生臭坊主と不肖の息子

ルルオカ

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子を亡くした母のあやかし

二十五

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それからは、物置小屋で二人は待ち合わせをし、猫を交えて和気藹々と過ごした。
どちらかが都合がつかないときは、なるべく、もう一人が、猫の元へ足を運ぶようにもした。

二人とも、日々の体調が不安定だったから、勢揃いすることは少なかったものの、元より、気が合った上に、「秘密基地で友達と遊ぶ」という感覚が作用してか、短い間に家族に近く、親密になった。

母親の目や耳に、注意しないでいいとあって、幼い彼女は気兼ねなく、おしゃべりをしたものを、それでも、母親の件となると、口が重くなった。

なにせ、病名を明かしてくれずとも、余命宣告される類なのが、察せられる相手だ。
物置小屋にくる頻度が減っているとなれば、尚のこと、心労をかけるのが躊躇われた。

その代わりというか、物言わぬ相手なら、迷惑をかけないだろうと思い、物置小屋に一人できたときは猫に何もかもを打ち明けた。

助けを求めたくても、母親が手を尽くして、相手に嫌がらせをし、追っぱらうかもしれない。
いや、もうすでに母親は手を打っていて、息がかかった、その人らに「この子は精神も病に侵されている」と判断されるかもしれない。

まさかとは思うが、母親がしきりに聞かせるように、親子して病院から追いだされるかもしれないと、頭を抱え語られる悩みは尽きなかった。

長年、洗脳めいた脅迫を受けつづけた幼い彼女は、年を重ね、反抗心を芽生えさせながら、どうしても、母親の呪縛から逃れられないようだった。

自分にもご主人にも、良くしてくれる幼い彼女の、煩悶するさまを見兼ねつつ、猫も悩みに悩んだ。

いくら長く生きて、二股の尻尾を持つとて、猫以上の力でもって人に働きかけたり、干渉できるでもなく、意思疎通もご主人としかできない。

ご主人に助力を求めたいところだが、余命短い人間を、この期に及んで思い煩わせたくもない。
聞くところによると相手は、鬼も震え上がるほど、業が深そうだし。

そうして、猫と幼い彼女は、額を突き合せ、悶々と悩むばかりでいたのが、母親がインフルエンザになったのをきっかけに、わずかに光明を見いだした。

そう、看護師が変わったのだ。

担当が変わって、翌々日に風邪が治った幼い彼女は、猫に会いにいき、胸を弾ませるように、その看護師について語ったという。

「これまでは、会う人、会う人に『お母さんはナイチンゲールのような人や』『あんな献身的なお母さん、自慢やろうて羨ましいわ』『さすが、あのお母さんの子供でええ子や』と褒められてばかりいたと。

そうやって誉め言葉を畳みかけられると、母親への疑いや、違和感があっても、口にできなくなる。
助けを求めるなんて、もっての外。

けど、代わりに担当になった島津さんは、違う。
必要もなくおしゃべりしないし、母親について、一言も口にしない。

『鬼軍曹』と聞いていたけど、お母さんより、てきぱき仕事して、患者に負担をかけないような看護をしてくれるから、そんなに怖い人やとは思えない。
お母さんのことを、話してくれないだけでも、ありがたいて。

母親になびかん人もいるのかて、驚きもした。
で、猫にいうたんです。

『あの人なら、私の話を聞いてくれるかもしれない』て。

猫は心配して『聞いてはくれても、助けてくれんかもしらん』と思ったら、察したようにいい聞かせた。
『助けてくれんでもいい。少しでも、私ことを知ってほしいの』」

自嘲的に笑っていたのを、いつの間にか引っ込めて、血が噴きでそうに、唇を噛んでいた。
顔つきを険しくしながらも、はじめより血の気はもどったようで、瞳の濁りも、薄れてきている。

溢れてくる涙に、濡れた目が、反射で光を揺らめかして。

「物置小屋の近くにある東屋で、猫と加奈ちゃんは、あなたのことを話してた。
そんとき、まだインフルエンザかかってるいうのに、矢口冴子が病院にきて、娘を探し回って、立ち聞きをしてもうた。

かっとした彼女が、加奈ちゃんを引っ張っていこうとしたら、猫が跳びあがって引っ掻いた。
ふり払われた猫は、蹴り上げられてもうて、それ以上、追いかけることができんかった。それで・・・」

皆まで口にする前に、シーツを抱えたまま、彼女はしゃがみこんだ。
はじめこそ、嗚咽を漏らしたものを、しゃがみこんで縮こまったなら、シーツを噛んでか、ひたすら声を飲んで、肩を震わせた。

不様に泣く資格は自分にはないとばかり、戒めるように。

矢口加奈の最期までの経緯を語るのは、彼女にとって、残酷なのは分かっていた。
幼い彼女が自分を思い慕っていたと知れば、尚のこと、生かせなかったことを、後悔するだろうから。

そんな一生癒えない傷を負わせてでも、猫又が伝えてほしいと願ったのは、島津早苗を昔話の樵のように見なしたからだ。

世のために生きるべき人だと。

本来、責められるべき元凶は矢口冴子であり、島津早苗には罪がない。
だから、荒療治も必要ないはずなのだが、ない罪をあるように思いこませたのが、矢口冴子の呪いだった。

この呪いが厄介で「同期の島津さんが娘を殺した!」とネットやマスコミを従えて糾弾するような、直接攻撃が途絶えても、彼女の精神は蝕まれつづけた。
自分の何がいけなかったのだろうと、考えずにはいられなかったのだ。

はじめから、ない落ち度や罪を、いくら探しても見つかるわけがない。

が、呪いのせいで、「見つからないだけで、あるはずだ」と固執させられ、ついには究極まで思いつめることになる。
自分は看護師失格なのではないかと。

矢口加奈が亡くなってから、鬱々として体も壊し、倒れてしまった彼女は、その段階に達してしまったのだと思う。

今更、「あなたに罪はない」と真っ向から説いても、根っこにある、矢口冴子への劣等感が呪いを増強させているから、「罪の意識を拭いさるのは無理やろう」と猫又は無慈悲な宣告をしたもので。
ただ、付け加えて口にしたことには「樵のように生きることはできるかもしれん」と。

彼女は樵と違って、罪を犯してはいないが、己の至らなさ、弱さ無力さを罪のようにとらえ、噛みしめるだろう。
そうして、二度と同じ過ちを犯さまいと、償いをする思いで、日々、精進して生きていくはず。

その彼女の手によって、これから多くの人が救われるかもしれない。

「どうか、看護師を辞めんでください」

頑なにシーツを抱きしめ、しゃがみこむ彼女に、そう告げて一礼し、めくっていたシーツを放した。
しばし、はためくシーツから見え隠れする彼女を覗いたなら、また一礼して背を向け、シーツをめくりながら、歩いていく。

俺はあやかしが見えても、お祓いなど具体的な処理ができる霊媒師ではないので、矢口冴子の呪いが、どうなったか分からなかったし、島津早苗の今後も見据えることができなかった。

もしかしたら、猫又が望んだように、贖罪するように看護に勤しむことなく、投げやりになって、落ちぶれてしまう可能性だって、あり得る。

例えば、今伝えたことを、周りに吹聴したり、ネットで流したり、マスコミに情報を売ったりして、世間を騒がすとか。
そうなったとき、俺は後悔する暇もなく、「依頼内容、口外禁止」の決まりを破ったことで、我聞にぶちのめされるだろう。

まあ、それはそれで、いいかもしれないと思う。
目には目を、歯に歯をで、同じ手口で復讐したがっても、おかしくないほど、島津早苗は不当すぎる罪をなすりつけられたのだから。

ちなみに如月玉枝は、矢口加奈が亡くなった翌日に、息を引きとったという。

猫又曰く「加奈ちゃんと会うのが、生き甲斐になってたからやろう」とのことだ。









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