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豪雨のまっただ中で愛を叫べ
しおりを挟む母に頼まれ、近所に届け物をしての帰り道。いくときは小雨だったのが、帰りは大降りになって、景色が霞み、地響きのような轟音がするほど。
滝のように降られると、いくら防水しても無駄で、どうせ手ぶらだからと、傘を折りたたんだ。半端に防いでいるほうがストレスだったらしく、あっという間にパンツまでずぶ濡れになったのに「ふうー!」とむしろ解放感を覚えて、ぶんぶん腕を振って行進。
車も豪雨を避けてか、暗い車道は寂しげだったが、すこしして向かいの歩道に人を発見。雨にぼやけるのを、目を凝らせば、クラスメイトだ。
たしか名前はクロミチ。ぼっちで空気なヤツなので、口を利いたことはないものの、彼も傘を差さず、ままよと歩いているに親近感を覚え「おーい!」と手を振ってみせた。どおどおと雨音に遮られ、聞こえたなかったらしく、見向きもせず。再度、呼びかけようとし、ふと、ズボンのチャックが開きっぱなのを目にとめて。
「チャック開いているぞお!」
ボリュームを上げて笑いながら叫べば、肩を跳ねて、やおらふり向いた。聞こえたのか否か、チャックを上げることなく、俺のほうを向いて突っ立ったまま。雨で霞がかって表情はよく見えない。
そのうち車道を渡り、小走りに俺のもとへ。「チャック開いているぞお」をわざわざ聞きにきたのか。と思いきや、目の前まできても足をとめず、そのままの勢いで抱きついてきた。
「ありがとう」と耳に囁き「俺も愛している」と。豪雨の真っただ中での突然の告白と、怖いほど冷えきった体温に仰天することしばし「ああそうか」と察し。「チャック開いているぞお」が雨音にかき消され「チャック」がすっぽり抜けて、あとは「あい・・て・・るぞお!」と途切れ途切れだったのかもしれない。
で「愛しているぞお」と叫ばれたと勘違いしたという。いや、たまたま豪雨のまっただ中に遭遇した親交のないクラスメイトに、突発的に告白されて間に受けはしないだろう。聞き間違えたのをオモシロがって、オフザケで熱烈な告白をしかえしたとか。
「なんだ、意外にノリがいいヤツじゃん」と俺も興が乗って「そうかそうか!」と背中に腕を回し、抱きしめかえそうとしたとき。濡れたTシャツ越しの肌に触れたとたん、クロミチが水になって弾けた。水風船が割れるようにして。
パンツまでびちゃびちゃになった身に、水をかぶっても今更だったが、目を瞑ったのをすぐに見開いて放心。なにがなんやら、訳が分からないながら、クロミチが消失したのは明らか。のはずが、腕で囲う宙を眺めて突っ立ったまま、いつまでも雨に打たれつづけていた。
※ ※ ※
まんまと翌日、風邪を引いて登校すると、クラスにクロミチは見当たらず、代わりにその名が盛んに囁かれていた。昨日、クロミチが亡くなったと。
クロミチの母の再婚相手にも連れ子がいて、同居するようになり、その義理の兄に乱暴されていたのだとか。昨日も痛めつけられ、雨の中、森に放置されて。
打ちどころがわるく、内臓から出血していたのを、病院にいけないまま、長く雨に打たれたことで、命を落としたという。おそらく、俺が遭遇したのは、そのあとだったのだろう。
そのとき、まだ死んだ自覚がなかったのか。もしくは、義理の兄に復讐するため、怨霊になりかけていたのか。後者だったら、邪魔をしてしまい、申し訳なかったが、でも「ありがとう」と云ってくれたからに、安らかに眠ることができたものと思いたかった。
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