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俺が花火大会に行かなくなった理由

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夜に部屋で着替えをしていたら、腹に響くような破裂音がした。

「銃声?」と一瞬、思ったのつかの間、察しがつき、ため息を吐く。

俺の家は川に近い。
ので、夏になると、川辺で花火をする、その音が聞こえてくるのだ。

音の正体は、市販の打ちあげ花火だろう。

それにしても、ぴんとこなかったのは、今年の夏は、ほとんど耳にしなかったから。
このご時世とあって不要不急の外出をする人はすくないのか。

そういえば、花火大会もしなかった。
毎年、新聞社、二社が八月半ばと終わりにするのが。

家の近くで花火大会があると云うと、たいてい羨ましがられるが、そうイイものでもない。

近所の交通量と路上駐車が増えて迷惑だし、多くの人がうろついてウットウシイし。
そもそも、家からは微妙に花火は見えないし。

花火を「たまやー!」とはやす気も、人混みに足を運ぶ気もないので、ただただ騒音に苛立つだけ。

いや、もともと、こうしたイベントごとも花火もキライでなかったはず。
そう、五年前、高校三年までは花火大会に友人といき、人並みに浮かれていた。

花火大会にいかなくなった、きっかけはなんだったけ?

まだ破裂音が聞こえてくる暗闇を、窓越しに覗きながら、記憶を掘りかえす。

最後にいったのは、高校三年の夏の終わり。
受験勉強の息抜きにと、はしゃぎすぎたせいか、屋台を回っている途中、友人とはぐれてしまい。

花火の打ちあげが、はじまるころには、通りに一人ぼっち。

「今日だけは、とことん身軽になれ!」と全員、携帯電話も家に置いてきたから、お手上げ。
当てもなく、人混みを探しまわっては、見つかるころには、花火は終わってしまうかも。

高校時代最後の花火となれば、見逃したくなく、友人探しをアキラメ、夜空を見あげようとし、なんとなく、隣をちらり。

俺と同じくらいの背丈、年の、浴衣姿の男。

「横顔に見覚えがあるな」と思ったそばから「潮谷?」と呼んでいた。
やおらふり向いた彼は「近藤?」と俺の名を。

潮谷はクラスメイトだ。

顔をあわせれば、挨拶をするし、用があれば、話しかけるテイドの、親しい友人というより親しくないでもない同級生。

(俺にそのつもりはなかったが)俺はパリピな軍団、潮谷は大人しめグループと、クラスでおおまかに分かれていたので、じっくり接したことはなし。

潮谷の印象は「頭がよくて品のあるヤツ」。
潮谷の俺への印象も、似たようにざっくりしたもので、つまり、お互い、よく知らなかった。

まあ、知らないだけ「キライ」「ニガテ」と思うほどでなく、近くにいても気まずくはなくて。

ただ、どうしたものか。

頭を悩ませる暇なく、一発目の花火が打ちあがって、俺は前に向きなおり、潮谷もおそらく。

おかげというか「友人とはぐれたから」と言い訳して「一緒に花火を見ないか?」とわざわざ聞かずとも、そういう流れに。

俺と花火を鑑賞するのに異論はないのか。
潮谷は無言のまま。

それが、やや気づまりで「潮谷の家、近いのか?」と当たりさわりない質問を。

そのことを皮きりに、家庭や家族のこと、学校生活、友人についてなど、教えあった。
花火に半ば意識をとらわれながら、どこか上の空で、自分の情報を垂れ流すように。

友人相手や、男同士では、ためらいがあったり、恥ずかしくて、打ちあけにくいこともベラベラと。

最後の花火が打ちあがって、大会が幕を閉じたころには、疎遠なクラスメイト同士だったのが、親も知らない秘密を共有しあうまでに。

生涯で、これまで自分をさらけだし、人に受けとめてもらったことはないと思う。

花火大会が終わっても、二人とも興奮冷めやまず、まだ語りたらないとばかり、潮谷が駅に向かうのに、俺も勇んで同行。

人の列に混じって、のろのろすすむなか、ついには将来の夢について熱弁するに至り。
「これはもう、どっか店に入って、朝まで語り明かしたい!」と息巻いたものを、駅に到着したら、どうしてか二人とも頭が冷えて。

今更、もじもじして「じゃ、またな」と俺が目をそらしつつ、手をあげたのに「近藤も気をつけて帰って」と応じて、早足で潮谷は改札を抜けていった。

「じゃ、またな」の返しが、やや変化球だったのが気になったものの「まあ、三日後には新学期で会うし」と呼びとめることなく。

すこし緊張して、新学期の教室に踏みこんだら、どこにも潮谷が見当たらなかった。
あとからきた教師曰く「家庭の事情で急に引っ越すことになった」と。

この記憶のどこに、花火大会にいけなくなった原因があるのだ?

首をひねって、窓越しの闇を睨みつけていると、友人から電話が。

そう、最後の花火大会を共にいった友人だ。

ちょうど思いだしたところだったので、五年前、はぐれたときの話を(当時は、なんとなく潮谷と居たことを、友人らに云えなかった)。

一通り、説明してから「なんで、引っ越すこと教えてくれなかったんだろうな」と呟けば、しばし友人は無反応。
訝しむ間もなく、長くため息を吐き「もう、云ってもいいかな」と。

「じつは、花火大会のまえに、潮谷から引っ越すことを教えられて。
そのうえで、おまえと二人きりで過ごせる時間を、もうけてくれないかって頼まれたんだよ。

あのころの俺ら、いっつもいっつもツルんでて、パリピ軍団に見られて、近よりがたかったし。
うかつにアプローチしたら騒がれるかもって、おまえに迷惑をかけたくなかったんだろ。

潮谷に頼まれごとをしたのを、おまえに云うつもりはなかったけど・・・。

あいつ、結局、思いを打ちあけなかったんだな」

あの日、花火を眺めて、絶え間なくダベリながら、俺はちらちらと潮谷を盗み見していた。
リアクションが気になるというより、表情に惹かれてやまず。

きっと、やるせなさを噛みしめつつ、ほほ笑んでいた潮谷。
その横顔は、胸がつまるように美しくて。

記憶を上書きをしたくない俺は、死ぬまで花火大会にいけないのかもしれない。




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