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転生してスローライフを送っていた俺は、愛しいあなたのために銀郎の遠吠えを響かせる

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「もうピンは二度とこないかもしれない」と思いかけていた矢先、真夜中に呼び鈴が。

ピンにしろ、夜の訪問をしたことないのが、果たして扉を開けると、憔悴したように、うな垂れる彼が。

家に入るよう、うながす俺の腕にしがみつき、一週間遠のいた、抜き差しならない理由をまくしたてたもので。

狼族に襲われ、仲間が殺されたとヒトが騒ぎ立てているらしい。

「ピース ワールド」のゲーム上、どの種族も暴力的な干渉ができないはずが、ヒトの言い分としては「私たちを一目、見たとたん獰猛に」「ヒトと因縁があり、本性を剥きだすのでは」と。

ヒトとの接触をきっかけに凶暴化した狼族は、農園を荒らしたり、町を壊したり、放火したり、盗みをしたり、ヒトに対してだけでなく、種族たちにも迷惑行為をするように。

これまで、こういった事件が起こらなかったので、対処のし方が分からない種族らに代わって、ヒトが狼族を捕えて幽閉。

元にもどす方法が見つかるまで、自分たちが世話をすると申し出て、ある依頼もした。
「狼族を見つけたら、我らに知らせるか、引き渡してほしい」と。

狼族に秘められた野蛮な本性があっては、この平和な地が、いつ滅びるともしれない。

それを未然に阻止するため、国中の狼族の身柄を確保。
ヒトの独自の知識と技術を用いて、狼族の凶暴性について調べようとのこと。

長い歴史上、初めて露見した狼族の危険性。
降って湧いたような事態に、種族たちは意見交換をするも、もたついてしまい、結論をだす間もなく「狼族を放っておけば、ヒトも滅亡するかもしれないから」とテッポウを持つ軍隊を引きつれ、ヒトは遠征に。

遅れをとりながらも、海の町の者は伝書鳩をとばし、各地域にヒト関連の情報を伝え、狼族の処遇について知らせた。

「各村、町の判断に任せるが、ヒトが訪れたとき、すぐに引き渡せるようにしておいたほうがいいかもしれない。
そう書かれていたらしい。

そのことを聞いて、新聞で詳細も知って、どうしようかと頭を抱えたよ。

正直、ヒトを殺したという狼族、その一人のお前に、あらためて会うのが怖かった。
なんだかヒトに協力しないといけないようだし、だったら、ちょうど山にこもっているから、なにも知らせず、放っておこうかとも思ったけど・・・」

くしゃくしゃの新聞に目を通し、絶句していた俺は「シンバ」と呼ばれてはっと。

顔を上げれば、膝につかんばかりに頭を垂れるピンが、震えながら、ほとほとと涙をこぼして。

「長年、つきあってきた中で、お前はすこしも本性の欠片も見せたことがないよな。

『どうせ、そんなにお金使わないから』って売り上げの分け前を多めにくれたり、山で採れたもんを俺を含めて町の人に無償で分けてくれたり。
そもそも、一緒にいるだけで、なんかほっとするし、話せば愉快だし・・・。

ヒトが云うように、お前に悪魔的な一面があるとは、とても思えないけど、本当のことは分からない。
すべて打ちあけたら、お前に殺されるかもしれないとも考えた。

でも、でもな・・・俺は山にこないでいられなかった。
人がくる前に、お前に逃げてほしくて・・・」

老人のように体を萎ませての、涙ながらの親友の訴え。
その切実さを裏づける新聞の記事。

転生後、心から満喫していた、農園引きこもりスローライフもおしまいか。
と、踏んぎりをつけ、ピンと逃げる手立てについて話しあった。

幸い、俺には当てがあった。
逃亡先候補に世界の果てが。

ヒトが渡ってきた海は、ゲームでは見えない壁が塞いで、浅瀬までしか行けない。

そう、オープンワールドといっても世界は有限。
とくに「ピース ワールド」はすこし古いゲームなので、すでにマップの追加はストップ。

その全体像は最新のゲームと比べれば狭い。
しかも、俺が住む山は、見えない壁で囲まれた世界の隅のほう。

この設定は町で売っている地図にも反映されて、見えない壁の向こうは白紙状態。冒険者が足を運んだところで、景色はつづいても、白紙のところに踏み入れなかったとか。

だったら、逃げ先にふさわしくないようだが、世界を区切る壁については言い伝えがあるのだ。

「真に救済を求める者に、選択の道は開かれる」と。

「見えない壁のどこかに亀裂があって、それはゲームの核に至る入り口だ」とプレイしているときも、都市伝説のような噂を聞いたからに、たしかめる価値はあるだろう。

そのことは伏せて、言い伝えのことだけ持ちだし「地図の白紙部分に向かう」と提案したところ、ピンも賛成してくれ、その日は売り物の荷台を引いて、一旦、町へ。

翌日、旅の必需品を持ってきてくれ、これからの計画と、農園をどうするかについて、りんごの加工作業をしつつ、話し合いに話し合いを重ねた。

伝書鳩の知らせでは、ヒトの遠征軍はまだ遠くにいるというし、町の人は俺のことを知りつつ、目を瞑ってくれているようなので、そう慌てずに、時間をかけ念入りに準備をしようとした、のだが。

ピンと放れがたくもあって、のんびりしていたのが仇となった。

いよいよ出発という前日、真夜中にけたたましい呼び鈴。

前にも夜の訪問はあったものを、いつまでも呼び鈴を鳴らすのに、胸騒ぎがして猛ダッシュに玄関の戸を開けたところ。
体中腫れて、青痣、切り傷だらけの、満身創痍なピンが。

手で押さえるお腹に、赤い染みが広がっているのを見て「とにかく中へ!」と腕をつかもうとしたのを、逆につかまれた。

骨を軋ませるほど、強く絞めつけ、呻くように曰く「許してくれ・・・」と。

「ヒトの別部隊があったらしくて、狼族がいないかって、そいつら、町を探し回ったんだ。
町には狼族はいないけど、誰かが、俺が友人だって、チクったみたいで。

お前の居場所を吐くよう、迫られて・・・こんなに痛めつけられたのは、生まれて初めてだったから、耐えられなくて、教えてしまったんだ。

解放されてほっとしたけど、でも、気づいた。

よほどヒトのほうが野蛮だって。
だったら、シンバはもっと虐げられるかもしれない。

そう思って、死に物狂いで逃げだして、近道をして、どうにかお前に知らせようと・・・」

「分かった!分かったから、手当てを!」と引っぱろうとするも、びくともせず「俺を許してくれ!」と膝を屈した。

「俺を許すために、逃げて生きてくれ・・・!どうか・・・どう、か・・・ど、う・・・か」と譫言のように懇願して、突然ばったりと。

「ピン!」と仰向けにし、胸に耳を当て、首の脈に指を添えたが、鼓動も血の巡りも完全停止。

抱きしめて大泣きしたいところ、歯を食いしばり、旅路の準備をしてから、もどってきて、家の真ん中に遺体を寝かせた。

髪、耳、尻尾の毛を抜いて、ピンの胸にお供えし、暖炉の火を松明で運んで、遺体に点火。
家に燃え広がる前に外へでて、森に差しかかる手前で、あらためて向き合い、合掌をした。

すこしもすれば、ヒトが駆けつけ、行先を調べるのに家を荒すだろうし、ピンの遺体も冒涜するように扱うかもしれない。
と、考えての放火。

コテージが火事になっても、森に燃え移らないよう、辺りに木や草を生やさないど、もともと、対処はしてある。

ほぼ風もないとなれば、山火事にはならないだろう。

「いや、山火事になっても、知ったことか」とピンに手を合わせたあとは、すこしも踏みとどまりも、振りかえることもなく、暗い森の中へと、狼族の健脚でもって疾走していった。

町の人に恨みはないとはいえ、チクったやつのせいで、ピンが死んだのだから「山火事ですこしは迷惑をすればいい」と投げやりな心境に至ったものだ。




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