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ほんとうに俺はあなたを、あなたが俺をスキなのだろうか③

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俺なんかより早く、玉木さんはとっくに結婚をしていた。
入団して四年目のこと。

権力争いに負けて、団長が去ったあおりを受け、干されていたときだ。

相手は、仕事を通じて知りあった女性で、今は家庭に入っている。
子供が一人いての、円満な家庭なのだと思う。

「思う」というのは、あまり玉木さんが話さないから。

結婚報告と出産報告をして、そのとき祝福されたくらいで、あとはさっぱり。

案外、プライベートと仕事をきっちり分けるタイプで、現場ではノロケたり、親バカぶりを見せたりせず、ほかの既婚者と、家庭的なトークで盛りあがらない。

「あんないい人だけど、自分たちに心を開ききっていないのか・・・」とはじめは
気にする人もいたが、そこは玉木さんだから。

仕事仲間の誰に対しても、家庭を持ちこまない姿勢を崩すことなく「この人には話すけど、この人には話さない」と不平等に扱わなかったに、まわりの不服はすぐに失せたもので。

まあ、といっても、劇団、業界、演劇ファンたちの間では「暗黙の了解」で済んでも、テレビでスター扱いされだしたら、そうもいかない。

俺がリークして半年後、やっと「国民的スターに成りあがった舞台俳優、玉木が結婚を隠していた!?」とネットのニュースがばばん!と。

もともと玉木さんは、女性人気が高かったものの、世間の知名度があがり、とんでもモテ期が到来。
といって、もとより、妻帯者の自覚ありきに、異性との距離を一定に保つ玉木さんの態度は、変わらず。

おそらくマスコミは「よしよし、調子こいて、素行をわるくしたり、不倫をしろよー」とネタをあたためていたのが、空ぶり。
悔しまぎれに「女性人気を手放したくなくて、結婚を隠していた卑怯者!」との論調で報じたらしい。

が、これまた空ぶり。

取材記者の「どうして隠していた!」と責めるような質問の嵐に、挑発に乗らず、感情的にならず、しおらしくも真摯に玉木さんは対応。

このやりとりだけでも「なんと失礼千万な記者だ!」と世間やファンは怒り、子供の写真を隠し撮りしたのにも「ストーカー行為だ!」と非難する人が多数。
「雑誌を買っては思うツボだ!」と週刊誌の不買運動が起こったほど。

実際、さほど週刊誌の売りあげが伸びなかったのか、マスコミは玉木さんにかまわなくなり「結婚報道で株を上げた人柄にマスコミ一同感服」と媚びてくる始末。
俺はもう、数えきれないほど、ネット雑誌で叩かれまくったのに・・・。

人生を破滅させることが大得意なマスコミの手によって、むしろ玉木さんは、より国民に愛されるスターへと成長。

報道後も、家庭について頑なに語らず、ふるまいを変えることなく。
仕事関係者、ファン、世間がそのことを尊重して、まわりも変わらず応援しつづけるという、なんとも平和な結果に。

「玉木さんも道連れに」とリークした俺だから。

そりゃあ「俺と玉木さんとで、なにがちがうんだ!」と地団太を踏んだものだが、ヒステリーを起こしている場合ではなかった。

今回の一件で、もっとも立腹したのが、劇団や業界の人。
「よくも、俺たち私たちの玉木さんをイジメたな・・・」と。

そうして玉木さんラブで団結しているからに「誰がリークした?」とむしろ疑心暗鬼に陥って。

犯人捜しをするように、疑いの目をむけ、詰問してまわるヤツもいた。
まさに犯人な俺は「いつバレて、吊しあげられるか」と生きた心地がしなく「体調不良」を言い訳に、しばらく離脱。

とはいえ、スキャンダルまえに受けた仕事など、ヤマズミの処理を放っておけなく、一か月後、復帰したら、ちょうど、玉木さんが劇団に顔をだした。

俺のスキャンダルがでて、顔を合わせるのは、はじめて。

メールでは、そのことに触れず、普段どおりのヤリトリを。
いざ対面しても「体調不良で休んでいたくせに、顔色いいし、太ったんじゃないか?」と軽口を叩いてくれて。

こらえきれず、俺は涙をこぼした。

玉木さんはぎょっとしつつ「ああ、はいはい、あの話な」と手を引いて、大勢がいる楽屋から、人気のない裏通路に。

あらためて向きあい「どうした?」と聞かれるまえに「俺・・・!」とうつむいて口走った。

「俺が、玉木さんの結婚のこと・・・!」

かすかに息を飲む音。

その反応だけで縮みあがり「キラワレたら死ぬ!」ととてつもないキョウフに襲われて、肩をつかみ涙ながら訴えたことには。

「スキだったから!ずっと玉木さんがスキだったから!」

スキが恋愛的なものと伝わったと思う。

まだ離婚していない身で「どの口が」と我ながら呆れるが、みっともない弁解も、実際に口にしてみると、やけにしっくりくるような。

もしかして、本当にはじめから俺は玉木さんに恋をしていたのか。
「役者として俺のほうが上」と意地になっていたのも、嫉妬の延長で?

思いがけず自覚させられ、パニックになる間もなく、顔を両手でワシヅカミ。

そのまま引きよせられ、屈まされ、額をくっつけた玉木さんの艶然たる笑み。

「俺もじつは、おまえに一目惚れしたんだよ。
でも、おまえ、大の女ズキだったから、あきらめた」

「え」と肩をつかむ手を力ませたなら、鼻で笑い、跳びすさった。

すっかり、いつもの朗らかな玉木さんにもどり「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と肩をすくめる。

「結婚報告も、出産報告もして、べつに口止めをしていなかったんだから。
おまえだけでなく、話した人はいくらでもいるだろ。

今回の件は『今更、世間に公表する必要はないだろう』って判断した俺の甘さが招いたことだ。
どれだけ、まわりに騒がれようと『自分は変わらないし』って、ちょっと高をくくってたかな。

かといって、変わるつもりはないけど、まあ、もうすこし、まわりに、どう見られているか、気にしようかね」

結局、自分の責任だと反省をする始末。

「キラワレル!」と怯えていたくせに、徹底的にスルーされるのも、寂しいもの。

「怒られるほうが気がラク」といより、俺の告白も、玉木さんの告白もなかったことにされたのが、どうにも。

去ろうとしたのに「あの」と未練がましく。

「もし、会ったばかりのころ、告白していたら、人生、変わっていたと思いますか?」

一瞬、肩を跳ねつつ、片手を振っただけで、裏通路の暗がりに玉木さんは消えてしまった。




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