死んでもお前を愛さない

ルルオカ

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ヘッドスパに愛をこめて

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行きつけの理容店で、その日はオーナーではなく、新人の見習いに頭を洗ってもらった。のが、運のつき。

頭を引っかくし、見習いとはいえ、理容師にあるまじき、爪の長さをしていたし。とはいえ「痒いところありますか」と聞かれて、もじもじするタイプの俺は文句をつけることができないまま帰宅し、頭皮に引っかき傷があるのに気づいて、馴染みの店と縁を切ることを決意。

新しく探すのに、どうせなら、頭を洗うことに重点を置く店に狙いをしぼろうと。で、うってつけだったのが、友人が紹介してくれた理容店。

完全予約制で、理容師でありながらヘッドスパのプロでもあるオーナーが、必ず頭を洗ってくれるという。前の店のように、舐めた態度の見習いをあてがわれて参事にはならないだろうと、その店に決定。

結果、この世に極楽があるのを知った。ヘッドスパを売りにしているだけあり、マッサージやケアが、涎が垂れるほど気もちいいのはもちろん、接客の仕方も百二十点満点。

第一に理容店、美容室あるある「痒いところありませんか」と聞かれても困るということがない。「ここらへんはどうです?掻きましょうか?このくらいの強さでいいですか?」と部分部分を洗うごとに聞くので「はい」とか「もうすこし右を、もっと強めで」とか指示しやすい。

「生え際を洗いますね。すこし顔にお湯が跳ねるかもしれませんので」「どこまで洗いましょうか。耳の裏を触ってもいいですか?」と作業の内容を伝えたり、了解を得たりするのも、ありがたい。そうやって、ここまめに話しかけるのを鬱陶しく思わせない、やんわりとした呼びかけが、これまた二重丸。

低くこもった囁きながら、聞こえやすく、低姿勢で丁寧な物言い。子守唄を口ずさむような破調でも発しているのか、聞いていると快くまどろみ、さらにマッサージにうっとりとするとなれば、そりゃあ、夢の極楽浄土へ、

頭ががくりと落ち、目が覚めたのは、大体、二十分後。頭を洗われて眠ったのが初めてで、驚いたのもありつつ、申し訳なさを覚えたもので。完全予約制で人気の店なら、客の作業時間が伸びると予定が狂って、あとの客にも店側にも迷惑。

レジのカウンターで作業をしていたオーナーが気づいて、歩み寄ってきたのに「ご、ごめんなさい」と恐縮するも「かわいい寝顔でしたよ」と冗談交じりにナイスフォロー。理容師の腕前がありつつ、接客の極意も心得ている人らしい。

おかげで、そのあと気まずくならなかったものを「通うなら、迷惑をかけないようにしないと」と自分を叱咤。したはずが、以降、店に通いつづけ、いつも眠ってしまって。

接客に精通するオーナーは「眠る人はいますけど、お客さんの寝顔がピカイチですね」「あんまり安らかに寝ているから、つられちゃいそうになります」と毎度毎度、にこやかに褒めてくれ、俺に気兼ねさせないようにしたが、俺の気が済まなかった。ので、その日は、手の甲をつねって、快眠に誘うヘッドスパに対抗。

とはいえ、意識的にどうこうできないものらしく、極上のマッサージと子守唄のような美声によって、否応なく脱力させられ、指に力がこめられやしない。なんとか爪を食いこませ、瞼を閉じそうで閉じないよう、こらえていたら「大丈夫ですか?」とタオル越しに呼びかけ。

いつもの寝るタイミングだから、確認をしたのだろう。「今日は大丈夫!」と胸を張りたいところ「俺が寝たあと、どうしているのかな」とふと好奇心が湧いて返事せず。

すっかり騙されたオーナーは作業の手をとめ、すこし放れたよう。と思いきや、俺と向き合う形で屈みこんできて、タオル越しになにか押しつけて。顔全体もそうだが、唇に当たったのは感触からして、だって、もう。

今日はもう一人の従業員が不在で、客も俺だけ。店に二人きりで、この接触となれば、洒落にはならない。

「いつもいつも寝顔を称えていたのは、気づかってでも、リップサービスでもなかったのかあ!」と思い知らされつつ「困ったなあ!」と嘆いたもので。いや、困るのは、寝込みを襲われたのが満更でもなかったから。

できるだけ長く、この店に通いつづけたいとなれば、そ知らぬふりをするのが正解。といって、心臓が暴れ狂って、顔が沸騰するのを、抑えるのがままならない。さあ、タオルが外されるまで時間がないぞ、俺!






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