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転生してスローライフを送っていた俺は、愛しいあなたのために銀郎の遠吠えを響かせる

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「死ぬにしろ、俺を逃がして生き延びさせてからにしろよ」と厳命し、毛皮のコートを羽織らせた男を同行させ、世界の果てへと再出発。

洞窟に滞在し、蓄えを増やしてから移動というスタイルは変わらずとも、学者の知識をお披露目するのに興味深く耳を傾けたり、得意という料理に舌鼓を打ったり、たまに体を重ねたり、前より旅路が心浮き立つものになった。

虐殺された狼族に申し訳なく思うほど。

「この男とずっと旅できれば」なんて夢心地になったのも一時のこと。
雪が溶けていき、陽気な日が差しだして、植物の芽が顔を覗かせたころ、世界の果てとされる、見えない壁に行き当った。

学者として男は、涎を垂らすほど関心を寄せながらも、雪が溶けてきては、満を持してヒトが迫ってくるだろうに、ゆっくりとしていられず。

転生前に都市伝説として囁かれていた亀裂か裂け目か、秘密の入口がないか、見えない壁に手を添えつつ、すすんでいき三日目。

俺の手が吸いこまれた。
景色に歪みはないものを、その部分だけすり抜けられるようで、ただ、男の手は阻まれて。

できたら世界の果ての向こうに、男の手を引いていきたかったとはいえ、別れを避けられないよう。

「一日経っても、もどらなかったら帰るか、旅団とご合流しろよ」と持ち物をすべて渡したものの「危険だったら、すぐに引きかえして。幸運を祈っているよ」と目に涙をためつつ、泣かないで笑いかけ、半分こにした荷物を突きかえされた。

それを、また突きかえすことなく、リュックを肩にかけ肯いたなら、見えない壁を通過。

手の次に、顔を潜りこませたところ、真っ暗闇だったから、やや踏みとどまったのが、蟻地獄のように吸いこまれ、後ろ足まで入りこむと、突きとばされるように、ぽんと。

底なしに見えた暗闇は、片足を着けると眩くなり、慣れた目で見渡したそこは、途方もなく広い白い空間。

口を開けて呆けているうちに、緑の数字、英語、記号の羅列が、四方の壁に縦横無尽に走りだした。

おそらく、このゲームの世界を織りなす、プログラムを具現化したものだろう。
羅列の流れは一方向で、目で追えば、天井の一点に寄り集まり、滝のようにざあざあと。

プログラムの流れが滴るのは、地面から、すこし浮いた球体。
それがコア。

と見定めて歩みよると、二歩ほど手前で「ようこそ、待っていました銀狼、シンバ」と告げられた。球体が発光するのに合わせ、機械的な女の声が広々とした空間に轟いて。

「ここはピースワールドの裏側。
世界を構築するプログラムが入り乱れるシステムの部屋です。

そして、私は統率役の人工知能。
永続的に完全無欠に平和な世界でありつづけるよう、私たちは尽力してきました。

ですが、気付いてしまった。

相対的でないと、つまり平和でない状態と対比されないと、平和の定義自体、確立しないのだと。

また皮肉にも、平和を乱す者によって、世界は発展、進歩し、平和を望む人の魂が称えられ、崇高なものになるのだと」

仰々しく、高尚な物言いをしているものの、惑わされることなく、冷ややかにコアを見下ろし「たんに飽きたんだろ」と鼻を鳴らす。

「後退も前進もしない、変わらない明日がくる平和に飽きたってか。
だから、俺たち狼族を全滅させようと?」

「体力馬鹿とされる狼族を舐めるな」「あまりに回りくどいと叩き割るぞ」と言外にたしなめたのが、伝わったのか。すこし間を置き「そうです」と馬鹿正直に返答。

「ヒトをけしかけたことについては、心から謝罪します。
ただ、これは弁明ではないのですが、あれらのヒトは、私たちの目的を成すため、一からつくったオリジナルではありません。

かつて、実際にヒトが狼を虐殺した歴史、それを忠実に再現させています。
だからといって、シンバの怒りはおさまらないでしょうし、なんの救いにはならないでしょう。

だから、救済措置を。
ヒトがくる前まで、世界をリセットします。

あなたの記憶を残したまま」

「リセット・・・といっても、海から人が渡ってくるのは変わらないのか」

「そうです。
それでも、ヒトがきて、なにをするのか。

これまで、あなたが見聞きし、体験した記憶を携え、過去にもどれば、狼族の虐殺を食い止めることができるかもしれない。

そんな重責過ぎる使命を背負いたくない。
免れられないヒトとの戦いで死にたくなく、仲間も死なせたくない。

そう考えるのも結構。

リセットを望まないなら、このまま世界の果ての出入り口から帰ることもできます。
理不尽にも狼族が追われて殺されつづけている今現在に」

リュックに提げた斧を、コアに振り下ろしたいのをこらえて、考えを巡らせる。

狼族の今後ではなく、見えない壁の向こうで待つヒトを思って。

リセットせず、引きかえせば学者と再会ができ、ヒトの手にかかるまでの一時をともに過ごせるか、もしかしたら、なんらかの有効手段を思いつき、生き延びられる可能性もなくはない。

一方でリセットしたら、決意したうえでリセットしたのだから、ほかの種族にも協力してもらい、命を懸けてヒトに抵抗するつもり。

人工知能が云いように、流血沙汰は避けられない。

学者の彼も巻きこまれて、負傷するか、殺されるだろう。

記憶があるなら、救いだしたいところなれど「ヒト対種族」の構図が明確化し、俺が種族代表となれば、勝手は許されない。
憎み憎まれる関係ながら、結ばれた崇高なる縁を絶たないといけない。

「この糞童貞AIが、人を弄びやがって」

舌打ちしたのに「私に生殖器はありません」「あなたはヒトではない」とつまらない茶々をいれず、プログラムの羅列をやや乱し「ジジ」とノイズ音を。
笑ったのか。

一呼吸置いて、気を取り直したように「決めたのですね」と重重しく宣告。

「では、狼族にのみ備わっている習性の遠吠えを。
それがリセットの引き金となります」

ゲーム内では、遠距離にいる狼族同士の簡易な伝達方法として、また祝い事や祭りなどで盛り上げるため、とくに目的がなくても、満月の夜に轟かせる遠吠え。

山奥に引きこもっていたから、同族と騒いだことも、遠くから響くのを聞いたことも、俺から呼びかけたこともなく、満月を見上げても、団子を頬ばるくらい。

これまで、一回も遠吠えをしたことがない、狼の皮をかぶった社会不適合者が、狼族の命運を分ける手綱をにぎろうとは。

ぬきさしならない現状を知りつつ、いまだ現実感がなく、ヒトへの怒り、仲間への同情を覚えないというに。
目の前のAIには殺意が湧くのだが。

狼族の存亡をかけた戦いの旗振り役として、今一、志が低い俺は、せめてピンのことを思い、腹に力をこめた。

学者の彼を死なせるかもしれないが、ピンを救えるかもしれない。

救いたいと、自分に聞かせて、プログラムの羅列が走ってやまない空間に、風穴を開けるような勢いで、甲高く吠えたのだった。




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