生臭坊主と不肖の息子

ルルオカ

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子を亡くした母のあやかし

十四

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我慢できず、「彼女はえらい嘘、吐いてるんやないですか」とシーツをめくって、つめ寄る。
つい問いただす口調になったものを、「せやな」と彼女は白けたように見返した。

「矢口さんがどうして、あんなこと吹聴したんか・・・。
まあ、娘さん亡くしたばっかで、頭を混乱させとって、記憶が錯綜しとるのかもしらん」

「いや、そうかもしれませんけど、医療ミスを疑われてるのに、あの人に同情してる場合やないでしょう。
病院の名誉に関わることなんやから、ちゃんと否定しておかんと・・・」

「マスコミには、事実を記したメール送ったんやで。
病院のホームページにも書いた。

やけど、テレビや新聞で報道されんかったし、ネットで情報も広がらんかったようや。

それに、マスコミや、矢口さんの応援団が病院に押しかけて、患者に迷惑かけるようなことしたら、対処しようと、叔母は考えてた。

ただ、騒いでいる割に、その人らコンタクトしてこんかったし、周りは『この病院がなくなったら、困るわ』て応援してくれて、患者離れはしんかったし、たまに、記者とかが、見舞い客装って入り込んでくらいやった。

実害がない以上、炎上商法のようなもんやから、むきになって反論せんほうがいいて、私が叔母に助言して、で、結局、なんもしんかったわけ。
それにしたって、思うたより早う、皆、飽きてしもうたようやな」

ふと先に、毛糸の帽子のおばさんが、教えてくれたことを、思い起こした。
「人は、自分にとって都合の悪いことを、積極的に無視する」と。

そうして人は「下衆看護師」「幼子見殺し病院」と苛烈に叩いていたわけだ。

病院に実質的な被害がなかったから、よかったものを、罵詈雑言を浴びせていた人は、今やきれさっぱり忘れて、のうのうと暮らしているのか。
と、思えば、「悔しくはないんですか」と自分も悔しいようで、問いかける。

「彼女はネットに誤った情報を流し、多くの人を煽って、騒ぎにしたんです。
娘さん亡くしたばかりで、暴走したんかもしれんけど、止めんで、乗っかった人も人や。

こういう人を図に乗らさんよう、正しい情報発信したり、法的措置も辞さないて、強気に抗議したほうがいいんやないですか。
今からでも」

普段から、調査中はとくに感情的にならないのが、柄にもなく、踏みこんだ発言をしてしまう。
目を細めて、首を振ってみせた島津早苗は、微かに頬を緩め、笑ったようだった。

「こういっちゃ、なんやけど、矢口さんは病院辞めたから、そういう活動する暇はたぷりあった。
一方、私らは、世間が騒がしかったときも、普通に働いていたし、矢口さんが抜けた分、埋め合わせるので、尚のこと、忙しくしてた。

やから、遠吠えする人らの相手をする暇は、とても・・・」

「遠吠え」と聞き、彼女に屈託がないわけでないと知れて、大人しくシーツから顔を引っこめた。
俺とて世間に疎く、社会と(あやかしがいる)日常のずれを覚えることが、ままあるので、その感覚が分からないでもない。

洗濯ばさみをつけた、そのシーツが最後だったようで、「んー」と伸びをしながら、彼女は柵のほうに歩いていった。

俺のほうは、シーツの前に佇んだまま、「現実ってそんなもんですよね」とその背中に声をかければ、「とくに、この病院の人らは、働きもんやから」と肩をすくめてみせる。

「病気でもない人に、当たり障りない病名を告げて、病院に通わせる。
感染症のリスクがあるんに、患者をごっちゃにして、長く待合室におらせる。

必要もなく、入院を長引かせて、ベッドを埋める。普通の経営してたら、苦しいから、保険料目当てに、そうやって病人を呼びこむのが、医療界では当たり前なんや。

そんな病院のあり方を変えようと、叔母は励んでる。
病気でない人は門前払いして、病気の人も、できるだけ、早う、よおなってもらって、二度と敷居を跨がせんようにする、いうのが病院の方針や。

いうたら、お客さんを遠ざけてるから、経営は大変で、人件費もかけられんで、ぎりぎりの人員でやってる。
それでも、本来の看護をしたい人が、病院には集まってきてる。

私もその一人や。
ぶっちゃけ、ブラックな働きかたしてるけど、文句垂れる暇も、ネットやテレビ見る暇も惜しい」

長くため息が吐かれ、背中が丸まった。
「個人的には、このごろ、どうも気力が湧かんし」とだるそうに、体を柵にもたれているのだろう。

「もちろん、手え抜かんで仕事やってるけど、家に帰ったらベッドに倒れてもうて、ろくに家事できんし、スマホを持ち上げるのも億劫や」

口を開こうとしたものを、シーツがはためいて、顔に当たったのに、思い留まる。
気を取り直して「矢口加奈ちゃんが亡くなってから?」と聞けば、「そうやな・・・」とやおら振り返りつつ、「そうなんかな」と首を傾げた。

覚束ないのは返事だけでなく、彼女は泣いていないし、泣きそうに顔を歪めてもなく、迷子になったように、所在無さげにしている。

「悲しい」「寂しい」と訴えかけてもこない。
それでも、どうしてか、子を亡くした哀れを嘆く矢口冴子より、ぼんやりとした赤の他人の彼女のほうが、悲しみを噛みしめているように見えた。

先日、我聞に告げられたことが思い起こされる。
「感情いうんは、思うのと表現するのとでは、違うからな」と。

「本当に悲しみにくれる人間は無気力になる」とは予言だったかのように、晴天の下、光の差さない遠い目をした島津早苗に、その言葉は悉く当てはまった。




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