共同生活を送っているし。正確には「家賃、払エナイ!ホームレスナッチャウ!」と俺に泣きついて、アパートにころがりこんできてから、居候をしているのだけど。
「あれはフィンの処世術みたいなもんだからな。かるがるしくプロポーズしないってことは、お前はちがうんだろ」
「ちがう」とは「フィンはお前を損得抜きで慕っている」と云いたいのだろう。が、あいにく、真の理由は、胸が温まるようなものではない。
フィンがバイトをしだして間もないころ、まともに顔を合わせたとき告げられたのだ。「宮野サンノ目、コワイ・・・」と。
そこら中の人をつかまえ結婚離婚と騒ぎ立てるに、頭がお花畑のようだが、野性的勘が鋭いのか。目を怖がられる覚えはあった。
昔、詐欺に加担した前科者だったから。親が養育費をパチンコにつぎこむような家庭だったこと。弟がまだ幼かったこと。犯罪に走らざるを得なかった事情があったにしろ、罪は罪。
今は後悔しているし「しかたなかった」で済ませず、身のほどを弁え、真摯に生きていかねばと肝に銘じている。が、時間が経つにつれ、自分を引きしめるのが困難に。
だからフィンが「コワイ目」と見抜いて「こいつに冗談でも結婚を申し込んではダメだ」と判断してくれるのは、むしろ、ありがたかった。薄れかけている罪悪感が、再び身に染みるから。
というように、俺には利点があったのだが、フィンが元犯罪者と住むことを選んだ理由は謎。弱みを握ったつもりなのか。そのわりには、揺すって、たかってこないで「結婚離婚」を口にせずとも、ほかの人に対してと変わらず、懐いてきたが。
フィンの思惑を探れないまま、ずるずると共同生活をしていたのが、ある日、急に帰国すると。自国で祖父が倒れたとかで「もう長く持たないだろう」と連絡を受けてのこと。
荷づくりをしている途中「ア、ソダ、宮野サン、手ノ甲見セテ」と云ってきたのに従うと、薬指に指輪をはめられた。その感触や重さからして、またフィンの懐具合からして、安っぽいものとはいえ、大いに察しられて。
よそで結婚離婚しまくっておいての、俺へのはじめてのプロポ―ズ。「なんでだ?」と口をあんぐりするうちに、語られたことには。
「ジーチャンスキダカラ、最期ハ看取リタイケド、ホントは国二帰リタクナイノ。家業ヲ継ゲ継ゲウルサイカラ。
ジーチャンノコト済マセタラ、スグに帰ッテクルツモリデモ、家族二捕マルカモ。デモ、一カ月待ッテ。一カ月経ッテモ帰ッテコナカッタラ、指輪外シテイイカラ」
指輪に口づけられ、やや我に返り「いや、どうして・・・」とつぶやく。
「お前、俺の目、コワイって・・・」
瞬きしたなら、とたんに噴きだし、屈みこんで大笑い。「宮野サン、恋愛シタコトナイノ!」なんて失礼なことを。
「スキナ人二見ツメラレタラ、胸ガキュンキュンスルケド、緊張シテ『自分ハドウ見ラレテイルダロウ』ッテ不安二モナルジャナイ!」
なるほどと思いつつ「いや、本当の意味で怖がられる経歴をしているんだけどな」とため息。でも、伝えなかった。
本気で結婚の申しこみをする相手に、伝えるべきなのは百も承知。とはいえ、一か月後、日本にもどってこられるか、分からないのだ。その間だけ夢を見てもいいだろう。
照れ隠しもあって「今回は、すぐに離婚にならないといいな」と軽口を叩くと「ソウダネ!」とフィンもあえて他人事のように云い、からからと笑った。薬指の指輪を撫でながら。
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