上 下
13 / 36
スキャンダラスで破滅的な恋を

犬飼の破滅的な恋⑥

しおりを挟む





十四歳で映画界の巨匠にして、九十歳現役の監督、所沢信也のオーディションを受けられたのだ。

このときは舞い上がるあまり「もう死んでもいい」とまで思い、「いや、死んだら元も子もない」とすぐに思い直した。
というのも、高齢の所沢信也が生きている間に、作品に出演できる確立は低いものと、半ば諦めていたからだ。

所沢信也といえば、代表作の映画「野郎は辛抱だぜ」。

二十年近くシリーズが公開されて、長年タッグを組んできたのが主役の新田勝太だった。
そのことから新田勝太の最高の相棒、盟友との呼び声高い所沢信也の、作品出演を切望するのは当然だろう。

何が何でも役を勝ち取りたく、オーディションが決まった日から「野朗は辛抱だぜ」を血眼になって見返し、新田勝太に成りきっての芝居の練習に没頭をした。

そして、迎えたオーディションの日には、いつにも増して新田勝太感を醸してふるまい、心を鬼にして、本当は敬ってやまない所沢監督にも、敬語を使わず生意気な口を叩きまくった。

苦い顔をしたり、眉をひそめる周りを余所に、さすがは所沢監督で、すこしも顔色を変えず、俺の言動を注視していた。

その前に審査をされていた奴より、所沢監督の気を引けている手ごたえがあり、このままいけば、新田勝太の後継者としての一歩を踏みだせるかに思えたものを。

最後に、映画の出演者と演技をすることになった。
そう、その相手が吉谷だった。

吉谷は、当時、二十四歳。
そのとき、初めて顔と名を知ったのだが、前の奴が審査をしているのを見て、大体、どういう俳優なのか飲みこんでいた。

「つまらない奴」と思ったのが、第一印象。
誰が相手だろうと、台詞や口調、仕草、ふるまいなどを変えることなく、トレースしたようにほぼ同じ演技をしていたからだ。

他の奴は指示通りするのに精一杯で、吉谷の演技がどうだろうと、その成果が左右されることはなかった。

が、俺は違う。
というところを見せるために、アドリブをかましたり、ハプニングを装って突拍子もない出方をし、揺さぶってみた。

対して、型通りするしか能がないせいか、吉谷は流れの変化を無視して、あくまで台本通り進行をした。

おかげで、二人芝居は噛み合わない、みっともないものになり、俺に合わせない吉谷のせいとしか思えなく、我慢ならず「もういいよ!あんたと演技していても、面白くねえ!」と怒鳴りつけた。

気色ばんだ審査員たちが、立ち上がろうとしたのを「いいんです」と吉谷は笑いかけ「僕が臨機応変にできなかっただけですから」と頭を下げて部屋を後にした。
それまで、ずっと室内にいたのを、場を収めるために、あえて、退出したのだろう。

吉谷の、そつない配慮も気に食わなくて、もっと苛立っていたら「君は、吉谷君を馬鹿にしているね」と所沢監督がはじめて声をかけてきた。

怒っているでも、非難めいてもいなかったから「あんなの俳優じゃない。決められた仕事だけするサラリーマンみたいなもんだ」と遠慮せずに吠えてやった。

新田勝太の真の理解者とされる所沢監督なら、分かってくれると思ったのだが、見込みどおり「君の言うことは否定しない」と肯いてくれた。
だけ、ではなかった。

「でも、サラリーマンを馬鹿にしていいってことはない。
人には向き、不向きがあって、君なんかは、決められたことを『できない』タイプだろう。

いや、そういう風に見せかけているだけかな?

何にしろ、決められたことをできない奴が、逆のタイプの奴の人格を安易に否定するのは、よろしくないね。
自尊心を守るためだったり、高めたりしたいだけに思えて、とても公平な評価には聞こえない。

自分のできないことを、できる人を敬うことができなければ、俳優どころか、普通の人間としても、いかがなものかと思うよ。

大体、君みたいなタイプしかいなかったら、この世界は成り立たない。
君はこの世界にいていいが、絶対必要とは言えない。

吉谷君のほうが、よほど必要とされている」

用がなければ一言も口を利かず、説教や叱咤をすることも滅多にない寡黙な所沢監督が、それほど長く人を言い諭したのは、かなりの珍事だったらしい。

と、あって、このオーディションの話は、あっという間に広まり「あの、所沢監督を怒らせた、俳優失格ならぬ人間失格の子役」とのレッテルが貼られた俺は、事務所から追いだされることになった。

オーディションの一件のほとぼりが冷めるまで一年かかり、その間に所沢監督が亡くなったこともあって、芸名もキャラも路線も百八十度変え、なんとか俺はモデルとして再出発することができた。

幸い、整形はする必要はなかった。
オーディションの件は有名でも、元々、業界で顔を知られていなかったし、人が変わったように可愛い子ぶりっ子を全面に押しだしたところで、誰も気づきやしなかった。

吉谷だって、オーディションで恥をかかされたことは忘れていないだろうに、再会しても、全くぴんときていないようだったし。

一度、業界から締めだされて、人知れず戻ってこられたのは、かなりの幸運だ。

三度目はないと分かっているから、俺は魂を売ってでも、プードル系男子ともてはやされるのに虫唾が走る思いをしながらも、業界の力ある人間や視聴者にへつらって尻尾を振りつづけている。
とはいえ、一生、媚を叩き売りしつづけるつもりはない。

プードル系男子で成り上がるだけ成り上がり、事務所や大企業のスポンサー、テレビ局の幹部などの後ろ盾を得て、マスコミをはじめ、誰も刃向かえないように鉄壁の外堀を固める。

そうしてから、プードル系男子からの脱皮をはかって、今までのイメージからはかけ離れた、冷酷な殺人者の役などを演じてみせる。

ギャップがある分、きっと人々に与える衝撃は凄まじく、「犬飼にこんな演技ができたのか!」「馬鹿っぽい犬みたいな演技しかできないと思ったら!」と見直されることになり、騒がれる勢いのままアカデミー賞を獲得。

次々にくる仕事のオファーで、どれも違うタイプの役を演じてみせ、それにつれ、プードル系男子の印象が薄れていくが、多様な役柄を見ているうちに、人々は違和感なくイメージの変化を受け入れていく。

そして、いつか伝説として語ることになる。
プードル系男子からの脱却に成功し、新田勝太を髣髴とさせる真の俳優へと転進した令和最後(?)の大スターと。

そんな、うまくいくわけがないって?

俺はそうは思わない。

十年経ても芽がでない人間のいる業界で、出戻り且つ、マイナスからスタートし、一年目でモデルで注目され、二年目でバラエティ番組出演、その後、苦戦しつつも五年目で戦隊モノの主要メンバーに選ばれたのだから。

さらに三年後にメジャードラマの主演。
今のところ、俺の立てた計画通りの成り行きで、ドラマが終わらないうちから、すでに多くの仕事のオファーがきているともなれば、文句のつけようはあるまい。

ただ、やはり俺には才能があったのだなと、順調ぶりからして証明されるのに、手放しに喜べなかった。

もし、所沢監督にお灸を据えられなければ、正面を切って新田勝太の後継者と名乗り、歩んでいけたかもしれないと思えたから。

小細工したり回りくどいことをしなくても、何なら所沢監督のお墨付きをもらって、とんとん拍子にもっと早く出世できたかもしれない。

なんて、考えると、やはり吉谷が憎かった。
吉谷が俺を怒らせるようなことをしたのが、すべての元凶だ。

そう疑わない俺は、吉谷が俺を覚えていないのも憎たらしくあって、共演を機に、同じように死にたくなるほどの赤っ恥をかかせて、芸能界から追放してやると心に誓った。

はず、なのだが。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

この恋は運命

大波小波
BL
 飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。  申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。  第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。  しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。  合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。  そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。  海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。  ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。  そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。  麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。  響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。  明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。  第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。  しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。  そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。  彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。  そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。  喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。  一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。  ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。  子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。  二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...