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転生してスローライフを送っていた俺は、愛しいあなたのために銀郎の遠吠えを響かせる
③
しおりを挟む転生する前には「ピース ワールド」で迫害されるなんて夢にも思わなかったが、こうしてお尋ね者扱いされる身になってみれば、アバターを「狼族」にしておいて正解だったと思う。
見た目は半獣ながら、森に一歩踏みいれたとたん、狼の特性が遺憾なく発揮され、野生のように一日中森を走りまわっても、息が切れず疲れないし、足が鈍ることもない。
聴覚が優れて、ヒトの気配を察知しやすく、鼻も利くから、木の実や薬草を探すのもお茶の子さいさいで、キノコなら毒有り無しか判別可能。
(もともとゲームのピース ワールドでは、どの種族も肉食をしない。だから狩りをしないし、捕食動物自体存在しない)。
加えて人としての知恵もあるに、なるべく自分が辿った道の痕跡を消したり、あえて、あさっての方向に足跡つけ、野宿したような残骸を置き、追手を意識して攪乱しつつ、食事と睡眠以外はほぼ疾走。
しばらくは追手から遠ざかることに専念したものを、雪がちらつきだすと、やや足を緩めた。
俺が住んでいた農園でも、凍死しそうに冬は厳寒。
ただ、狼族だけは雪が吹き荒れる極寒でも、外での長時間の活動が可能。
手触りがさらさらながら、氷点下でも体温を保ち、水に濡れても凍らない、特殊で頑丈な毛をまとっているからで(産毛も効果抜群)。
加えて、どれだけ環境が過酷だろうと、パフォーマンスをさほど落とさず走り回れる、超越的な身体能力があるから。
おかげで、ほかの種族が蓄えを消耗しながら、家にこもりがちな真冬でも、狼族は活発に食料や物資調達、また稼ぐことができる。
冬も自給自足可能なほど、自立して生きられるので、俺のような一匹狼が多いと聞く。
群れで生活する野生とちがって。
まあ、ヒトが探しているのなら、村や町から遠く、ばらけて住んでいるのは、いいのかもしれない。
ゲームプレイ中も転生後も、遭遇したことがない同族の身を案じながら、みるみる雪が積もっていく、さらに山奥へと。
胸くらいの高さの積雪でも、狼族は屁でもなく突きすすめるものを、ヒトはままらないだろう。
一旦、村や町にもどるか、拠点を設けて冬越えをするものと見こみ、俺も俺で食料調達がままならなくなってきたので、洞窟などを仮の住処にし、三、四日、ゆっくりと過ごし、蓄えを増やしてから、前進というのを繰りかえした。
本格的に冬の時期に差しかかって、思った通り、遠くまで見回りをしても、まるでヒトの気配はせず、往来のあった跡も見られなかった。
燃えるコテージから、遮二無二逃げてきたのが、遠い昔のように思えるほど、今は切迫した危険性がないからに「冬を超える前に、世界の果てに辿りつければ」と希望を見いだしかけた、矢先。
かすかに焦げ臭さと、血の匂いが鼻についた。捕食動物のいないこの世界で、血生臭い匂いをさせるのは、種族とヒトだけ。
ヒトの追手の可能性が高かったが、狼族かもしれない。
ほかの種族なら、雪に閉ざされた山、しかも、こんな森深くに辿りつくもっと前に息絶えるだろうし。
「俺のように逃げきてた狼族かも」と匂いを追いかけたら、急斜面の下方の地面に、うっすら雪をがぶった、それを発見。
下まで急斜面が削れているに、天辺から滑り落ちたのだろう。
負傷して足を滑らせたらしく、斜面の雪に血が点々と。
下で倒れる腹部も赤く染まっている。
出血して失神しているとなれば、この極寒にあっては尚のこと、すぐに洞窟に連れていき、たき火のそばで治療をしないと。
と、分かっていながら、斜面の天辺から覗きこんだまま、身動きできずにいた。
三角の耳をはやしていない、それはヒトだったから。
しかも羽織る毛皮のコートには、見覚えも、嗅ぎ覚えもあった。そう、俺の耳や尻尾と同じ。
狼族の毛皮のコートを羽織れば、狼族以外の生き物も、極寒の雪山に踏みこめるだろう。
とはいえ、この世界ではコートを作っていない。
生え変わりで抜ける毛の量でで作れるのは、手袋やマフラーくらい。
「大の男の全身を包むだけの毛を調達するには」なんて考えたくもなかった。
毛皮を羽織るヒトを見下ろしているだけで、吐き気がこみあげてくるし、自分で自分が怖かった。
ピンが教えてくれたり、新聞に書かれていたことには、狼族は人と接触すると凶暴化すると。
もし本当だったとして、助けようとして豹変、我を失くし、ヒトを食うかもしれず、理性をとばしたまま、村や町の種族に襲いかかるのでは。
どれだけ狼族を手にかけて、作ったのか知れない毛皮のコート。
それを羽織っているのを目の当たりにしては、もっとヒトへの殺意が湧くはず。
生まれてこの方、一回も手をあげたことがなく、暴力と縁遠かった俺が、今更、ヒトを八つ裂きにしたいと思わない。
理性のある今のうちは、ヒトへの憎しみでなく、己への恐れのほうが断然優っている。
見て見ぬふりをするのが、自分のため、あのヒトのためではと思い、去ろうとしたとき。
倒れたヒトが苦悶して身じろぎ、腹に手を当てたのを見とめた。
腹部の赤い染みが広がるのが、ピンの最期のさまと重なってしまい、そして。
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