俺と間男と昇り龍

ルルオカ

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俺と間男と決闘

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一応、警戒したものの、待ち伏せされるなどなく、隣町の高校の体育館にある道場まで問題なく、たどり着くことができた。
木戸をスライドさせると、こちらに背を向けて柔道着姿の男が立っていた。

「精力善用」「自他共栄」と筆ででかでかと書かれた、武道の心得のようなものを見あげている。

男でありながら、長い髪を上のほうで結んでいるあたり、やはり武士っぽく、心得を見あげる背中も、妙に雰囲気があって、スポ根漫画の一場面みたいだ。

全面畳が敷かれた室内には、ほとんど物が置いていなく、背中以外に人もいない。
一人で待っていることは予想していたものの、その馬鹿正直さにあらためて呆れつつ、物音に気づいているだろうにふり向かない背中に「おい」と声をかけた。

ふり返った相手は、武士っぽく渋い表情をしながらも、顔のつくりは今風のイケメン。
悔しいけど、彼女が浮気をしたのもしかたなく思えた。

「よく、きてくれた」と年不相応で仰々しい台詞を吐くあたりは、時代錯誤的とはいえ、いわゆるギャップがたまらないのかもしれない。

「まさか、学校の道場を指定してくるなんてな。
女を懸けた闘いなんてしたら、罰が当たるんじゃないか?」

「好きな女性を懸けて闘うことが、邪なことだとは僕は思わない。
女性は尊い存在なのだから。

とはいえ、学校も社会も、好きな女性のためといって、学生の私闘は認めないだろう。

もし、決闘したことで君が処分を受けることになるのを、僕は望まない。
だから、我が柔道部を含め他の運動部が出払ったこの日、より人目がつかない、密室の道場に呼んだのだよ」

「君が処分を受けることになるのを、僕は望まない」というのが癪に障ったものの、人目がないのは、別の理由でこちらにとっても都合がいいので「それは、ご配慮いただいて」と言うに留める。

嫌味と気づいていないのか「うむ」というように肯いた相手は「では、決闘のルールについて」と言いつつ、布の袋を掲げてみせた。

「こうなったら、勝ち負けというのはない。
相手がギブアップと言ったところで終了だ。

僕が最後まで立ちつづけていたら、君は彼女と僕のことを口出しせずに近寄りもしない。
君が最後まで立ちつづけていたら、僕のほうがそうする。
これでいいか?」

「別にかまわないけど、お前、けっこー嫌な奴だな?
聞いたぜ。
柔道でインターハイに出場したこともあるって。

そんな奴が、帰宅部の俺に決闘をしかけるなんてな」

「君は中学のころ、喧嘩は負け知らずで、高校生の不良も倒していたと彼女から聞いたが。
だったら、実戦での強さは君のほうが上かもしれない。

でも、君の言うことも一理あるから、僕は右手を使えないようハンデをつけよう」

そう言って、相手は布の袋を右手に被せて、手首に紐を巻くと、片手と歯で縛りつけた。

「確認するかい?」と袋で覆われた右手を差しだしてきたのに、首を横に振り「さっさとやろうぜ」とトレーナーのポケットに手を突っこみ、顎をしゃくってみせた。
「分かった」と相手が構えたのに対し、俺は手を突っこんだまま仁王立ちでいた。

素人相手として、俺にまず先手を打たせようとしたのだろうけど、俺が不遜な態度のまま動かずにいるのに、苛立ちが募ってだろう、そのうち「はっ!」と勢いよく踏みだしてきた。

インターハイまで行ったことがある力量は伊達でなさそうで、凄みも動きも堂が入っていた。

反射的に後ずさろうとしたのを踏んばって、ポケットの中で拳を握りしめた俺は、相手の手がもうすこしで届きそうなところで、腕を振りあげた。

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