10 / 35
酔った勢いのチューはもう・・・
しおりを挟む舞台俳優、佐賀さんは、俺の五つ上。
はじめて顔を合わせたのは、二人芝居。
それから十年ほど、親しくしている。
十年まえは、業界ですでに有名だった佐賀さん、無名でカケダシだった俺。
五つ放れていれば、俳優としての力量や経験の差があるものだが、俺たちは息があったのか、相性がよかったのか、二人芝居は大好評にしてロングラン。
二人芝居の成功をおさめてから、大規模プロジェクトの演劇、そのオーディションで主役の座を獲得。
もともと注目度が高い演劇で、公演をすると、さらに世間の関心はウナギノボリ。
演劇ズキ以外の人も熱狂する、一大ムーブメントとなり、もちろん主役の俺にもスポットライトが。
このことをきっかけに、業界外、一般的にも顔と名が売れて、舞台を中心に活動しつつ、ドラマ映画出演、タレント業もして大忙し。
「また飲みにいきたいね」との佐賀さんとの約束を、なかなか果たせず。
まあ、佐賀さんも業界内では引っぱりだこで、ブログで「なんてブラックなんだ!」と嘆いていたし。
いや、それとも、後輩の俺の活躍に、思うところがあるのだろうか。
二人芝居を経て、世間的な知名度では俺のほうが優ってしまい、佐賀さんを追いぬいたような形になったから。
そう、実際、まわりの人の態度は変わった。
無名のころは、鼻で笑って聞く耳をもたなかったヤツが、低姿勢になったり媚びてきたり。
逆に、親しくしていたヤツが、ムシしたり陰口を叩くようになったり。
佐賀さんも同じように豹変するとは思いたくない。
というか、想像がつかない。
だって、気さくで人懐こく、相手が誰だろうと、にこやかな態度をほぼ変えないし。
熱く演技論を語っても、俳優個別に「あいつはダメだ」「あのやり方はマチガッテいる」とイチャモンをつけず。
そうして愚痴を垂れ流すより、即興芝居をして「やっべー恥ずかし―!」と笑いこけるなど、いい年をして、子供のように遊びに興じる。
売れたことで環境が変わるのは、あるテイドしかたないと、割りきってはいるが。
先輩ながら「俺、この台詞、読めなーい、助けてー」と甘えてくる佐賀さんに「調子に乗りやがって」と唾を吐かれては、人間不信になりそう・・・。
佐賀さんとは絶えず連絡をとりつつ、その不安を拭えないでいたのが、いや、もう、杞憂もいいところだったようで。
二人芝居から十年経ち、やっとがっつりと共演することに。
俺が主役で、佐賀さんが二番手。
「逆のほうがよかったのに」と気がねしたものを「いっやー、きみが主演での助演なら、気がラクだわー!」と初手から佐賀さんはガッハッハッハ!
嫉妬して足を引っぱったり、ねちねちと卑屈な態度で接してくることなく。
二人芝居をしたときと変わらない、ハイテンションぶりとと無邪気ぶりで、俺の背中を押してくれた。
で、打ちあげで「やっと、飲みにいけたね!」とさらにはしゃいで、恒例の即興芝居を。
はじめは二人ではじめたのを、共演者をはじめ、監督、演出、脚本家、スタッフ全員を巻きこんで大騒ぎ。
「ああ、十年たっても、この人だけは変わらないし、まわりを変わらない雰囲気にしてくれるんだなあ!」
酔っぱらったのもあって、盛大に泣き笑いしたものの、肩を組んでいた佐賀さんが、急にバタンキュー。
即興芝居をしつつ、適当にグラスをかたむけていたに、気づかないうちに、しこたまアルコールを摂取したらしい。
それにしても、昔は、どれだけ飲んでも平気だったのに・・・。
零時を回るまえに寝落ちしたのに、やや切なさを覚えつつ「俺、佐賀さん送ります」と抱えてタクシーへ。
タクシーの座席に座り、佐賀さんの寝顔を眺めたなら、あらためて、十年の変化について考えさせられて。
視線を落とせば、左手の薬指に光るリングが。
ほとんど人の悪口を垂れない佐賀さんだが、さっきの飲み会で、すこしだけ愚痴ったのだ。
「もう、奥さんが、俺の思いをぜんぜん分かってくれなくて」と。
愚痴られる俺の気も知らないで。
思いだすに苛立ってきて、佐賀さんの肩に手を置き、身を乗りだした。
お互いの鼻をこすりあわせて、さらに接近し、唇が触れそうになった、その寸前でとどめる。
「昔は、酔いにかませて、ベロチューしかけたのにな」とため息を吐いて、座席にどさりと座りなおす。
「イクジなし」と聞こえた気がしたが、目を瞑って、なかったことにしてやった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
お試し交際終了
いちみやりょう
BL
「俺、神宮寺さんが好きです。神宮寺さんが白木のことを好きだったことは知ってます。だから今俺のこと好きじゃなくても構わないんです。お試しでもいいから、付き合ってみませんか」
「お前、ゲイだったのか?」
「はい」
「分かった。だが、俺は中野のこと、好きにならないかもしんねぇぞ?」
「それでもいいです! 好きになってもらえるように頑張ります」
「そうか」
そうして俺は、神宮寺さんに付き合ってもらえることになった。
【クズ攻寡黙受】なにひとつ残らない
りつ
BL
恋人にもっとあからさまに求めてほしくて浮気を繰り返すクズ攻めと上手に想いを返せなかった受けの薄暗い小話です。「#別れ終わり最後最期バイバイさよならを使わずに別れを表現する」タグで書いたお話でした。少しだけ喘いでいるのでご注意ください。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
解放
papiko
BL
過去にCommandされ、名前を忘れた白銀の髪を持つ青年。年齢も分からず、前のDomさえ分からない。瞳は暗く影が落ち、黒ずんで何も映さない。
偶々、甘やかしたいタイプのアルベルに拾われ名前を貰った白銀の青年、ロイハルト。
アルベルが何十という数のDomに頼み込んで、ロイハルトをDropから救い出そうとした。
――――そして、アルベル苦渋の決断の末、選ばれたアルベルの唯一無二の親友ヴァイス。
これは、白銀の青年が解放される話。
〘本編完結済み〙
※ダイナミクスの設定を理解してる上で進めています。一応、説明じみたものはあります。
※ダイナミクスのオリジナル要素あります。
※3Pのつもりですが全くやってません。
※番外編、書けたら書こうと思います。
【リクエストがあれば執筆します。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる