35 / 36
河童がいない人の哀れ
五
しおりを挟む後光寺にもどり、夕飯の支度をしながら、昼間の河童とのやりとりについて、猫又に話した。
「よお、覚えてへんけど」とすり鉢棒で山芋をかき混ぜて。
「前に課題図書、読んだときは、なんか、ちんこがついてるイメージを持たんかってん。
たしか、雌がおったり、家族もって、子供もうけてた気がすんねんけど・・・」
たまに、あやかしに関する文献に当たるくらいで、小説や漫画など、他の書籍を手にとることは、あまりなく、芥川の作品も、課題で読んだきり。
もちろん、酒に女に賭け事に溺れる生臭な住職の趣味でもなく、寺には、ろくに本を置いていないが、一旦、気になると、目を通したくなるもので。
「図書館はもう、閉まったしなあ」と呟いたら「私、スマホ持ってるで」と思いがけず、応じられた。
俺はガラケーで、何百年生きたと知れない猫又が最新のスマホを持っているとは、ちぐはぐのようとはいえ、なにせ高校生にしてネット音痴だから「著作権が無効なった、古い作品は、無料で読めるで」とのご教授を、ありがたく承った。
「で、あらためて読んでみてん。
そしたら、股間を丸だしして、でも、性器の描写はなかった。
お産の描写はあって、雌のは『生殖器』て書かれとったんにな。
やったら、雄もあるやろう思うけど、雌が追っかけて抱きつくいう求愛を、えらい、雄が怖がってて、なんやろ、あんま性欲ない感じで。
『男色』の文化もあるらしいし。
そうそう、神さんが世界を創造するんに、雌の脳髄から雄を造ったいうんは、おもろかった。
キリスト教では、男から女、作られたんやなかったけ?
まあ、そんで、神さんが告げてん。
『食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ』て。
『交合』はセックスに当たる言葉やて。やから」
布団に胡坐をかいて、切切と語るのに、畳に肘をつき寝そべる、こんこんは無反応で、遠い目をしている。
「どうしたん?」と首を傾げれば「お前なあ・・・」と大仰にため息を吐きつつ、だしぬけに、声を張り上げた。
「あの流れで、ちんこはないやろ!」
「いつも、口を開けば、八割がたセクハラするんに」と返すも「セクハラすんのにも情緒があんねん!あれは無粋や!」と高尚ぶって、反論してくる。
眉をしかめながらも、不毛なセクハラ議論はしたくなかったから「せやかて」と目を逸らした。
「『芥川』て聞いて、ずっと気になっとったから。
芥川が描いたいう、河童の絵にはちんこついてなかったように思うし」
まぐれ池で遭遇した河童は、ずっと池に浸っていた。
移動をする際には、蛙に変化してから、岸に上がったし。
後光寺の山についたなら、蛙のまま、池に潜ってしまった。
そのあと「芥川」と聞き、ついで「交尾」と耳にしたからに、にわかに気になったわけだ。
こんこんには「空気読め!」とたしなめられたものを、池に潜って、ひとしきり笑った河童は、果たして岸に上がってくれた。
結果は「やっぱ、ないんや」と。
股間には膨らみも、垂れさがるものもなく、赤ん坊より、つるりとしていた。
芥川の小説では「交合」と書いてあったとはいえ、「やっぱ」俺が読んだ、さほど雄々しさを覚えない印象のままだったもので。
「まぐれ池」につめかけた見物客も、池の主なる者の一物に、想像力を逞しくしなかったのだろう。
そう、あやかしのありようは、人のイメージによる。
と、聞いた覚えがあるように思い、「そういえば」とあらためて問う。
「こんこんは、ちんこあるん?」
「あるわ!ていうか、ちんこなくて、なんでお前にセックスしよう誘うねん!」
寝そべっていたのから、勢いよく起き上がり、胡坐をかくと、ぱんと、膝を叩いた。
戯れでなさそうに、割と頭に血を上らせ、叱りつけるようなのに「やって」と口を尖らせる。
「こんこんは絵本出身やんか。
絵本に、しかもイタチのイラストに、ちんこが描かれてると思えねんけど」
「それが、描かれてんねん!
めっちゃ、ちっちゃく、おざなりにな!」
「おざなりなのがあったか」と記憶を辿ろうとしたら「やめえ!イタチんときは、なるべく見えんようにしてんねん!」と怒鳴られる。
日々、人にセクハラ三昧をしていて、こちらが、想起しかけただけで、文句をつけられては、そりゃあ、気に食わなく「じゃあ、ちっちゃい?」と挑発するように聞いた。
ぐ、と口をひん曲げた、こんこんは、でも、声を荒らげないで「・・・・ちっちゃない・・・・」と呻く。
いつになく、歯切れが悪いのに、あえて口をつぐんで見つめれば、舌打ちをして、立ち上がり、白い帯をほどいた。
白い着物の襟を開くと、剥きだしの、それがお目見えした。
ノーパンというか、ノーフンドシなのにも驚いたとはいえ「ちっちゃい」どころではなく、えげつないのが、ぶらさがっているのに目を見張って、前のめりになる。
「うわ、平安貴族みたいな、やんごとない顔立ちしとって、この大きさて、もう合成写真やん。
もともと、きれいなもんやないけど、余計、グロテスクに見える」
「人のちんこ、グロテスクいうな!大体、誰のせいやと・・・!」
畳に片手と膝をついて、股間に寄せる顔を「誰のせい?」と上向かせる。
やや視線をずらしつつ、俺がもう片手を近づけるのを見とめてだろう、口をへの字にした。
「・・・・ていうか、触んな。絶対、触らせんからな」
「つうても、こんこん、セックスしたいんやろ?」
「前は、俺が誘っても、ええ女みたいに、つれなくしとったんに、なんやねん!
巨根見たら、急に盛るなんぞ!」
「この性悪むっつり助平淫乱が!」と啖呵を切って「長いや」ろ、と応じる間もなく、手首をつかみ、引っ張られ、布団に倒された。
「わ」と目を瞑るうちに、もう片手も頭上に持っていかれ、両手首をまとめて押さえつけられる。
「ちょ」と声を上げようとしたところで、胸の辺りにぶら下がる巨根に息を飲んでしまい、その隙をついて、両手首を縛られた。
先にほどいた、白い帯で、だろう。
義理で不肖ながら、寺の息子であり、精進を心がける仏僧、菊陽さんと過ごすことが多いせいか、高校生にして性的知識は、学校の保健体育で習った申し訳なさ程度。
エロ本やアダルトビデオなど、おかず的なものを持っていなければ、自慰もしたことがないとはいえ、浴衣の裾を割られ、あけっぴろげにされては、さすがに頬が赤らむ。
なるべく、足を閉じようとするも、間に体を入れているから、ままならず、「は」と嘲られて、片方の太ももをつかみ、持ち上げられた。
こんこんの肩に乗せられて、もう片方の太ももを押し広げられたまま、股間に顔を寄せられ、パンツを口で食み、ずらされる。
剥きだしになったのに、唾液を滴らされて「はっ、あ、え」と目を白黒しつつ、太ももを跳ねるしかできない。
保健体育で習ったのは、あくまで、ど基本の生殖の仕方。
テレビを見ず、ネットとは絶縁で、猥談をする友人もいない俺には、星の数ほど性行為のバリエーションがあるのを、まるで知らない。
こんこんの、やろうとしていることに、察しがつきつつ、期待をするより「どうして、そんなことを?」と奥歯を噛みしめ、身を震わせた。
太ももから揺れが伝わってか、目を上げたこんこんは「んな、怯えるな」と宥めるようでいて「幼気な小学生にイタズラしとるみたいやんけ」と口角を上げ、舌なめずりをする。
尖った歯が覗いたのに、「っ」と悪寒を覚えたら、その反応をどう見たのか、にわかに剥きだしのをつかみ、扱きだした。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
最後の君へ
海花
BL
目的を失い全てにイラつく高校3年の夏、直斗の元に現れた教育実習生の紡木澪。
最悪の出会いに反抗する直斗。
しかし強引に関わられる中、少しづつ惹かれていく。
やがて実習期間も終わり、澪の家に通う程慕い始める。
そんな中突然姿を消した澪を、家の前で待ち続ける……。
澪の誕生日のクリスマスイブは一緒に過ごそう…って約束したのに……。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ココログラフィティ
御厨 匙
BL
【完結】難関高に合格した佐伯(さえき)は、荻原(おぎわら)に出会う。荻原の顔にはアザがあった。誰も寄せつけようとしない荻原のことが、佐伯は気になって仕方なく……? 平成青春グラフィティ。
(※なお表紙画はChatGPTです🤖)
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる