29 / 36
ぐうたらで享楽的な恋を
大川将の複雑な兄貴分⑥
しおりを挟む「またしても、やられた!」と悔しいやら、感銘するやら。
ごちゃ混ぜになった思いを、とりあえず置いといて、小劇場の裏口を張った。
扉を開けて、でてきた男に声をかけ、二人つづけて人違い。
「また人違いしたら、劇団に通報されかねないな」と思いつつ、三人目に突撃したらビンゴ。
「お、大川?」と目深にかぶった帽子から、うっすら髭が生えた顔を覗かせたのは、果たして、吉谷だった。
捕獲したからには、決して手首を放さず、「仕事は?」と聞かれたのに「今はセーブしている」と有無をいわさないで、雲隠れしている住処に連れていかせた。
それにしても、海外へ高跳びどころか、俺の家から二駅のところに住んでいようとは。
しかも、人が密集する住宅街。
いくら「オーラがない」「存在感が薄い」とプレイベートでは幽霊といっても、一時期はスキャンダルで毎日、映像や画像が垂れ流しになっていたのだ。
「ばれていないのか?」と眉をしかめれば、「さあ?気づいていたとしても、皆、忙しそうだから、かまっていられなのじゃないか」とさばさばしたもので。
まあ、なんだかんだ、芸歴二十年の一端の芸能人だけに、まさか風呂なし、共同トイレ炊事場の木造アパートに住みついていようとは、信じがたいのだろう。
なんだかんだ俺も、都会に染まった人間だから、外観を目にしたときは、言葉を失くしたものを、共同玄関で靴を脱ぎ、踏み入ったら、案外、室内は掃除と手入れが行き届いていた。
大家がまめに管理をしているし、吉谷も手伝っているという。
そう、元々、家事でストレス発散をするという吉谷は、身の回りの細々したことを、地道にこなすのが、苦にはならないのだ。
案内された六畳一間の部屋も、いい具合に所帯じみた風になって、こざっぱりしている。
のに、どうしてか、隅に布団が敷きっぱなしで、そのあたりだけ、服が脱ぎっぱなし、本が広げっぱなし、空のペットボトルも放置と、物がちらかっていた。
らしくないな?と思いつつ、聞きたいことは山ほどあったから、湯呑のお茶に一口つけ、「金を貯めていなかったのか」と切りだす。
「この二十年、ずっと忙しくて、ぱあっと金を使う暇もなかったろ。
海外で五年くらい暮らせるほどの、たくわえがあると思ったんだが。
海外じゃなくても、せめて、人里離れたところを選べばいいのに。
わざわざ、リスキーな場所に身を置くなんて、なにか、意図があるのか」
湯呑を持ったまま、「あーいや・・・」とやや、目を逸らす。
歯切れが悪いのを、疑い深く見ながら、どうにも布団が気になった。
布団の山が、僅かに蠢いたように思えたから。
まあ、布団はさておき、長年の付き合いから、ぴんときた俺は「まさか、お前!」と座卓を掌で叩いた。
「別のとこに、預けてきたのか!」
作品では、人を化かすような演技をしても、プライベートでは呆れるほど、馬鹿正直なお人好しだ。
悪戯がばれた子供よろしく、肩をすくめ目を瞑るのに「おいおい!」と額に手を当てる。
「まさか、人にすすめられるまま、寄付とか投資をしたんじゃないんだろうな!?
それ、騙されているかもしんないから、詳細を教えろ!」
肩を跳ねつつ、「そ、そうじゃないんだよ!」と俺の威勢を押しとどめるように、両手を突きだしてくる。
「生活費とか必要なだけ残して、あとは事務所に預けてきたんだ!」
「はあ?事務所?
いや、お前、休みに入る予定だったから、スケジュールを狂わせなかったし、違約金も発生しなかっただろ。
なのに、なんで」
俺が声のトーンを落としたからか、「自分でいうのも、なんだけど、ほら、稼ぎ頭だったでしょ」とおちゃらけるように、自身を指差す。
「といって、『吉谷さんみたいに、なりたい!』って憧れられる俳優ではないから、入所希望者が事務所に押し寄せることはなかった。
ただ、『あの冴えない吉谷に、途切れず仕事を回す事務所は、きっと良いところなのだろう』って思われたみたいで、他の事務所に断られた子たちが、少しずつ、やってきたんだ。
そしたら、うちの事務所の社長は、面倒見がいいから。
長年の貧乏経営から、やっと脱したのに、きてくれた子に、惜しまず経費を使って、事務所の人も反対しないし。
『貧乏に慣れいるから、経営が落ちついたら、逆に落ちつかない』だの『どうせ、資金があっても、他に使い道が思いつかないから』だの。
うちの社長も事務所の人も、欲がないから」
「そりゃ、お前だろ」と胸の内でツッコみつつ、吉谷と親しくなってから、事務所社長の誕生パーティーに呼ばれたのを、思い起こした。
イメージとしては、芸能事務所の社長をもてなすパーティーとなれば、高級ホテルで芸能人やら、モデルやら、テレビ局のお偉いさんやら招待して、見栄を張りまくって豪華絢爛に催されるものだが。
連れていかれたのは、雑居ビルのワンフロアの事務所。
しかも、前菜からメインディッシュ、ケーキまで、料理が趣味な社長がふるまい、どちらが、もてなされているものやら、忙しくあちこちで「さあ、いっぱい食べて、飲んで!」と皿に取り分け、お酌をしていた。
周りに遠慮させないよう、「なんで主役の俺が、お前らに奉仕しているんだ!」と冗談めかして、怒ったりして。
吉谷の活躍により、事務所が潤ってからも、慰労会のような社長の誕生会の中身も、古びた雑居ビルの一室で催すのも、変えていない。
変化といえば、雑居ビルの上のフロアが空いたので、そこを借りてレッスン場を作ったことくらい。
たまに、吉谷もレッスン場に講師として、赴くらしいので、新人や若手を気にかけているのだろう。
だから。
「やっと、少しずつ、若手が仕事を取れるようになって、そんなとき、スキャンダルを起こしたから。
社長は『驕るな!お前にそんな影響力はない!』って笑いとばすけど、そうでもないと思う。
大体、稼ぎ頭がいなくなって、いつ、戻ってくるか分からないとなれば、事務所の人たちや若手が、先の見通しを立てられなくて、不安になるだろうしね」
そう説明されても、釈然としなかったが、「たく、お前は・・・」とため息にとどめる。
にこやかにしつつ、こういうときの吉谷は、「いつもの受け身体質はどうした!」と逆ギレしたいほど、てこでも動かない。
他にも聞きたいことがあったし、一旦、金の件は置いておき「まあな」と切り替える。
「こういうところで、静かに生活送ってたら、そうお金もかからんか。
ただ、そうならそうで、お前、毎日、なにやってるんだ?
まさかバイトとか?」
バイトは冗談だったのが、顔を強張らせる。
またもや、ぴんときて「お前、生活費って、こういうとき一、二年分くらい、計算して置いておくもんだけど、まさか一か月分とか!?」と身を乗りだして声を張れば、「わー」と耳を抑えた。
「分かってるよ。
今となっては、無謀だったって思う。
けど、なんていうか、事務所のためだけじゃなくて、試してみたいってのも、あったんだ。
芸能界を放れて、どれだけ自力で生きていけるかって」
昔、スパルタマネージャーに「吉谷君は、芸能界以外では生きられないのだから!」と叱咤されたのを、聞いたことがあるからに、その言い分にけちをつけられなかった。
頬を引きつらせつつ、ぐ、と口をつぐむと、やおら耳から手を退け「でも、当たり前だけど、甘かったよ」と苦笑してみせる。
「早速バイトをしようと思って、電話をしたとき、考えなく、本名を明かしてしまって。
相手が驚いて『あの、俳優の吉谷?』って聞き返してきたのに、急に怖くなって、電話を切ったんだ。
一応、俳優だから、別人になりすまして、バイトができるかと思ったんだけど・・・」
「ほら、よく考えたら、元々、俳優として評価されていなかったわけで、通用するわけないよね」と間の抜けた顔で笑うから、「そんなはずはない」と歯軋りをする。
共演後、あらためて出演作を見て、最後まで吉谷を見つけられなかったのだから。
とはいえ、別人になりすまし、要領よく世渡りするのは、吉谷にできないように思えた。
どうして?と頭を巡らせているうちに、「あと、なんか、改めて考えさせられた」としみじみしたように語られる。
「業界では、演技ができるのを褒められるけど、社会では、そうとも限らないんだって。
演技イコール人を騙すって印象があるから。
僕はさほど、評価されなかったけど、二十年も経験を積んだから、すこしは自負があった。
でも、社会では通じないし、『人を騙す』なんて、決して褒められたことではないのを、今更、思い知らされたよ」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
桜吹雪と泡沫の君
叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。
慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。
だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。
悠と榎本
暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか
そいつの事を 無意識に探してしまう
見ているだけで 良かったものの
2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・
初雪は聖夜に溶ける
成瀬瑛理
BL
「ねぇ、傍にいてよ……」恋人達の甘く切ない聖夜のラブストーリー。
*今年のクリスマスを一緒に祝う予定だった一希と司。二人のわずかなすれ違いと恋人にふりかかるスキャンダルな出来事に……!?
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる