死んでもお前を愛さない

ルルオカ

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笑っているきみがキライ

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エンミはいつも笑っている。顔のつくりからして恵比寿のようで、努めて口角を下げようとしないから、つまらない授業中でもにこにこ。だるい集会でもにこにこ。

そのうえで、度が過ぎた笑い上戸だ。基本、なんでもかんでも声を立てて笑うし、理解も共感もできない謎なツボに入ることがある。

たとえば。クラスで痴情のもつれによって空手部VS野球部が勃発したとき。「どうして隣町で、俺の彼女と腕を組んで歩いていたんだよ!」と空手部が胸ぐらをつかみ「俺とラブラブだからだよ!てめえに文句を云われる筋合いはねえ!」と野球部はつかみかえし、かるく頭突きをして、そのまま額にぐりぐり。

いつ拳が振りあげられるかもしれず、緊張感みなぎる場で皆が固唾を飲んでいた中「ぶ、ふう!」と。見やると、口を手でおおい、屈みこんで震えるエンミが「ご、ごめん・・・」ともう涙目。

「お前・・・」と空手部が睨めば、逆効果だったようで「ごめ・・・う、く、ひ、は、はは・・はははははは!」と床に四つん這いになり、拳を叩きつきながらの大笑い。呆れるというより「ええー・・・」といっそ不気味がるクラスメイトと「格好つかないだろ」と迷惑がる二人に云ったことには。

「ほ・・・くく、う・・・ほん、と、ごめ・・・ひ、ははは・・・・。いや、だって・・・ぶ、くう、ふふふ『わたしを、取りあわないで!』って、ひ、ひい、くくく・・・漫画みたいな、こと・・・本当に、あるんだ、なって・・・うぐ、く、くう、くくくく・・・」

「そこお?」と皆が鼻白んだ一方、胸ぐらをつかみあう二人は、しばし見つめあい、同時に彼女に顔をぐるり。肩をすくめる彼女を二人して眺めながら「お前、彼氏がいるって知っていたのか?」「いや。つきあうのは俺が初めてって云われた」と無感情に会話。

「俺は五月半ばからつきあいだしだけど」

「俺は六月初め」

二人が確認作業をしているうちにも「ひひ・・・く、う、ひははは・・・むふふふ・・・!」と堪えているようでも、ダダ漏れの笑いが。「二人とも彼女に騙された」と認識をあらためた二人は、エンミにさんざん笑いものにされ、すっかり馬鹿らしくなったらしい。

彼女に詰問して怒りをぶつけることもなく、空手部は自分の席に、野球部は教室からでていき、一件落着というか、なんというか。床にのた打って笑うエンミと、それを持て余す俺らは気まずかったけど、暴力沙汰に至らなかったから万々歳だろう。

とにかく、エンミの恵比寿顔を見ていると、肩の力が抜けるし、あけすけなく笑われると、怒髪天になっていても、どうでもよくなる。先のたとえのように、いい結果にころぶことが多いから「平和の使者」とからかい半分に呼ばれ、多くの人に慕われていた。

基本、愛想がいい人を好まないヤツはいないし。が、俺は数少ないアンチエンミ。

自然に口角があがるならともかく、卑屈だったりご機嫌とりだったり、べつに意図があって、やたらと笑うヤツには苛立つ。必要以上に笑いをふりまくエンミに、どんな思惑や目的があるか知らないが、違和感があるのはたしかで、いちいち癇に障るのだ。

といって、アンチエンミを声高に訴えても「心の狭いヤツ」と見下されるのは分かりきっているので、視界に入れず耳に入れず近寄らずの三原則を守り、やり過ごそうと。が、逆に意識するからか、遭遇率は高く。

その日は廊下を歩いていたら、エンミと担任教師が進路指導室に入ってくのを目撃。成績優秀、先生ウケ抜群で内申もいいから、さぞレベルの高い国公立にいくのだろうと思い、舌打ちをして扉の前を通過しようとしたら。

「奨学金がでるというのに!どうして許してくれないんですか!それでも親ですか!」

担任教師の聞いたことのない音量と熱量のシャウト。ぎくりとして足をとどめ、扉を見やると隙間が。生唾を飲みこみ、ためらったのも一瞬のこと、隙間から盗み見。

「ごめん、エンミ・・・」とうな垂れる教師が、スマホを差しだしたのに「大丈夫です」とにこにこ通常運転のエンミ。

「あの人たちは、金銭的な援助はしてくれないけど、俺たちに暴力はふるいませんから」

「あの人?」「暴力?」と呆ける俺を置いてけぼりに、教師はよく事情を把握してだろう「阿呆」と目を細めて「俺の前では、笑うなよ・・・」と弱弱しく訴えた。それでも、エンミは口角を下げず、ただ、いつになく寂しげで大人びた微笑みを。

「俺の前では、笑うなよ」の発言にしろ、エンミの反応にしろ、教師と生徒の枠に収まらない関係性を匂わせているような。なんてことは、どうでもよかった。

その横顔を目にした瞬間、エンミに苛立っていた訳を自覚。笑っているエンミがキライなのではなく、笑わないエンミが見たいと焦がれていたのだ。

となれば、担任教師が憎たらしくて。とはいえ、先生にしか見せないだろう、エンミの微笑をできるだけ長く眺めたく「先生、ずるい」と歯ぎしりをしつつ、盗み見をやめなかった。


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