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スキャンダラスで破滅的な恋を

吉谷のスキャンダルな恋②

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俳優、犬飼ケン、二十五歳。

僕が事務所に入ったのと同じ年、十五歳からモデルをはじめ、その愛らしい容姿と愛嬌溢れる性格から「プードル系男子」と呼ばれ、同世代の女の子から注目と人気を集める。

その評判を受けてバラエティ番組に出演をしつつ、あくまで役者志望とのことで、精力的にオーディションを受けていく。

中々、話題作に出演が叶わない中、こつこつとエキストラのような役を演じて経験を重ねていき、二十歳で戦隊モノの、主要五人のメンバー入り。
「犬飼」の名にふさわしく、犬のように愛嬌があり健気で従順なキャラがはまり、ブレイク。

しばらくは戦隊モノの映画撮影やイベント出演などで忙しくしながら、愛くるしい犬のようなキャラはバラエティ番組でも受けて、その出演でも多忙を極める。

戦隊モノでブレイクしてから三年を経て、仕事が一段落してから、バラエティ番組の出演を抑えて、本格的な俳優活動をしだす。

ドラマ、映画、舞台の単発出演や脇役を数多くこなし、徐々にバラエティのメージを薄れさせつつ、俳優としての存在感を示していく。

一年前から、ドラマにレギュラー出演するようになり、晴れて今回、メジャードラマの主役に抜擢されるに至った。
やや遅咲きとはいえ、これからの活躍が楽しみにされている若手俳優の一人だ。

そんな注目株の犬飼君が主役を演じ、僕が二番手を担うのがドラマ「どら息子と箱入り娘」。

「自立しろ」とうるさい親の目を誤魔化すために、探偵事務所をはじめた、どら息子。
事務所ではゲームをするか寝ているだけで、ぐうたらしていたけど、従妹の箱入り娘が依頼にきてから、刑事事件に遭遇するようになる。

行く先々で出くわす事件を、頭が悪く勘も鈍い、どら息子が運よく手がかりを見つけ、聡明で天然な箱入り娘がそれを元に推理をして、解決していくという、凸凹コンビのコメディチックなミステリードラマだ。

タイトルにある通り、どら息子を犬飼君、箱入り娘を天才子役と評される、安藤千夏ちゃんが演じる、ダブル主演。

僕はこの凸凹コンビのお守り役の刑事を演じる。
凸凹コンビと、事件に首を突っこまれて面白くない警察との中に入って取り成すなど、事件解決までに起こるごたごたに対処する役どころだった。

年下の凸凹コンビに敬語を使うなど根っからのパシリ属性で、まるで刑事らしくないので、現場では目撃者や事件の関係者と間違われやすい。
そこらへんは、しょっちゅう、スタッフと勘違いされる僕に通じるものがあった。

原作のない、オリジナルドラマなので、脚本家は僕を意識してキャラを描きだしたのかもしれない。

「ほんと、もお、いい加減にして欲しいわ」

と、背後から言われて、犬飼くんに見惚れていた僕は、肩を跳ねた。

ひそかに息を吐いて、気を取りなおしてから「千夏ちゃん、おつかれさま」と振り返る。
千夏ちゃんは腕を組んで仁王立ちしていたものの「吉谷さんのほうこそ、おつかれさまよ」と気の毒そうに見てきた。

「役者の中では一番、早くスタジオ入りしたのに。
かれこれ、もう三時間も出番を待たされているじゃない」

早くスタジオ入りしたのは、今日も犬飼君と会えるかと思ったら、居ても立ってもいられなかったから。

三時間待たされるのも、その分、心置きなく犬飼君を観賞できるともなれば、すこしも苦ではない。

共演できるのも心躍るとはいえ、演技しているときは、にやにやしていられないし、距離が近い分、心臓に悪くて取り乱しそうになり、それを堪えるほうが苦労させられる。

といって「そうでもないよ」と千夏ちゃんには返さないで、苦笑に留めた。

技量は元よりプロ意識が高い千夏ちゃんは、いつも、なるべく周りに迷惑をかけないよう、仕事の流れを滞らせないよう気をつけている。
犬飼君を庇いたいといっても、その姿勢を尊重しなくては、失礼に当たる。

「たく、いくら芸歴が短くて、初めて主役を張るからって、甘えちゃってまあ。
いい加減、時間が押しているんだから、ほどほどにしてほしいわ」

撮影がはじまってから犬飼君はNGを頻発していた。

「すみません」とチワワのような涙目になって謝りつつ「この台詞が納得できなくて、どうしても、うまく言えないんです」と訴えて、今はディレクターと話し合っている。

ディレクターは犬飼君の案を聞き入れそうとはいえ、脚本家の同意を得るのに苦労しているようだ。
なにせ、名の知れた脚本家は、台詞の一字も変更をされるのさえ嫌がることでも知られていたから。

「すこしは、吉谷さんを見習って欲しいわ」

一段と顔を険しくし、舌打ちをした千夏ちゃんは、すぐに、しまったという顔をした。

僕は気づかないふりをする。

脚本や演出に疑問を投げかけたり、自ら提案をしたりする犬養君とは対照的に、ほぼ異を唱えず、決められたこと指示されたことを、忠実にこなすのが僕だった。

このタイプは起用する側にすれば「吉谷君と仕事すると、スムーズで助かるよ」と重宝される一方で「俳優としてプライドや拘りがない」と評価されもする。

僕に限らず、俳優はタイプによって、そうした長所と短所を持ち合わせているとはいえ、今の僕には、前の仕事でイメージダウンした余波があるから、千夏ちゃんに気まずい思いをさせているのだろう。

他の人に、同じような態度をとられたら、多少、胸を痛めるかもしれないけど、千夏ちゃん相手なら、そうでもない。

そこらの大人の俳優よりプロ意識が高い千夏ちゃんも、僕と似ていて「言われたことしかできない、優等生」と皮肉っぽく評されることがあるからだ。
まあ、僕はストレス発散に、クマのぬいぐるみに膝蹴りをかまさないけど。

おそらく、クマのぬいぐるみに膝蹴りするような、千夏ちゃんの隠れた一面を知っているのは、身内以外なら僕くらいだろう。

その場面を目にしたのは偶然だったし、そりゃあ驚きもしたものの「すごい、キレのある蹴りだね」と率直な感想を述べた。
以来、誰に対しても、人懐こい笑みを絶やさない千夏ちゃんは、僕の傍にいるときだけ、不機嫌な顔を隠そうとしない。

クマのぬいぐるみに膝蹴りをする彼女も魅力的だと思う。

だから、普段とギャップのある、やさぐれた態度をとられても気にしないけど、犬飼君をこきおろす、その評価を放置できなかった。

千夏ちゃんが僕の顔色をちらちら窺っているのに気づきつつ、僕は犬飼君のほうを向いたまま「僕は犬飼君を見習いたいな」と何気ないように告げた。

「今、犬飼君が、指摘している台詞。
箱入り娘がどら息子に向かって『私はあなたの、お母様じゃなくてよ!』っていうの、どう思う?

普段、千夏ちゃんは、そんなこと言う?」

「・・・・言わない。
お母さんって年じゃないもの。

大体、どら息子は大分、年上よ?」

「そうだよね。
いくらドラマはフィクションといっても、なんでもありなわけじゃない。

話しの流れにそわなかったり、あまりにリアリティに欠ける台詞は、的外れに聞こえてしまう。

千夏ちゃんが言ったように、箱入り娘は、自分が母親のようだと意識する年じゃない。

もし、年の離れた弟や妹がいたり、母親がいなかったり、という家庭の事情があれば、また違うかもしれないけど、家に召使がいるようなお嬢様が、家庭的な母親のイメージを持つのは難しいよね」

「にしたって、そんな短い台詞で」と千夏ちゃんは、ごねなかった。
横目に見ると、考えこむような表情をして、犬飼君のほうを見ている。

賢く勘の鋭い千夏ちゃんだ。
自覚していなかっただけで、元々、台詞に違和感を持っていたのかもしれない。

少しは僕の指摘に一理あると思ってくれたのか、先より棘のない響きで「吉谷さんは、犬飼君を見込んでいるのね」と呟いた。

「見込むなんて、そんな偉そうなものじゃないよ。
今の台詞にしたって、彼が指摘をするまで、僕は気づかなかったんだ。

細かいところを気にしつつ、作品の世界観や全体像を的確にとらえらる能力や、何より作品をいいものにしようっていう意気込みが、彼にはあるんだと思うよ」




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