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愛あるセクハラ
しおりを挟むホテルの料理人は社畜だと思う。朝、昼、晩のバイキングに加えて、結婚式、パーティー、宴会で百人単位の料理を、一桁の人数で作らされているのだから。おまけに毎日、大量の残飯を見せつけられては、やり甲斐も覚えない。
今日は連休の真ん中とあり、いつにも増してバイキングの利用客が多く、追い打ちをかけるよう結婚式とパーティーが重なって。息つく間もなく反復横跳びをするように厨房で働き通しとなり、ついには目を回して、鍋をひっくり返した。
「すこし頭を冷やしてこい!」と労われるどころか、半ば八つ当たりに怒鳴りつけられ、エレベーターに乗りこみ「辞めたいなあ」とため息。とはいえ、趣味のレトロカーのローン支払いがあるうえ、管理費が馬鹿にならないので、給料のいい今の職場から放れがたく、転職する賭けができない。
独立しようにも、サービス業は向いていないし、頭がぱあだから経営学もからしきで、欠片も夢も見られない。「宝くじ当たらないかなあ」とまたため息をつき、エレベーターから降りようとしたら、そこは人気のない厨房。
上階の厨房を補佐するところで、今は使われていなく、一人だけ皿洗いを。休憩室がある階にいこうとしたのがボタンを押し間違えたようで、振りかえるも、すでにエレベーターは上階へ。
もどってくるまで時間がかかるに、この地下から一階にあがって、外の空気を吸ったほうがいいかもと、奥にある階段へと。その途中で、山づみの食器を洗う青年のうしろを通ろうとして、ふと尻に目がいって。男の割には、豊満なおケツ。
ブラックなホテルの料理人だから、休みは疲れをとるのとレトルカーを愛でるのに精一杯で、かなりのご無沙汰。ストレスが限界値でもあったからか、無意識に尻に手を添えて揉んでしまって。
食材にはない、人肌特有の温もりと弾力に興奮するというより「おおう・・・」と露天風呂にでもつかったような快さを。なんて、うっとりする間もなく、青年、東南アジア系の彼が振りむき、目が合ったとたん「しまった!」と手を退けた。
「こんな料理人を奴隷働きさせるホテルなんて、こっちから願い下げた!」と自ら辞表を叩きつけるならまだしも、ハラスメントの問題でクビを切られたくない。有名なホテルの不祥事となったら関係者の間で噂が広まって、そう、半ば料理人生終わり。
とにかく謝って、それでも相手が不服なら交渉を。と一瞬で判断し、口を開こうとした矢先、屈託なさそうに見上げる彼が告げたことには「一回、百円ダヨ」と。くりくりした瞳に片言の響きが相まって、ひどくあっけらかんとした印象だったから、つい「いや安いだろ」とツッコミ。
「ジャー、アナタガ値段、決メテ」となおも調子を狂わせてくるのを、疲弊のせいか「そういうことではない」とまともに諭すことができず「じゃあ、一分五百円で」とまともに答えてしまい。五百円を払って、本当に一分間、プリケツを堪能させてもらった。
が、たった一分間、されど一分間。ただっ広い厨房で二人きり、黙黙と尻を揉み、揉まれているのもどうかと思い「この食器、今日中に洗い終るの?」と軽口を。俺が尻を揉みだしてから、食器洗いを再開した彼は、ふり向かないまま「終ワルコト願ウ」と返してきて、しばしの会話。
大体、一分くらい経って、尻から手を放したあとも、お互いの仕事について話して、去り際「じゃ、俺いくわ。また、きてもいい?」と聞くと、手を止めないまま肯いてくれた。それから、休憩時間に地下を覗きにいくのが日課に。
皿を洗う男の尻を揉むだけとはいえ、ホテルに鞭打って働かされる心荒む日々では、からからの喉が潤うような癒し。その合間に仕事のことから、はまっているゲームや動画とか、たわいもな話をするのも、案外、リフレッシュできる。思えば、仕事中、怒鳴りあってばかりなのに飽き飽きして、同僚とは私語を交わさなかったし、
「ホテルに通勤するのが愉しくなってきた!」と浮かれはしなかったが「辞めたいなあ」と前ほど鬱屈とはしなくなり「そろそろ連絡先、聞いてもいいかなあ」と思いだしたころ。いつものようにエレベーターで赴けば、地下の厨房はもぬけの殻。人事に聞くと「急に辞めた」とのこと。
俺だって前日になにも聞いてなく、寝耳に水だったものの、いや、思い当ることはあり。半月前「セクハラ代はなにに使っているの」と聞いたら「貯メテ宝クジヲ買タ」と。で、一週間前「宝クジ当タッタ」と報告。
どれだけの金額を手にしたのかは知らないとはいえ「オ金貯メテ、自国ノ料理ダス店開キタイ」と云っていたからに、宝くじでその目途が立ったのだろう。俺のセクハラ代が有効活用されたなら、よろこばしいことなれど「いや、でも、俺に一言、あってもいいんじゃない?」と悲しく寂しく、その日は仕事がままならず。
「いるだけで邪魔だから帰れ!」と追いだされ、涙目でふらつきながらエレベーター乗車。このごろ帰るとき、地下に寄るのが習慣で、つい反復。
到着してから気づき、すぐに「閉」のボタンを押そうとして見とめた。エプロンをつけた作業着でなく、高級そうなスーツをまとった彼を。
「どうして、急にいなくなるんだよ!」と文句をつけるのも忘れて、ぼんやりとしたまま近よると「迎エニキタ、ボクノ店ノ料理長ニナッテ」と手を差し伸べられ。どういう事情で、どういう展開があったにしろ、料理の腕前は中の下といった半端な俺が、シンデレラ扱いをされるのは、お門違いなのでは。「どうして・・・」と呟くと「アナタダケダヨ」と満面の笑み。
「オ尻触テ、オ金払テクレテノハ。他ノ人ハ一銭モクレナカッタシ、アナタノヨウニ『ワルイナ』『アリガトウ』モ云ッテクレナカタ。『男ナンダカラ減ルモンジャナイダロ』ッテ」
「えーそんなことでえ?」と釈然とせず、顔をしかめたのを、ちがうように捉えて、笑いかけた彼は無邪気に云ったものだ。
「ダイジョーブ。セクハラ代ハ給料カラ天引キスルカラ」
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