生臭坊主と不肖の息子

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
17 / 36
子を亡くした母のあやかし

十七

しおりを挟む





籠が揺れないよう、抱きかかえるのに精一杯で、制止させようにも、声もあげられない。
土砂降りと金切り声と地震で部屋がごったかえしつづけ、それでも、頑なに籠を守ろうとするのに、痺れを切らしてか、爪を立てて、俺の肩を掴み、揺すってくる。

といっても、こんこん曰く「あやかしは、人に危害を加えたりせん」らしいので、実際、痛くも痒くもなく、こそがしいものだ。

しばらくもすれば、叫ぶのをやめ、「お前のせいや、お前のせいで」とぶつぶつと口にしだし、地震がおさまっただけでなく、小雨にもなる。

「お前のせいで」と幾度も繰りかえし、泣き声で漏らしたのを最後に、飲みこんだ。
肩に手を置いたままになって、身動きしなかったものを、用心して、籠にしがみつきながら、顔をあげ、はりつく黒髪から覗く瞳を見つめ、問いかけた。

「雨女、白い袋をどこにやったんや」

目を見開いた瞬間、吹かれた火のように、消え失せた。

長い胴を曲げて、布団から尻と顔を覗かせた、こんこんが「なんや、お前、あやかし撃退できるんか」と聞いた間もなく、「おい!こら!庄司、お前なあ!」とどたばたと迫ってきて。

ゴキブリジェットならぬ、あやかしジェットのおでましにより、ちょうど区切りのいいところで、雨女は退散したのだろう。
こんこんにしろ、「ひっ」と頬を引きつらせた直後、布団の穴を残して、どろんをした。

はじめは「さっきから、タオルもってこい、いうてんのに、なに無視しとんねん!」と威勢がよかったのが、廊下の角を曲がって、雨女の暴れていった痕跡を目にしてだろう、「はあ!?」と声を上げたきり、口を利かなくなった。

足の運びは、もっと慌ただしいものになり、すこしもしないで、障子戸の骨組み越しに我聞がお目見えする。
年甲斐ないロックな格好は変わらずで、今日のTシャツのプリントは「Go to hell」だ。

そう引導を渡されるまでもなく、隅々まで水まみれになり、まだ雨が降っているように、天井から雫が降り注ぐ部屋が、まさに地獄のよう。

雨女が去ってから、あらためて、その惨状を目の当たりにしたなら、「畳全部、だめんなったんやないか」とそりゃあ、途方にくれ、骨組み越しの我聞に、かける言葉が浮かばなかった。

咄嗟に言い訳や説明ができずに、代わりにくしゃみをし、籠が軋んだのに、はっとする。

体を起こして見やれば、タオルに体を埋める猫又は、さほど濡れていなく、雨女襲来前と変わらずに、ひそやかに寝息を立てている。
二本目の尻尾も、浮かんだり消えたり。

安堵の息を吐く暇もなく、障子戸が叩きつけられる音が耳を打った。
前に向き直れば、湿った畳を踏み抜かんばかりの足取りで、詰め寄った我聞が、目前で仁王立ちし、それこそ仁王像のような形相で見下ろした。

「そんな猫、捨ててこい」

洪水にあったような部屋の、見るも無残なさまに、目もくれないほど、我聞にとって動物は鬼門だ。

よほど、忌まわしい過去でもあるのか、前に菊陽さんが子猫を連れてきたときは、門の前から階段に向かい、放ったとか。

そうされては堪らないと、籠を抱え直し「こいつは猫股や。人知れず、矢口加奈と会ってたようやから、なんか肝心なこと、聞いたかもしれへん」と訴える。

「なら、さっさと話、聞いて、捨ててまえ」

「そうもいかんねん。
かなり衰弱してるから、しっかり休ませなて、獣医さんが・・・」

しまったと口を閉じるも、間に合わず、「ああ?」と凄みを増した仁王像に睨みつけられる。

最低限の必要経費もけちろうとする我聞だけに、獣医にかかっての支払いを見咎めないわけがない。
出所はどこだと。

出所については、疚しいところはないとはいえ、己の金遣いについては棚に上げて、人の金遣いには、いくらでも、いちゃもんをつけるから面倒だ。

ただでさえ、猫股の処置をめぐって押し問答するのに、時間がかかりそうなところ、金勘定の追及をされては、埒がない。

絶対安静の猫股に、やかましくなく、安心できるような場で、看護したかったから、しかたないと、片手で籠を抱えながら、もう片手で、穴が空いたジーンズをつまんだ。
腕を組み、びくともしない我聞に、水が滴って止まない顔を向けて、口を切る。

「お父さん、堪忍してや」

膝が痙攣したと思いきや、次の瞬間、鎖骨に足を置かれ、勢いよく踏みつけられた。

湿った畳に叩きつけられた背中は、さほど痛くはなかったものを、倒れても、足を乗せたまま、体重をかけられ、咳きこむ。

激昂する仁王像とあらば、鎖骨を折り、肺を踏み潰しかねなかったが、舌打ちの音が聞こえたなら、足が退いて、苛ただしげな足音は遠のいていった。
廊下にでて、見えなくなっただろう、ころ合に、咳きこみつつ、起き上がる。

「お父さん、呼ぶな」と文句も垂れなかった我聞の心中は、さぞ穏やかでないだろうものを、呼んだほうも呼んだほうで、胸糞悪いし、嫌気が差す。
咳がおさまってから、深々と頭を垂れて、ため息をつき、横目に籠を見やった。

猫又がうっすら瞼を上げていた。
まだ、変化するほど力がないのか、猫の形のまま力なく寝そべっているとはいえ、二本の尻尾を、やや揺らめかしている。

朧だった尻尾が、明瞭に見えるようになったのより、目を見張ったのは、その瞳だった。

俗にいう「オッドアイ」。
医学的には「虹彩異色症」と呼ばれ、日本では縁起がいいものとされている、それ。

猫又の瞳は、右が青で、左が緑だった。





しおりを挟む
アルファポリスで公開していないアダルトなBL小説を電子書籍で販売中。
ブログで小説の紹介と試し読みを公開中↓
https://ci-en.dlsite.com/creator/12061
感想 0

あなたにおすすめの小説

最後の君へ

海花
BL
目的を失い全てにイラつく高校3年の夏、直斗の元に現れた教育実習生の紡木澪。 最悪の出会いに反抗する直斗。 しかし強引に関わられる中、少しづつ惹かれていく。 やがて実習期間も終わり、澪の家に通う程慕い始める。 そんな中突然姿を消した澪を、家の前で待ち続ける……。 澪の誕生日のクリスマスイブは一緒に過ごそう…って約束したのに……。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

ココログラフィティ

御厨 匙
BL
【完結】難関高に合格した佐伯(さえき)は、荻原(おぎわら)に出会う。荻原の顔にはアザがあった。誰も寄せつけようとしない荻原のことが、佐伯は気になって仕方なく……? 平成青春グラフィティ。 (※なお表紙画はChatGPTです🤖)

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

処理中です...