15 / 33
泣いているきみが好き
しおりを挟む大学生になって古めかしい洋食屋さんでバイトをはじめた。ホールがメインで、料理の下ごしらえも少少。
下ごしらえで任されたのは、玉ねぎのみじん切り。ハンバーグ、メンチカツ、ロールキャベツ、オムライスなど洋食屋の定番メニューには、ほとんど使われているとあり、気が遠くなるほどの量を合間合間にざくざくと。
包丁を使い慣れていたから、切ること自体、お手の物だったものを、問題は刺激臭。店長からはゴーグルとマスクを渡されたとはいえ、俺の涙腺が弱いのか、鼻が敏感なせいか、防備をしても鼻水と涙を垂れ流し。
ゴーグルやマスクをしていると、目が溺れたり、呼吸困難になるから、もういっそ、ぼろぼろ、ずびずびして、こまめにタオルで拭きながら作業断行。ホールにでるときは、念入りにタオルで擦って、赤い目をしつつスマイルゼロ円をふりまいて。
が、注文の確認をしているとき、余波の涙を滴らせてしまい。客がぽかんとするうちに「少々、お待ちください」と頬を熱くしてとんずら。
できた料理を運ぶのに、果たしてどうしたものか。スルーしてくれたらいいが「なにかあったの」と聞かれたら「玉ねぎを切っていたせいで」とまともに応えようかどうか。
客の態度次第だなと腹をくくって「お待たせしました」とにこやかに料理を置いたところ、笑みを返したサラリーマン曰く。
「オカズにさせてもらっていいかな」
「は?」と頓狂な声をあげるも「おお、今日もおいしそうだな」とテーブルに向き直って無視。せっせと食べたしたから、あらためて聞きずらくなり、小さく頭を下げて退散。
まあ、もちろん釈然とせず、よほど眉間の皺を深めていたのだろう。三代目の若店主が「なにか客にイヤガラセされた?」心配してくれたのを、首をひねって「いやあ」と事情を説明。
そう驚かれないで「その人、俺くらいの年のサラリーマン?」と聞かれ、肯くと「あー・・・」と額に手を当ててみせた。謎発言をした客に覚えがあるらしく、そのうえで申し訳なさそうに云ったことには。
「そいつ、俺の高校の同級生で、今でも夜はよく食べにくるんだよ。で、人の泣き顔が・・・その・・・スキ、というか、なんというか」
「オカズとはそういうことか!」と思いつつ、口にするのも癪で、げんなりとする。
「ゴメンな。まあ、眺めるのがスキなだけで、無害だから、勘弁してやってくれないか」
バイトに励む、うら若き大学生をつかまえて「オカズ」発言をするのは、十分、有害だろう。といって、若店主と長いつきあいの常連となれば、ぶん殴れないし「セクハラですよ!」と変態の烙印も押せない。
「いや、まあ、俺、男ですし・・・」とぎこちなく笑いかえし、しかたなく矛をおさめたのだが、翌日も問題常連リーマン来店。たまたまなのか。今日もオカズの調達にきたのか。
警戒して注文を聞きにいったものの、愛想のいい常連客としてふるまい、オカズについても蒸しかえさず拍子抜け。昨日は聞きまちがえたのかなと、すこし油断したのが大まちがい。
湯気立つ料理を置いて「ごゆっくりどうぞ」と背を向けようとしたとき、彼がじっと見上げてきて、視線がかち合い。で、そのまま合掌して「いただきます」と。
すぐさま若店主にチクったが「ごめんなあ」と謝るばかり。弱みでも握られているのか。まあ、なあなあの仲とあって「バイトの子をいやらしい目で見るなら来店禁止」とびしっと注意してくれないよう。
そのあとも問題常連リーマンは足繁く通いつづけ、セクハラをしつづけた。若店主に挨拶するのにかこつけて、厨房を覗きこみ、作業中で号泣する俺に聞こえるよう「今日のオカズありがとね!」と云ったり。俺がテーブルのそばを通るとき、食べながら「旨い!旨い!夜はオカズでお腹いっぱい!」と云ったり。
「泣き顔フェチの常連リーマンにケガされて、お嫁にいけない・・・」と大学で友人にこぼしたら「じゃあ、辞めたら?」と至極まっとうなご意見をいただき。一瞬、言葉をつまらせ「いや、だって、あそこのまかないのプラフと野菜スープは捨てがたくて」とどうにか返したものの「あれ?俺、愚痴るほど辞めたいと思っていないな?」とあらためて自問。
バイトを辞めるまででなくても、玉ねぎのみじん切りをやめさせてくれるよう交渉してはどうなのか。あの若店主なら、同級生を注意できない代わりとして、その条件を飲んでくれそうだし。
と、問題常連リーマンと一ヵ月戦って、今更、妙案が思いついたものの、若店主に相談をせず。いつものように注文を聞きにいくと、俺に見向きもせず、ずっとうな垂れて、しょげているよう。
大好物なはずの泣き腫らした赤い目を、すこしも見てこないとは「なんだ、どうした」とそわそわ。といって、これまで、つんけんしてきただけに「どうしたんですか」と声をかけにくく調理場に引っこもうとしたとき。
「死にたい・・・」と掠れた声が。とたんに調理場にダッシュした俺は、みじん切りにした玉ねぎの匂いをむねいっぱいに吸いこみ、ぼろぼろ泣きだしてからホールにとんぼ返り。
「死んだら、オカズにできませんよ!」と我ながら、ぶっとんだ発言をホールに響かせ、泣き顔を見せつけるように、ふんぞり返ってみせた。やおら顔をあげた彼は、だんだん虚ろな瞳をきらめかせ、ついには涙をにじませたなら「そうだね!」と負けない声量で、いいお返事。
周りの客が呆けているのにかまわず「ありがとう!スキー!」と抱きつき泣きじゃくったのを、しばらくそのままに。
いや、決してオカズにしてほしいとは思わないが。それでも、泣き顔ひとつで、生きる活力を与えられるなら安いもので、役に立てれば満更でもなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
[急募]三十路で童貞処女なウザ可愛い上司の落とし方
ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
\下ネタ上等!/ これは、そんな馬鹿な貴方を好きな、馬鹿な俺の話 / 不器用な部下×天真爛漫な上司
*表紙*
題字&イラスト:木樫 様
( Twitter → @kigashi_san )
( アルファポリス → https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/266628978 )
※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください
(拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!)
営業課で業績最下位を記録し続けていた 鳴戸怜雄(なるどれお) は四月、企画開発課へと左遷させられた。
異動に対し文句も不満も抱いていなかった鳴戸だが、そこで運命的な出会いを果たす。
『お前が四月から異動してきたクソ童貞だな?』
どう見ても、小学生。口を開けば下ネタばかり。……なのに、天才。
企画開発課課長、井合俊太(いあいしゅんた) に対し、鳴戸は真っ逆さまに恋をした。
真面目で堅物な部下と、三十路で童顔且つ天才だけどおバカな上司のお話です!!
※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※ 2022.10.10 レイアウトを変更いたしました!!
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
【完結】たっくんとコウちゃん【高校生編】
秋空花林
BL
たっくんこと有川卓(ありかわすぐる)は高校生になった。
かつて側にいた親友はもういない。
その隙間を埋める様に、次々と女の子と付き合う卓。ある日、コウちゃんこと浦川光(うらかわひかり)と再会してー。
あっさり、さっくり読めるストーリーを目指しました。お暇な時に、サクッとお読み頂けたら嬉しいです。
※たっくんとコウちゃん【小・中学生編】の続きです。未読の方は先にそちらをお読み下さい。
■■ 連続物です■■
たっくんとコウちゃん【小・中学生編】
↓
たっくんとコウちゃん【高校生編】 ★本作★
↓
たっくんとコウちゃん【大学生編】 R18
と続きます。
※小説家になろう様にも掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる