死んでもお前を愛さない

ルルオカ

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涙と煙草と彼の悲恋

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「シオノくんって、ほんと感じのいい子よねえ」

煎餅をかじりながら母が褒める通り、家庭教師の彼は好青年だ。が、裏の顔というか、やさぐれた印象を抱く点がある。煙草を吸うこと。

毎度ではないものの、勉強をはじめて、半ばくらいになって「煙草いい?」と箱を取りだしてみせ、窓を開けて煙を吹かせる。はじめに了承を得ようとされたときは、そりゃあ耳を疑った。

だって家庭教師として派遣された家で、煙草を吸うなんて非常識だろう。とは考えず。驚きながらも、まだ世の中の決まりやルールを把握しきれていない高校生の俺は「ガム噛んでいい」と聞かれたように流されるまま肯いてしまい。

いつもの好青年ぶりに、そぐわない物憂く煙草を吸うさま。吸っている間は外の暗がりを眺めつづけ、だんまり。「かまうな」とばかり、やや場の空気を張りつめさせるのに「知らない人みたいだ」と怖気づくような、惹かれるような。

俺の煙草の印象はよくない。母方の祖父がヘビースモーカーだったらしく、亡くなった今も母が「副流煙を吸わされた!いつか肺がんになる!」と毒づいているものだから。まあ、祖父の死因は肺がんではなかったけど。

それでも、というか、だからこそ、母にはチクらなかった。すっかりお気に召した母に「あんな息子、ほしかった」とまで云わしめる彼の、よからぬ秘密を胸にしまっておくのは気分がよかったし。

なにより、煙草を吸うときの、いつにないアンニュイな一面を見せるのも、しばらく体から匂い立たせるのも、こそがしく思いながらも「もっと見せて」「もっと嗅がせて」と求めていたし。前から家庭教師として彼を慕っていたとはいえ「今日は煙草を吸うかな」と毎週会うのが、さらに愉しみに。

その日はどしゃ降り。雨が家に乱れ打ちして、けたたましいのに「俺、帰れるかな」と苦笑し「家、泊まっていけばいいですよ」と割と冗談でなく、俺は返したり。

トイレにいき、もどってくると、彼は窓を開けて、煙草の煙をくゆらせていた。外がどしゃ降りでは、開けた窓から雨が入って、自分も部屋も濡らすところ。

かまわず、いつものように気だるげに吸うのを「煙草の火、消えないんですか?」と笑い交じりに呼びかけようとしたら、にわかに屈みこみ咳きこんで一言。

「まっず・・・」

とたんに気づかされた。気まぐれのように思えた、煙草を吸う日は、いつも雨が降っていたこと。見惚れていたほど、彼は悪ぶっていなく、ニコチン中毒でもなさそうなこと。

ひとしきり咳きこんでから「お、もどってきたな」と煙草を携帯用灰皿に入れ、窓を閉めて机へ。まだ呆けながらも、俺も机に座り、でも、うつむいたまま、シャーペンを手に取らず。

「どうした、腹が痛いのか?」と聞いてきたのに、やおら向き合うと「先生」と声を震わせた。

「煙草、体に悪いですよ」

煙草についてチクらず、口だしもしなかった一か月。今更、忠告したのを、そのまま鵜呑みにはしなかったのだろう。「ふ」と息を漏らし、口角を上げなら眉尻を下げて彼は告げたものだ。

「だから、いいんだよ」

影がある、ワルイ男に女は引っかかりやすいとは、訳知り顔な母の言葉。

その心情に近く、まんまと憧れ、真似て道を踏み外そうとしたのが、煙草を手に入れることさえできず。まだまだお子ちゃまな俺が、彼もまた真似しているのだろう、本家中の本家に敵うわけがなかった。



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