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男が定期券を懐にいれたがる心理が分からないでもない
しおりを挟むニュースで、ある窃盗犯の盗品が紹介された。
ブルーシートにずらりと並べられたのは、おびただしい数の定期券。
盗人はコノミの女子高生の持ち物を欲しがり、キーホルダーやポーチ、そして定期券を盗みまくったらしい。
キーホルダーとかならまだしも、なぜに定期券?相手にしたら、もっと迷惑だし。
「その心理、同じ男でも、さっぱり理解できん・・・」と呆れかえったものだが。
高校入学し、新生活がはじまって二か月。
時間のかかる電車通学にも慣れてきたころ、ホームで定期券を見つけた。
駅員さんに届けたところ「ああ、ちょっと待ってくれる?」と携帯で電話。
「おまえなあ」にはじまり「うん、うん、分かった」で終わり、俺と向きなおって「ワルイけど」と。
「たしか、きみは東中駅までだよね?
落としたヤツ、その二つまえの坂田駅にいるから、渡してやってくれない?
電車の出入り口付近で待っとくよう、云ってあるから」
電車がくるまで時間があったので、しばし話しこんだに、落としたのが中学の同級生の中野だということ、また駅員さんの甥っ子だと知れた。
まあ、まったく知らない仲でもないしと、落としものの定期券を手に持ち乗車。
渡すときは、ドアが開いて閉まるまでの時間が短く「ありがとう!」「気をつけろよ!」と慌ただしく、やりとりをしただけ。
「ちょっと、いいことをしたな」といい気分になったとはいえ、そのあとは、なにかと忙しく、朝の珍事を忘れかけていたのが、電車で帰ってきたとき。
ホームのベンチに中野が座っていて「よお、朝はありがとな」とあらためて礼を。
「時間、あるか?」とベンチの隣を撫でたのに、座れば「肉まんとピザまん、どっちがいい?」と差しだされた。
駅の近くにあるコンビニで、お礼の品を買い、ホームで待ってくれていたらしい。
駅員さんが叔父だから、何時くらいの電車でくるか聞いたのだろうが、それにしても「定期券くらいで、まあ、ご丁寧に」と苦笑し、ピザまんをありがたく受けとった。
桜散った春といえど、標高の高いここは、朝夕はまだ寒く、あたたかいコンビニ飯がすきっ腹に染みる。
しばし二人して、はふはふと湯気だつのを頬張り、食べおわると駄弁。
中学のころは、お互い、たまに話すクラスメイトでしかなかったのが、案外、気が合うようで。
とくにウケを狙ったり、奇をてらったことをせねばと、気負うことなくタアイナイ話を、とりとめなく、できるし。
たまに間ができたとして、白い息を吐きながら、暗く閑寂としたホームを二人で眺めるのが、ワルクない。
いつまでも、だらだらしていたい気分だったが「おーい、おまえら、そろそろ帰れー」と駅員さんに、うながされ、重い腰を上げて。
名残惜しいようながら、なんとなく連絡先を交換しないで別れ、高校がチガイ、お互い忙しい身、もう会うこともないと思っていのが。
翌朝、ホームでまた定期券を見つけ「昨日の今日かい!」と人気のないホームで、そりゃあ、ムダに声を張りあげてツッコんだ。
駅員さんに連絡してもらい、途中の駅で「ごめん!ありがと!」「ほんと、おまえ、バカか!?」とドアが開いた瞬間に手渡し。
で、その日の帰りもまた、ビニール袋を抱えた中野がホームのベンチに。
今回はからあげで、二人肩を並べて黙黙と食べてから、だらだら話すのも昨日と同じ。
さすがに翌日には、定期券を落とさなかったとはいえ、翌週に再三。
そのあとも、まさに定期的に定期券を落とし、そのたびに夕方、地元の駅のホームで(約束したわけでなく)待ちあわせ、中野の奢りで間食をし、時間が許すかぎり、なんでもないことを話しこんで。
はじめは「おまえなあ・・・」と呆れたが、すこしもせず、苦言をしたり、注意したりしなくなり、気にもしなくなった。
というのも、帰宅時の駅で会うのがタノシミになり、むしろ、朝に定期券を拾うと胸が弾んだから。
高校生になって、ひょんなことをきっかけに、あらためて親しくなっただけでなく、仲間意識のようなものを抱いたのだと思う。
なにせ、地元で電車通学しているのは、俺と中野だけだったし。
地元には、通いやすい公立校があるに、ほとんどの同級生はそこへ。
俺と中野、二人だけがヨソの高校にいき、だからといって、疎外感を覚えず、実際に仲間外れにされたわけではないが、すこし寂しかったのかも。
中野も似たような心境でいたから、いちいちお礼するのを、メンドウくさがるどころか、会うための口実にしていたのかも。
「俺に会いたいがために、わざと定期券を落としているのでは・・・」とちらりと考えたとはいえ、まあ、さすがに、そこまでは・・・。
あとから思えば、少女漫画風な妄想をした俺の頭は、なんと、めでたかったものか。
無自覚ながら、核心に触れないようにしていたのだろう。
学校のはじまる時間は俺とそう変わらないのに、どうして、いつも早い時間の電車に乗るのか。
なんて、ソボクな疑問も口にしないでいたから。
定期券を落とす理由を問えば、中野は答えてくれたはず。
と分かっていて、あえて聞かなかったわけ。
はっきりさせたら、俺たちの関係性が変わるだろうとオソレて。
その日は、友人の朝練の手伝いをするのに、いつもより早く家をでた。
電車に間にあうか、ぎりぎりのところで、息を切らし走りながらも「中野に会えるかも」とるんるん気分。
「おはよう、今日は早いんだな」と駅員さんと挨拶。
時間まえに到着したはずが「あれ?もう電車が」とつぶやくと「ああ、この時間の電車は、すこし、とどまっているんだ」とのこと。
「中野はもう乗ったのかな?」ホームにでたところ。
小走りの中野を発見。
声をかけようとしたものを、もたもたするあまり、定期券を鞄にしまおうとし、落とすのを目にして。
「なにを、そんなに慌てて」と眉をしかめ、定期券から前方に視線をうつすと、電車の出入り口付近に、セーラー服の女子が。
彼女のいるもとへ跳び乗り、頬を真っ赤に呼吸と鼻息を荒くしながらも、満面の笑みの中野。
そのうち、二人は奥のほうへいったが、俺は立ちつくしたまま、ドアが閉まって発車したのを見送って・・・・。
それから十時間後くらい、電車で地元にもどってきたところ、いつものように中野がホームのベンチで待機を。
電車から降りて、向きあい「今日は拾わなかった?」と聞かれ、首をふる。
「そっか」とうなずくように顔を伏せたのに、それ以上はなにも云わず隣に座り、差しだされたコロッケを受けとり、ぱくり。
無言で食べる俺をよそに「まあ、いいんだけどさー」と中野はぶつぶつと。
「明日いったら、冬休みだしな。
にしても、とうとう地元の駅以外で定期券、落とすようになっちまって。
ほかじゃあ、おまえが拾ってくれないし、ちゃんと気をつけないと」
うんともすんとも応えず、まえにニュースで見た、女子高生の定期券を盗みまくった男のことを思いだした。
似たような立場になっても、やっぱり、そいつの心理は解せなかったが、定期券を隠し持つ理由には、いやというほど心当たりがあって、我ながら、げんなりとしたものだ。
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