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スキャンダラスで破滅的な恋を

犬飼の破滅的な恋③

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俺がこれまで関係してきた馬鹿女より、吉谷はめでたい恋愛脳をしていたが、といって、貢ぎっぱなしでご満悦でいるとは思わなかった。

童貞のように浮かれていられるのも、ある程度までだ。

そのうち貢ぐだけでは物足りなくなって、見返りを求めだすのが世の人の常。

対して、俺は心構えができていた。
アプローチしてくる、告白してくる、ストーカーになる、体を求めてくる、いずれにしても応えてやるつもりでいた。

もちろん、吉谷の好意を受け入れてではない。

見返りを求めてきたらきたで、そのさまを録画や録音をして、タイミングを見計らい、マスコミに売りつけようと画策してのこと。

芸歴二十年で女優との交際報道が耐えなかった俳優が、急に若い男に走りだしたとなれば、大スキャンダルで、格好のマスコミの餌食になるだろう。
二十年もマスコミにつけいる隙を与えなかったから、余計にだ。

撮影中はそんな醜聞で、俺主演のドラマの足を引っ張ってもらいたくはない。

ただ、その後は、たとえドラマが大成功を収めたとして、過去の因縁による怨恨をちゃらにするつもりはなかった。
過去に俺が芸能界から追われたように、それ以上に痛い目に合ってもらわないと、気が済まない。

なので、「抱いて」「抱かせて」と迫ってくるのなら、むしろ上等だったのだが、吉谷が求めてきたのは、若いスタッフらとの飲み会の同席くらいだった。

いや、このことにしても吉谷が「若い人たちだけのほうがいい」と遠慮したのを「そんな、お金だけもらうってのは気が引けます!」ときゃんきゃんしつこく吠え立てて、引っぱりだせた次第。

まあ、実際に若いスタッフと連れ立って店に赴いたときに、吉谷が遠慮した訳が知れた。

オーラがないとネタ的に笑われている吉谷とはいえ、なんだかんだ、生き残りの難しい芸能界であって、二十年、第一線にいる中堅俳優だ。

遠巻きにしていれば「台詞を話すマシン」「俳優ロボット」と陰口を叩けるものを、いざ、真っ向から顔をつき合わたなら、嘘のない実績の重みを覚えるのだろう。

若いスタッフらは萎縮しきりで、やたら下手な気を使いつつ、話しかけるどころか、目も合わせられないようだった。

すすめられるまま上座に腰を落とした吉谷も口を閉ざしたままでいた。
といって、萎縮されているのに萎縮しているのではなく、仏よろしく微笑ましそうに周りを眺めているといった具合。

居心地を悪そうにしていないといっても、年長の吉谷の出方を窺わないことには、若いスタッフらは口が切れなかった。

ということは、演技より協調性を評価される吉谷は百も承知だろうに、いつまでもにこにこしているだけで、仕方なく俺が、他愛もない話題を持ちかけた。

はじめは、上座の顔色を窺い、口が重かったスタッフだが、吉谷がにこにこしたまま口を挟まずにいるせいか、しばらくもせずに気を緩ませ親しげな口を叩くようになった。

「まさか、犬飼さんに誘ってもらえるなんて、思ってもみなかった」

「年が近くても、同じ若い者同士と見てくれているとは思わなかった」

「正直、見下されていると思った」

そう、彼らが言うとおり見下していた。
というか、下っ端を気にかけていなかった。

こうして食事会や飲み会をするにしろ、スポンサーや局のお偉いさん、せめてディレクターくらいで、媚を安売りする気満々でいたし。

パトロンの吉谷の言葉に従っただけで、下っ端とのつきあいは乗り気でなかったが、いざ、居酒屋で酒を酌み交わしたなら、利がないこともないように思えた。

下っ端は実権がなくても、撮影中の細々とした実質的な仕事をする。
たとえば、ADならディレクターの指示を伝言したり、代わって詳細を説明したり、スケジュールの変更などを知らせたり。

もし、ADに嫌われて伝達をしてもらえなくなったら、色々と二度手間になって無駄な時間を費やすことになる。

怒られるのはADとはいえ、幾度も同じことがあれば、俺のほうにも問題があるのではと、周りは疑いだす。
俺の印象が悪くなるだけならまだしも、現場の雰囲気が悪くなったら、ドラマのできに響く。

結果、主役の俺に不利になるだけだ。

そうしてADなど下っ端に、足をすくわれかねないことに、飲み会にくるまで気づかなかった。

実際、現場で似たような嫌がらせをされていたものを、下っ端らに向上心がないせいだと決めつけていた。
俺が脚本や演出に口出しするのを、その意欲を分かろうともせず、どうせ白けた目で見ているのだろうと。

どうやら俺は見誤っていたようだ。

酒を交わし話してみれば、若いスタッフたちも意欲的なのは変わらず、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと、建設的な意見やアイディアをいくらでも喚いてみせた。
また俺が普段、思っているように、頭が固く融通が利かない上司や責任者への悪態も吐きつくした。

彼らが俺を気に食わなく思っていたのには、とくに理由はなく、あるとしたら根本的なことで、俺が彼らに無関心だったせいなのだろう。

癪だが、吉谷の言うとおり、飲みに誘うだけでも、関心を持っているとアピールするだけでも、人の意識は変えられるものらしい。

それにしたって、羽目を外している。
相当、若いスタッフらは溜まっているらしく、途中からは俺もついていけないほど、上の連中への愚痴を垂流しっぱなしにした。

いくらオーラなさ過ぎの本領を発揮して、吉谷が気配を消しているとはいえ、さすがに聞き捨てならないのではないか。
と、気にしたが、振り向いてみれば、吉谷の姿がなかった。

トイレに立ったのではない。
というのも、空の取り皿やコップが端に寄せてあったから。

上座の傍にいるスタッフは酔っ払って、盛り上がりに参加せず、半ば舟をこいでいたので、「吉谷さん、どうしたの」と声を潜ませて聞いた。

「ああ」と上座を一瞥したスタッフは「急に事務所から呼びだしを食らったって」と呂律が回らないながら、応じた。

「皆わいわい楽しくやっているのを中断させたくないから、このまま、こっそり抜けるって言っていた。
主催の犬飼君には、代わりにごめんね、って言っといてって頼まれて」

飲み会に参加するのをはじめから遠慮していた吉谷だ。

だから、ここぞとばかりに、オーラのなさを遺憾なく発揮し、若いスタッフらが気兼ねしないうように居たのだろうし、気づかれぬように抜けだしたのも、らしいと思えた。

ただ、上座のもう一つの脇が空席なのがやや気になり「向かいの席の人もいなくなったの」とついでに聞く。

「ああ、白木?
あいつも、吉谷さんが席を立ったときに『私も明日の準備をしなくちゃなんないんで』って言って、一緒に帰っていったよ」

酔っ払ったスタッフは何とも思っていないようだが、俺は複雑な心境になった。
「俺に惚れていたのではないか」と。

そう、白木は女で、確か、小道具などを任されている若いスタッフだ。

状況的に吉谷が彼女をお持ち帰りしたようなものを、いや、でも、吉谷はこれまで女優しか相手にしなかった。
そのはずが、急に若い男に走りだし、今度は若い女スタッフに手をだしたというのか。

別に吉谷にそっぽを向かれて不満ではないし、嫉妬なんて、とんでもない。
あまりに浮ついた心変わりが解せなく、恋心を利用しようとしていた当てが外れたのに、落胆しただけだ。






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