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スキャンダラスで破滅的な恋を
犬飼の破滅的な恋②
しおりを挟むこれまで以上に魂を売って、尻尾を振らざるを得ない状況に置かれたとはいえ、「乗り越えなくては、かの俳優に笑われる」と自分に喝をいれて、俺は楽屋の扉の前に佇んだ。
吉谷の楽屋だ。
共演者やスタッフと挨拶をして、かるく脚本を読み合わせしたときに、すでに顔を合わせていたものの、一人で真っ向から出向くのは初めて。
頭に血を上らせるな、我を忘れるな、理性を失くすなと、幾度も自分に言い聞かせてから、「吉谷さん、いいですか」と声をかけ、あえて返事を待たずに扉を開け放った。
「待て」ができない阿呆っぽい犬のように。
これからも、馬鹿の一つ覚えに、こうして尻尾を振るのかと思い、早々に心が折れそうになったが、吉谷の顔を見て、余計な思考はふっ飛んだ。
肩を跳ねて振り返ったなら、一瞬にして茹蛸のようになったのだ。
漫画やアニメのような、分かりやす過ぎる赤面ぶりに唖然とする間もなく、「大丈夫ですか!?」とどうにか繕ってみせた。
「ああ、ごめん」と吉谷は手で顔を隠し俯き、徐々に肌の赤みを薄れさせながらも、目を泳がせっぱなしで体もそわそわさせ、ろくに口を利けないでいた。
「熱でもあるんですか?」「冷えピタ買ってきましょうか」とお節介を焼くふりをしつつ、俺も俺で動揺をして、まさかと、信じられない思いでいた。
だって、そうだろう。
交際して別れてを途切れさせず繰り返してきた吉谷の相手は、皆、女優だった。
決して浮気や不倫をしないと、呼び声高かったから、隠れて男と、なんてことはなかっただろう。
それが今更?と、にわかには飲みこめななく、確証を得たくて、吉谷が落ちついてきたところで、ある話をしだした。
初主演で心配だと打ちあけた流れで、「俺、オーラがないってよく言われるんです」と。
実際はさほど、言われたことがない。
言われているのは、吉谷のほうだ。
吉谷のオーラのなさは、定番のネタのように話題にされ、笑わることが多い。
外で撮影するときに、ギャラリーが俳優らに黄色い声を上げている中、気づかれないのは当たり前。
スタジオでも姿があってもスタッフがすぐに見つけだせなく、ファンでさえ「コンビニの列の前に吉谷さんがいるのに、気づかなかった」とショックを隠せないほどに、オーラが皆無らしい。
ぶっちゃけ、オーラなんてものは、見る目のない人間が、具体的に俳優の長所短所をあげられなく、適当に口にするだけと思っている。
それでも「オーラがねえ」と言われると、気にしないでいられないから、いくら、おおらかそうな吉谷もネタ的に笑われて、平気でいられるはずがない。
たとえ、人から相談されても、遠まわしな嫌味なのかと、疑ってかかるだろう。
が、吉谷は困ったように笑いつつも、身構えて睨んでくることも、顔を逸らして口を固く閉ざすこともなかった。
むしろ、中々目を合わせなかったのが、まっすぐ見つめてきて、「正直、僕はオーラが見えたことがないよ」と俺を安心させるように、微笑んでみせた。
「僕が分かるのは、その人と実際に接して感じたことだけ。
たとえば、知り合いの女優は皆からオーラがあるって言われる。
でも、十五歳から付き合いのある僕にしたら、お節介なおばさんにしか見えない。
オーラがあるって皆が言っても、ぴんとこなくて」
説得力のある一例を聞かされ、素でも驚きながら「そんなものですか」と呟けば、「まあ、僕にオーラを見る能力がないだけなのかもしれない」と謙遜をした。
最後の一言は、やや鼻についたとはいえ、「君が悪いんじゃない。周りがすべて悪いんだ!」と言いきらないあたり、恋で盲目になっているのでは、なさそうだ。
という、わけでもないだろう。
たまにバラエティに出演するときなど、お約束にオーラのなさをツッコまれても「そうそう、この前、局の警備員の人に止められましたよ」と自虐して、受け流している。
その吉谷が人を励まし助言するのに「僕もオーラがないって言われているよ」と共感を示さないわけがない。
そうしないのは、吉谷なりに見栄を張っているからと、考えられる。
オーラのなさは自明のこととはいえ、俺に少しでも良く見られたいのだ。
撮影が進むにつれて、俺に対して些細な見栄を張るのが、吉谷にとって異例なのが分かってきた。
相手に恥をかかせたり、自尊心を損なわせないよう、吉谷は自ら卑下するのを癖のようにしていた。
親しい相手にも、いけ好かない相手にも、誰にも分け隔てなく、大袈裟に言えば、いつ何時でも公平中立でいようとしていた。
並の人間が見栄を張るのに比べたら、ずっと控えめなものだが、誰に対してもいい顔をしている吉谷のこととなれば、話は違う。
俺だけが、無欲そうな吉谷の調子を狂わせていると思えば、満更ではなかったし、これは利用ができると考えもした。
女優と次々と関係を持ちつつも、別れを繰りかえし結婚まで至らなかったのは、おそらく、恋人でも関係なく公平中立でいようとした態度に問題があったのだろう。
結局のところ、吉谷は経験豊富そうに見えて、誰かを特別扱いしたことがない。
その点、童貞っぽい精神構造をしてるのだから、つけいるのは容易かった。
経験上、この類の人間に貢ぎ癖があるのを知っている。
相手への好意を持て余し、手っ取り早く物を与えることで、満足を得ようとする。
その見込みどおり、俺がおねだりをするまでもなく、本来、主役がするべき出費を肩代わりすると申し出てきた。
それにしても、あまりに前置きなく、建前を口にもせずに「僕が出すよ」とどストレート言ってきたのには、驚かされたもので。
予想以上にちょろいのでは?と考え、吉谷の前で雑誌を見ながら、思わせぶりに「これ欲しいなあ」と呟いたら、二日後には、ちょうど見ていた写真の高級時計が事務所に贈られてくる始末。
差出人が分からなくしてあるのはもちろん、ご丁寧に都外から配達を頼んだらしい。
その後も、俺が遠まわしにおねだりしたのや、人伝に聞いただろう俺ご所望のものが、三日おきくらいに届けられてきた。
冗談でなく、童貞のような浮かれっぷりに、俺は笑いがおさまらなかった。
はじめは因縁もあって、共演が拷問のようにも思ったが、こうなってみれば、吉谷が救世主のように見えてくる。
表向き、屈辱的に尻尾を振っていても、相手を思うままに騙して、こけにできているのだから、溜飲が下がるばかりでなく、女遊びの代わりに憂さ晴らしができるというものだ。
あれだけ初っ端から茹蛸になって取り乱しておきながら、ばれていないと思って、澄ました顔をしているのも笑えた。
本人が思っているより、取り繕えていなく、贈り物の高級腕時計をして見せたときは、今にも昇天しそうに恍惚としていた。
すぐに質屋で換金されるとも知らずに。
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