死んでもお前を愛さない

ルルオカ

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泣いているきみが好き

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大学生になって古めかしい洋食屋さんでバイトをはじめた。ホールがメインで、料理の下ごしらえも少少。

下ごしらえで任されたのは、玉ねぎのみじん切り。ハンバーグ、メンチカツ、ロールキャベツ、オムライスなど洋食屋の定番メニューには、ほとんど使われているとあり、気が遠くなるほどの量を合間合間にざくざくと。

包丁を使い慣れていたから、切ること自体、お手の物だったものを、問題は刺激臭。店長からはゴーグルとマスクを渡されたとはいえ、俺の涙腺が弱いのか、鼻が敏感なせいか、防備をしても鼻水と涙を垂れ流し。

ゴーグルやマスクをしていると、目が溺れたり、呼吸困難になるから、もういっそ、ぼろぼろ、ずびずびして、こまめにタオルで拭きながら作業断行。ホールにでるときは、念入りにタオルで擦って、赤い目をしつつスマイルゼロ円をふりまいて。

が、注文の確認をしているとき、余波の涙を滴らせてしまい。客がぽかんとするうちに「少々、お待ちください」と頬を熱くしてとんずら。

できた料理を運ぶのに、果たしてどうしたものか。スルーしてくれたらいいが「なにかあったの」と聞かれたら「玉ねぎを切っていたせいで」とまともに応えようかどうか。

客の態度次第だなと腹をくくって「お待たせしました」とにこやかに料理を置いたところ、笑みを返したサラリーマン曰く。

「オカズにさせてもらっていいかな」

「は?」と頓狂な声をあげるも「おお、今日もおいしそうだな」とテーブルに向き直って無視。せっせと食べたしたから、あらためて聞きずらくなり、小さく頭を下げて退散。

まあ、もちろん釈然とせず、よほど眉間の皺を深めていたのだろう。三代目の若店主が「なにか客にイヤガラセされた?」心配してくれたのを、首をひねって「いやあ」と事情を説明。

そう驚かれないで「その人、俺くらいの年のサラリーマン?」と聞かれ、肯くと「あー・・・」と額に手を当ててみせた。謎発言をした客に覚えがあるらしく、そのうえで申し訳なさそうに云ったことには。

「そいつ、俺の高校の同級生で、今でも夜はよく食べにくるんだよ。で、人の泣き顔が・・・その・・・スキ、というか、なんというか」

「オカズとはそういうことか!」と思いつつ、口にするのも癪で、げんなりとする。

「ゴメンな。まあ、眺めるのがスキなだけで、無害だから、勘弁してやってくれないか」

バイトに励む、うら若き大学生をつかまえて「オカズ」発言をするのは、十分、有害だろう。といって、若店主と長いつきあいの常連となれば、ぶん殴れないし「セクハラですよ!」と変態の烙印も押せない。

「いや、まあ、俺、男ですし・・・」とぎこちなく笑いかえし、しかたなく矛をおさめたのだが、翌日も問題常連リーマン来店。たまたまなのか。今日もオカズの調達にきたのか。

警戒して注文を聞きにいったものの、愛想のいい常連客としてふるまい、オカズについても蒸しかえさず拍子抜け。昨日は聞きまちがえたのかなと、すこし油断したのが大まちがい。

湯気立つ料理を置いて「ごゆっくりどうぞ」と背を向けようとしたとき、彼がじっと見上げてきて、視線がかち合い。で、そのまま合掌して「いただきます」と。

すぐさま若店主にチクったが「ごめんなあ」と謝るばかり。弱みでも握られているのか。まあ、なあなあの仲とあって「バイトの子をいやらしい目で見るなら来店禁止」とびしっと注意してくれないよう。

そのあとも問題常連リーマンは足繁く通いつづけ、セクハラをしつづけた。若店主に挨拶するのにかこつけて、厨房を覗きこみ、作業中で号泣する俺に聞こえるよう「今日のオカズありがとね!」と云ったり。俺がテーブルのそばを通るとき、食べながら「旨い!旨い!夜はオカズでお腹いっぱい!」と云ったり。

「泣き顔フェチの常連リーマンにケガされて、お嫁にいけない・・・」と大学で友人にこぼしたら「じゃあ、辞めたら?」と至極まっとうなご意見をいただき。一瞬、言葉をつまらせ「いや、だって、あそこのまかないのプラフと野菜スープは捨てがたくて」とどうにか返したものの「あれ?俺、愚痴るほど辞めたいと思っていないな?」とあらためて自問。

バイトを辞めるまででなくても、玉ねぎのみじん切りをやめさせてくれるよう交渉してはどうなのか。あの若店主なら、同級生を注意できない代わりとして、その条件を飲んでくれそうだし。

と、問題常連リーマンと一ヵ月戦って、今更、妙案が思いついたものの、若店主に相談をせず。いつものように注文を聞きにいくと、俺に見向きもせず、ずっとうな垂れて、しょげているよう。

大好物なはずの泣き腫らした赤い目を、すこしも見てこないとは「なんだ、どうした」とそわそわ。といって、これまで、つんけんしてきただけに「どうしたんですか」と声をかけにくく調理場に引っこもうとしたとき。

「死にたい・・・」と掠れた声が。とたんに調理場にダッシュした俺は、みじん切りにした玉ねぎの匂いをむねいっぱいに吸いこみ、ぼろぼろ泣きだしてからホールにとんぼ返り。

「死んだら、オカズにできませんよ!」と我ながら、ぶっとんだ発言をホールに響かせ、泣き顔を見せつけるように、ふんぞり返ってみせた。やおら顔をあげた彼は、だんだん虚ろな瞳をきらめかせ、ついには涙をにじませたなら「そうだね!」と負けない声量で、いいお返事。

周りの客が呆けているのにかまわず「ありがとう!スキー!」と抱きつき泣きじゃくったのを、しばらくそのままに。

いや、決してオカズにしてほしいとは思わないが。それでも、泣き顔ひとつで、生きる活力を与えられるなら安いもので、役に立てれば満更でもなかった。


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