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転生してスローライフを送っていた俺は、愛しいあなたのために銀郎の遠吠えを響かせる
①
しおりを挟む風邪と思っていたのが、ずっと重い病気にかかったらしい。
家で適切な対処をし、安静にしたものを、三日経っても症状が緩和せず、むしろ熱の上昇がやまずに三十九度台へ。
「これは救急車を呼ぶレベルかもしれない」と判断するも遅く、全身焼かれるような熱に眩んで、スマホに手が届かず失神。
マンションの住人と交流がなく、そう頻繁に連絡する友人知人もいないとなれば「ツんだ」と天に召されるのを覚悟したが、意識を落として間もなく、真っ暗な視界が眩くなって、目をかっ開いた。
深夜の暗い部屋にいたはずが、燦燦と太陽が照る外に。目に染みるように、空は真っ青で森が青々と。
そして俺が佇む向かいには、マンションでなく、煙突のある木のコテージ。
インドア派な俺には、こんな森奥深くに別荘を建てた覚えはないが、見覚えはあった。
オープンワールドのゲーム「ピース ワールド」でオリジナルに作りあげたもの。
自分の体を見てみれば、ファンタジーの世界のザ・村人な装いに、一応、人型なれど、体毛や髪が銀色。
尻からは、ふさふさの尻尾が生え、頭にはぴんとした三角の耳。
そう、種族から、体型、顔つき、体毛、瞳の色とオリジナルに組み合わせたアバター。
狼族のシンバだ。
マンションの一室で孤独死したかと思えば、毎日ログインしていたゲームの世界へ。
ここが死後なのか、植物人間になって夢を見ているのか、知れなかったが、なににしろ転生先が「ピース ワールド」で一安心。
ファンタジーでも戦闘系ではなく、仮想現実でスローライフを送るタイプ。
まずは人に雇われ働いて、稼いだお金を元手に、学校に行って役人になる、店をかまえ商売をする、土地を買い農業をする、世界を旅して回るなど、あらゆる選択肢から、自分のしたいことを成す。
俺が選んだのは人里はなれたところでの、りんご農園経営。
現実では人間関係に胃を痛くすることが多いので「ピース ワールド」に求めるのはゲーマーとの交流ではない。
こつこつ、りんごを育て、農園の経営に勤しむという、作業的なプレイに没頭しつつ、高画質なグラフィックの抜けるような青空、満天の星ちらばる夜空を眺めて、頭を空っぽにぼうっとするのが、休日の癒しだったもので。
多くのプレイヤーがたむろするオープンワールドで、あえてディスコミュニケーションで細々と暮らすのが醍醐味。
とはいえ、生産するだけでなく、りんごは加工品も含め町に運び売りさばかないと収入は得られない。
ので、その手伝いをしてくれる詩人のドワーフ族、ピンとのみ交流あり。
俺とは対照的に「オイラのトモダチ百人!」と豪語するほど、リア充ならぬ、仮想現実充。
の割には、オープンワールドで殻に閉じこる、コミュ障の面倒プレイヤーなんか、わざわざ気にかけ、親切にしてくれるあたり、リアルにはそうパーリピーポでないのかもしれない。
町から農園のある山奥まで、移動に時間がかかっても、足しげく通って「売れない詩人だから助かる」と云いつつ、りんごと加工品を売りきってくれるし、収獲やジャム作りなどの手伝いも。
口の減らない、おしゃべりなれど、ゲーム進行に関わる情報と、町で起こった愉快爽快なできごとだけ教えてくれ、自虐的に笑わせる以外、人を卑しめたり無責任にゴシップ的な噂を口にはしない。
なんでもござれなゲーム内で、基本的な礼儀を弁えて、こちらを尊重してくれるから、ありがたくあり、商売して食っていくにも欠かせない存在。
分身のアバターではなく、生身の本人として生きていくには、尚のこと、必要不可欠な親友だったが、果たして、転生後も変わらず、ピンは快く手助けし、節度を持って接してくれた。
が、その日、コテージにきたピンの顔色はすぐれず。
家の中へ招き、リンゴのジャム入りの紅茶をだして、事情を聞いたところ「海の向こうから、ヒトという生き物が船でやってきたらしい」と。
「今のところは友好的に、海の町の人と交流していると聞く。
ただ『テッポウ』っていう生き物を殺せる道具を持っているとの噂を耳にして、なんとなく、不安になって・・・」
「ピース ワールド」では働かなかったり、長くプレイしなかったりすると飢える。
それか寿命を迎える、この二パターン以外、死ぬことはない。
バトル系ではないから、お互い危害を加えるのはもちろん、迷惑行為もできず、天災が起こる、病気するなど、死に至るようなイベント、仕組みはなし。
転生してから、現実的に生活を送るようになっても、極力、死を匂わせない、この世界のあり方は変わらず。
はずが、ヒトがテッポウをたずさえ、ご登場となれば、ピンが懸念するのも分かる。
第一にゲームには人型をした種族がいても、ヒト自体はいない。すくなくとも、俺がプレイしていたときには、海は浅瀬までしかでれず、かなた向こうからヒトが渡来するストーリー展開はされなかったし。
そう、これまではゲームの世界観、シナリオ、設定、ルールはプレイした通りのまま、変更や上書きはされないでいた。
のが、転生して半年後にイレギュラーな事態に。
かつて人間社会に疲れて逃避していた世界に、ヒトがでしゃばってくるとなれば、いい予感はしない。
「海のある町は遠いから、ここまでヒトは足を延ばさないかもしれない」とピンを宥めながらも、ヒトについて噂があれば、どんな些細なことでもいいから教えてくれるよう頼んで、荷台を引いていくのを見送った。
が、翌日、ピンは訪れないで、代わりに伝書鳩を。
「外せない急用があり、しばらくコテージにいけない。
とりあえず、昨日の売り上げを渡して、あとのことについては追って連絡する」
ゲームをプレイしていたときも、転生してからも、一日も休むことなく顔を見せてくれた。
その習慣を、なんの前触れなく中断したとなれば、よほどだろう。
なにせ「海からヒトがきた」と聞かされた翌日のこと。
「関係がないといいけど」と願いつつ、売りにいけないりんごをジャムにしたり、砂糖漬け、酢漬けにしたり、ドライフルーツにしたりと、せっせと加工。
りんごの収穫時期が終わるころ。冬越しに求める人のため、保存食づくりに取りかかる予定だったから、ちょうどよかったものを、ピンの来訪が途絶え一週間後、丹精をこめたその作業がぱあになることに。
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