生臭坊主と不肖の息子

ルルオカ

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子を亡くした母のあやかし

十一

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一度、患者にそっけなくされただけで、担当を下りるとは、なるほど「令和のナイチンゲール」らしくはない。

あくまで、矢口冴子に好意的でない彼女ならではの、偏った語りだが、万人に慕われる人間はいないのだから、異なる感想を持つのは、変ではない。

全員が全員「令和のナイチンゲール様様」と崇めるほうが、恐いだろう。
とは、口にしなかったものを、彼女には伝わったのか、それまで皮肉っぽかったのが「私は島津さんに、叱られたり、監視されたりしんかった」と含みがなさそうな語りになる。

「私も扱いにくにい患者やと思うよ。
でも、少なくとも、あいつらより、お利口さんやからな。

人一倍忙しそうにしとる島津さんかて、問題ない患者にいちいち、突っかかったりせんて。

そりゃあ、いっつも怒ったような顔して、愛想笑いしんとけば世間話もせんと、サービス精神皆無に仕事してて、苦手いう人もおる。

私にすれば、気が楽やったけど。
むっつりしてくれたほうが、私も気兼ねなく、むっつりできたし。

それに、ひねくれとる私は、あんま『かわいそうに』連発されて病人扱いされるのは、勘弁願いたいねん。
やから、そうせん島津さんには、逆に人間扱いされているように思えたから、ありがたかった」

「ありがたかった」と過去形なのが引っかかり、「今は担当やないんですか」と聞けば、「あの不良患者で手一杯やから」とにやりとされる。

「さっきエロジジイがいうてたように、娘さんが亡くなってからは、矢口さんが担当してた患者を、島津さんが看るようなった。
なんや、疑惑があるか知らんけど、病院は人手不足やし、島津さんは仕事できる人やから、おうやって穴埋めとか、任されることが多いねん。

そんな島津さんでも、あの不良患者には手を焼いてな。
そっちに時間とられるようなってもうて、私の担当から外れた。

けど、ちゃんと引き継いでくれたから、今もさしてストレスなく過ごせてる」

単調な語りぶりながら、看護師としての仕事ぶりを高く買っているらしい。
その上で「疑惑があるか知らんけど」と口にしたのが気になって、「矢口さんの娘さんの死については、どう思てますか」と聞いてみた。

「叔母」と変換するのを忘れたとはいえ、気づかなかったのか、聞き流してか「さあ、正直、分からへん」と肩をすくめる。

「外では騒がしいようやけど、病院内では、不良患者が喚きたてる以外、とくに問題視してなくて、疑惑がどうとか、島津さんがどうとか、取り立てて口にもせんわ。

まあ、病院のスタッフは、井戸端会議する暇なく、忙しくしとるし、忙しいからこそ、島津さんおらんと、やってけんて切実に思うてるんちゃうか」

「そういうもんですか」と相槌を打ったら、「ふ」と口元に手を当てた。
くすぐったそうに、しばし肩を揺らして、「不良患者のこと、悪もんにしすぎやな」と尚も笑いつづける。

「憎まれ口叩きながらも、あれはあれで、島津さんの気を引きたいのかもしれん。
案外、バトルするのが、張り合いになっとるんやと思うよ。

前ほど、周りを振り回して、迷惑かけることなくなったし」

事前調査の資料など糞食らえとばかり、現場の生の声には、惹きるけられるものがある。

資料と実情に齟齬があるのは毎度のこととはいえ、「令和のナイチンゲール」と「賄賂漬け汚職看護師」ほど、人によって極端に評価が分かれたことはない。

「二重人格みたいだ」と興味深くもあって、彼女の語りに、すっかり聞き入り、時間を忘れてしまった。
おかげで、待ちくたびれずに済み、着信音が鳴って、はっとさせられる。

理事長に渡された、病院内連絡用の簡易の携帯電話だ。
電話にでれば、「長く、待たせてごめんな!」と開口一番、声を張られ、その調子でまくし立てられる。

「早苗、突然、トラブルが起きたのに対処しなならんくなって、そっちに向かう暇なくなってん!
もし、ゆっくり話したいなら、日を改めてもらいたいそうや!

ただ、どうしても、今日、話したいいうなら、これからシーツを干しにいくから、そんときに、すこしだけできるて!」

理事長の慌てぶりからして、是非、遠慮したいところだったが、我聞がよしとしないだろう。
調査に出張るだけ、寺の業務の手伝いができなくなるからだ。

その分、後々こき使われるとはいえ、「調査にかこつけて、さぼるんやないわ」と調査に時間をかけるのも、許してくれない。
収穫なしで帰るなど、言語道断だ。

しかたないと、ため息を飲み込んで「お忙しいところ、悪いですけど」と返事をする。

「どうにか今日、すこしでもええから、伺わせてもらえますか」

「分かったわ。せやったら、早苗は今、屋上に向かうてるから。
加奈ちゃんの病室覗いてから、向かえば、時間的にちょうどええやろ。

せめて加奈ちゃんの病室に私が案内したいところやけど、ちょお、私も手が離せんくなってね。
小児病棟のスタッフに話、通してあるから、ごめんやけど、そこで聞いてくれんかな?」

「分かりました。お忙しい中、ありがとうございます」

最後の最後まで、鬼婆のような世間のイメージを裏切って、親身に対応してくれたのに、お辞儀をしてから、電話を切った。

もう、おしゃべりにかまけている暇はないなと、「ほな、俺、そろそろ」と早々立ち上がって、挨拶しようとしたら、彼女もおもむろに腰を上げた。

ころあいがいいから、病室に戻ろうと思ったのか。
ではないようで、「理事長は、忙しなると相変わらず声、大きなるな。全部、聞こえたで」とくつくつと笑い、「私、加奈ちゃんの病室は知っとるよ」とその方向にだろう、顎をしゃくってみせた。

「時間ない、いうなら、案内あったほうがええやろ。

なに、私は暇やし、人と話して面白かったんのは久しぶりやから、そのお礼や。さあ、いこか」






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