上 下
9 / 36
スキャンダラスで破滅的な恋を

犬飼の破滅的な恋②

しおりを挟む






これまで以上に魂を売って、尻尾を振らざるを得ない状況に置かれたとはいえ、「乗り越えなくては、かの俳優に笑われる」と自分に喝をいれて、俺は楽屋の扉の前に佇んだ。

吉谷の楽屋だ。
共演者やスタッフと挨拶をして、かるく脚本を読み合わせしたときに、すでに顔を合わせていたものの、一人で真っ向から出向くのは初めて。

頭に血を上らせるな、我を忘れるな、理性を失くすなと、幾度も自分に言い聞かせてから、「吉谷さん、いいですか」と声をかけ、あえて返事を待たずに扉を開け放った。
「待て」ができない阿呆っぽい犬のように。

これからも、馬鹿の一つ覚えに、こうして尻尾を振るのかと思い、早々に心が折れそうになったが、吉谷の顔を見て、余計な思考はふっ飛んだ。

肩を跳ねて振り返ったなら、一瞬にして茹蛸のようになったのだ。

漫画やアニメのような、分かりやす過ぎる赤面ぶりに唖然とする間もなく、「大丈夫ですか!?」とどうにか繕ってみせた。

「ああ、ごめん」と吉谷は手で顔を隠し俯き、徐々に肌の赤みを薄れさせながらも、目を泳がせっぱなしで体もそわそわさせ、ろくに口を利けないでいた。

「熱でもあるんですか?」「冷えピタ買ってきましょうか」とお節介を焼くふりをしつつ、俺も俺で動揺をして、まさかと、信じられない思いでいた。

だって、そうだろう。

交際して別れてを途切れさせず繰り返してきた吉谷の相手は、皆、女優だった。
決して浮気や不倫をしないと、呼び声高かったから、隠れて男と、なんてことはなかっただろう。

それが今更?と、にわかには飲みこめななく、確証を得たくて、吉谷が落ちついてきたところで、ある話をしだした。

初主演で心配だと打ちあけた流れで、「俺、オーラがないってよく言われるんです」と。

実際はさほど、言われたことがない。
言われているのは、吉谷のほうだ。

吉谷のオーラのなさは、定番のネタのように話題にされ、笑わることが多い。

外で撮影するときに、ギャラリーが俳優らに黄色い声を上げている中、気づかれないのは当たり前。
スタジオでも姿があってもスタッフがすぐに見つけだせなく、ファンでさえ「コンビニの列の前に吉谷さんがいるのに、気づかなかった」とショックを隠せないほどに、オーラが皆無らしい。

ぶっちゃけ、オーラなんてものは、見る目のない人間が、具体的に俳優の長所短所をあげられなく、適当に口にするだけと思っている。

それでも「オーラがねえ」と言われると、気にしないでいられないから、いくら、おおらかそうな吉谷もネタ的に笑われて、平気でいられるはずがない。
たとえ、人から相談されても、遠まわしな嫌味なのかと、疑ってかかるだろう。

が、吉谷は困ったように笑いつつも、身構えて睨んでくることも、顔を逸らして口を固く閉ざすこともなかった。

むしろ、中々目を合わせなかったのが、まっすぐ見つめてきて、「正直、僕はオーラが見えたことがないよ」と俺を安心させるように、微笑んでみせた。

「僕が分かるのは、その人と実際に接して感じたことだけ。

たとえば、知り合いの女優は皆からオーラがあるって言われる。
でも、十五歳から付き合いのある僕にしたら、お節介なおばさんにしか見えない。

オーラがあるって皆が言っても、ぴんとこなくて」

説得力のある一例を聞かされ、素でも驚きながら「そんなものですか」と呟けば、「まあ、僕にオーラを見る能力がないだけなのかもしれない」と謙遜をした。

最後の一言は、やや鼻についたとはいえ、「君が悪いんじゃない。周りがすべて悪いんだ!」と言いきらないあたり、恋で盲目になっているのでは、なさそうだ。
という、わけでもないだろう。

たまにバラエティに出演するときなど、お約束にオーラのなさをツッコまれても「そうそう、この前、局の警備員の人に止められましたよ」と自虐して、受け流している。

その吉谷が人を励まし助言するのに「僕もオーラがないって言われているよ」と共感を示さないわけがない。

そうしないのは、吉谷なりに見栄を張っているからと、考えられる。
オーラのなさは自明のこととはいえ、俺に少しでも良く見られたいのだ。

撮影が進むにつれて、俺に対して些細な見栄を張るのが、吉谷にとって異例なのが分かってきた。

相手に恥をかかせたり、自尊心を損なわせないよう、吉谷は自ら卑下するのを癖のようにしていた。
親しい相手にも、いけ好かない相手にも、誰にも分け隔てなく、大袈裟に言えば、いつ何時でも公平中立でいようとしていた。

並の人間が見栄を張るのに比べたら、ずっと控えめなものだが、誰に対してもいい顔をしている吉谷のこととなれば、話は違う。

俺だけが、無欲そうな吉谷の調子を狂わせていると思えば、満更ではなかったし、これは利用ができると考えもした。

女優と次々と関係を持ちつつも、別れを繰りかえし結婚まで至らなかったのは、おそらく、恋人でも関係なく公平中立でいようとした態度に問題があったのだろう。

結局のところ、吉谷は経験豊富そうに見えて、誰かを特別扱いしたことがない。
その点、童貞っぽい精神構造をしてるのだから、つけいるのは容易かった。

経験上、この類の人間に貢ぎ癖があるのを知っている。

相手への好意を持て余し、手っ取り早く物を与えることで、満足を得ようとする。

その見込みどおり、俺がおねだりをするまでもなく、本来、主役がするべき出費を肩代わりすると申し出てきた。
それにしても、あまりに前置きなく、建前を口にもせずに「僕が出すよ」とどストレート言ってきたのには、驚かされたもので。

予想以上にちょろいのでは?と考え、吉谷の前で雑誌を見ながら、思わせぶりに「これ欲しいなあ」と呟いたら、二日後には、ちょうど見ていた写真の高級時計が事務所に贈られてくる始末。

差出人が分からなくしてあるのはもちろん、ご丁寧に都外から配達を頼んだらしい。
その後も、俺が遠まわしにおねだりしたのや、人伝に聞いただろう俺ご所望のものが、三日おきくらいに届けられてきた。

冗談でなく、童貞のような浮かれっぷりに、俺は笑いがおさまらなかった。

はじめは因縁もあって、共演が拷問のようにも思ったが、こうなってみれば、吉谷が救世主のように見えてくる。

表向き、屈辱的に尻尾を振っていても、相手を思うままに騙して、こけにできているのだから、溜飲が下がるばかりでなく、女遊びの代わりに憂さ晴らしができるというものだ。

あれだけ初っ端から茹蛸になって取り乱しておきながら、ばれていないと思って、澄ました顔をしているのも笑えた。

本人が思っているより、取り繕えていなく、贈り物の高級腕時計をして見せたときは、今にも昇天しそうに恍惚としていた。
すぐに質屋で換金されるとも知らずに。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

この恋は運命

大波小波
BL
 飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。  申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。  第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。  しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。  合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。  そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。  海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。  ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。  そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。  麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。  響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。  明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。  第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。  しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。  そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。  彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。  そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。  喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。  一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。  ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。  子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。  二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...