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俺と間男と昇り龍
①
しおりを挟む彼女に会いたいと言われたけど「バイトだから」と断った。
と見せかけて、交際してから三ケ月記念ということで、花束を持って、事前連絡せずに突撃訪問するというサプライズを決行。
きっと彼女は感激するだろうし、盛り上がってそのまま・・・・なんて考えながら、彼女のアパートのドアを前にして、深呼吸をしてインターフォンを押した。
ジャケットを整える間もなくドアが勢いよく開けられたものの、髪と服を乱したまま彼女は俺を押しのけて、花束の花びらを散らして、駆けていってしまった。
察しのいいほうな俺は、彼女を追いかけずに玄関のほうに振り返って、くだびれた汚いスニーカーを発見。
元陸上選手の彼女には追いつけないと判断をして、靴を脱いで放り、部屋の中に入れば、案の定、上半身裸の男がベッドに座っていた。
金髪にピアスを開けて、やんちゃな見た目をしている俺だけど、喧嘩はしたことがない。
が、ここで拳を振り上げないでどうすると、長い黒髪のひ弱そうな相手に詰め寄ろうとしたら「すげえ逃げ足」と男はのっそりと立ち上がった。
華奢で肌の色が白く、大人しそうに見えて、中々態度がふてぶてしい。
間男が居直ってみせたのだから、殴りかかるにはもってこいのタイミングだったけど、立ち上がった男の全容を見て躊躇った。
なんたって間男は最終形態に近く勃起したままでいたのだから。
普通なら女の彼氏に浮気現場に踏みこまれたら玉が縮こまったり、そうでなくても、こんな形で中断されたら萎えるものだろうに。
よほど彼女が良かったのか、と思うと、はらわたが煮えくり返りそうでいて、恥ずかしげもなくジャージのズボンをもっこりさせているのを見ると、どうにも気が削がれる。
「それ、どうにかならないのか」
目を逸らしつつ指摘すれば「え」としか返ってこず「それ」が分からないらしい。
しかたなく、視線をちらりとやったら、一呼吸ほど置いて間男は股間を見下ろし「ああ、無理だね」とぬけぬけと言いやがった。
「俺、自分では抜かないから」
「ああ?」とつい柄の悪い声をあげて、でも、もっこり野郎にマジギレするのも馬鹿馬鹿しいから「なんで」と一応、聞いてやる。
「だって、自分の手で抜くの虚しいじゃんか」と言うのにも、なんとか堪えて「じゃあ、そこらに散らばっているやつで、トイレで抜いてくれば」と声を震わせつつ、アドバイスをした。
さっきから気になっていたのだ。
ベッドの上や近くの床に大量に落ちている「大人のおもちゃ」が。
間男は傍らにあった電マを手に取って、電源を入れるも「うーん、やっぱ無理」とスイッチを切らずに放り投げる。
「人肌じゃないとだめ」とまで抜かすから、この状況でよく、そんなわがままが言えるなと、いっそ感心して、拳の力も怒りも抜けていった。
浮気をした彼女に猛ダッシュで逃げられて、電マの振動音が鳴る浮気現場で、もっこりを見せて憚らない間男に頭を下げられるどころか「抜けない」と自慢するように言い張られる始末。
神はこの世にいないのかと、途方に暮れていたところ、間男がもっこりをこちらに向けて、まじまじと見てきた。
やっぱり察しのいい俺は「死んでも手を貸してやらねえぞ」と手を背に隠したものの「いや、俺だって男の手でイかされるのは死んでもごめんだし」と無礼千万に返してくる。
この間男のおこがましさは果てがないのか。
怒るより呆れているうちに、今後は下のほうを見てきたので、さっと内股に。
「殺すぞ」と低い声で唸れば「誰が嬉しくて、ちんこを後ろから擦りたいよ」と鼻で笑われて、だったらもう諦めろと言おうとした矢先に「脇、貸して」とハンカチ貸して、のノリで言われた。
盲点だった。
たしかに、人の股は下半身だけに非ずだけど、他の部分で擦る発想なんてない。
普通はない。
ただ、ベッドや周辺に大人のおもちゃをちらかしている間男が、普通なわけがない。
「へ、変態が!」と脇に手を差しいれて、胸を隠すように腕をクロスさせると「別にいいじゃない。あんたが何も感じないのなら」と間男は冗談でもなさそうに言って、俺の脇に視線をロックオンしている。
なんで彼女に浮気された挙句、間男を自分の脇でシこらせてやらなければならないのか。
そんな理不尽なことは、とても受け入れられず、間男のを脇に挟むくらいなら、一発殴って怒鳴りつけたいのを諦めて、このまま去ってもかまわないと思った。
もしかしたら、戻ってきた彼女に「なんで勃起させたままで、帰っていないのよ!」と責められ、しめられるかもしれないし。
せめて、去り際に一言、言ってやろうと、捨て台詞を考えていたら、そんな俺の心を読んでか、単に早く抜きたいからか「はやくしたほうがいーぜ」と、そのくせ呑気そうに行ってくる。
「あの子、『や』のつく人の愛人でもあっから。
多分、今、その人んとこ駆けこんでんじゃねえの」
まだ他に浮気相手がいたのかと、ショックを受ける以上に「や」のつく人という言葉が胸に刺さった。
正直、ひやひやしたとはいえ、嘘の可能性も考えて「だから、どうした」と強がって笑い飛ばす。
「俺がここを去って、お前がその状態で残れば、お前だけがボコボコにされるだけだろ」
「そうかな?
きっと、あの子は、二人の男に襲われたって、そいつに泣きつく。
で、いざ来てみたら俺しかいないから、もう一人の男はどこだって、聞き出そうとするだろうね。
俺、痛いの嫌いだから、手を上げられたら、どうするか分からないな」
笑い飛ばされたのもなんのその、人を食うような笑みを浮かべて、間男はスマホを掲げてみせた。
ピンクのスマホでデコレーションしてあるのは、彼女のだ。
画面には白目を剥いた俺の顔が表示されている。
はっとして、スマホを奪い取ってやろうかと思ったものの「あ、もう、俺のスマホに電話番号とか転送してあるから」と言われ、指を滑らせたスマホを再度、見せられた。
「で、これが、『や』のつく人」
よりによって、立派な昇り龍が描かれた背中を晒して、その背中越しに顔を振りむけて銀歯を覗かせて笑っている厳つい男。
俺が部屋に踏みこんでくるまでの短時間で、そこまでの嘘を考えだし、画像を用意したとは思えない。
それに、あいにく、俺には覚えがあった。
彼女と一緒にいてスマホに電話がかかってくると、彼女が顔色を変えて「ちょっと、ごめん」と慌てたように、その場を離れて電話していた、ということが何回か。
だから、正直、この間男を目の前にして、そんなに驚きはしなかったのだけど、もう一つ気になっていたことがある。
一瞬、着信したときに見えた彼女のスマホに、昇り竜が目に入ったことが、だ。
そんなこんながあって、男の戯言を嘘だと切り捨てられない。
もし本当だったとして、男はすぐに白状をして、俺のところにも「や」のつく人がやってくることになるだろう。
一方で二人で逃げだせば、彼女は浮気していることを「や」のつく人には知られたくないから「見も知らない男に襲われた」と嘘を吐き、俺らの素姓を明かすことはないに違いない。
何度も言う。
俺は察しがいい。
だから、こんな時でも「ふざけたこと言ってんな!」と殴り倒せばいいところ、間男の言い分を検討してしまう。
で、なるべく早く、このもっこり間男糞野郎を脇でイせる必要があると、結論をだしてしまった。
冷静に判断しているつもりとはいえ、自分でも狂っているとも思う。
男が達したら、あらためて殴ってやると、思いつつ、俺は花束とジャケットを放って、下着ごとシャツを脱いだ。
俺の上半身裸を見ても、男のもっこりが萎まないのに舌打ちしたくなったけど、部屋の真ん中あたりまで歩いて行って、黙って背を向け膝立ちになった。
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