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河童がいない人の哀れ
五
しおりを挟む後光寺にもどり、夕飯の支度をしながら、昼間の河童とのやりとりについて、猫又に話した。
「よお、覚えてへんけど」とすり鉢棒で山芋をかき混ぜて。
「前に課題図書、読んだときは、なんか、ちんこがついてるイメージを持たんかってん。
たしか、雌がおったり、家族もって、子供もうけてた気がすんねんけど・・・」
たまに、あやかしに関する文献に当たるくらいで、小説や漫画など、他の書籍を手にとることは、あまりなく、芥川の作品も、課題で読んだきり。
もちろん、酒に女に賭け事に溺れる生臭な住職の趣味でもなく、寺には、ろくに本を置いていないが、一旦、気になると、目を通したくなるもので。
「図書館はもう、閉まったしなあ」と呟いたら「私、スマホ持ってるで」と思いがけず、応じられた。
俺はガラケーで、何百年生きたと知れない猫又が最新のスマホを持っているとは、ちぐはぐのようとはいえ、なにせ高校生にしてネット音痴だから「著作権が無効なった、古い作品は、無料で読めるで」とのご教授を、ありがたく承った。
「で、あらためて読んでみてん。
そしたら、股間を丸だしして、でも、性器の描写はなかった。
お産の描写はあって、雌のは『生殖器』て書かれとったんにな。
やったら、雄もあるやろう思うけど、雌が追っかけて抱きつくいう求愛を、えらい、雄が怖がってて、なんやろ、あんま性欲ない感じで。
『男色』の文化もあるらしいし。
そうそう、神さんが世界を創造するんに、雌の脳髄から雄を造ったいうんは、おもろかった。
キリスト教では、男から女、作られたんやなかったけ?
まあ、そんで、神さんが告げてん。
『食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ』て。
『交合』はセックスに当たる言葉やて。やから」
布団に胡坐をかいて、切切と語るのに、畳に肘をつき寝そべる、こんこんは無反応で、遠い目をしている。
「どうしたん?」と首を傾げれば「お前なあ・・・」と大仰にため息を吐きつつ、だしぬけに、声を張り上げた。
「あの流れで、ちんこはないやろ!」
「いつも、口を開けば、八割がたセクハラするんに」と返すも「セクハラすんのにも情緒があんねん!あれは無粋や!」と高尚ぶって、反論してくる。
眉をしかめながらも、不毛なセクハラ議論はしたくなかったから「せやかて」と目を逸らした。
「『芥川』て聞いて、ずっと気になっとったから。
芥川が描いたいう、河童の絵にはちんこついてなかったように思うし」
まぐれ池で遭遇した河童は、ずっと池に浸っていた。
移動をする際には、蛙に変化してから、岸に上がったし。
後光寺の山についたなら、蛙のまま、池に潜ってしまった。
そのあと「芥川」と聞き、ついで「交尾」と耳にしたからに、にわかに気になったわけだ。
こんこんには「空気読め!」とたしなめられたものを、池に潜って、ひとしきり笑った河童は、果たして岸に上がってくれた。
結果は「やっぱ、ないんや」と。
股間には膨らみも、垂れさがるものもなく、赤ん坊より、つるりとしていた。
芥川の小説では「交合」と書いてあったとはいえ、「やっぱ」俺が読んだ、さほど雄々しさを覚えない印象のままだったもので。
「まぐれ池」につめかけた見物客も、池の主なる者の一物に、想像力を逞しくしなかったのだろう。
そう、あやかしのありようは、人のイメージによる。
と、聞いた覚えがあるように思い、「そういえば」とあらためて問う。
「こんこんは、ちんこあるん?」
「あるわ!ていうか、ちんこなくて、なんでお前にセックスしよう誘うねん!」
寝そべっていたのから、勢いよく起き上がり、胡坐をかくと、ぱんと、膝を叩いた。
戯れでなさそうに、割と頭に血を上らせ、叱りつけるようなのに「やって」と口を尖らせる。
「こんこんは絵本出身やんか。
絵本に、しかもイタチのイラストに、ちんこが描かれてると思えねんけど」
「それが、描かれてんねん!
めっちゃ、ちっちゃく、おざなりにな!」
「おざなりなのがあったか」と記憶を辿ろうとしたら「やめえ!イタチんときは、なるべく見えんようにしてんねん!」と怒鳴られる。
日々、人にセクハラ三昧をしていて、こちらが、想起しかけただけで、文句をつけられては、そりゃあ、気に食わなく「じゃあ、ちっちゃい?」と挑発するように聞いた。
ぐ、と口をひん曲げた、こんこんは、でも、声を荒らげないで「・・・・ちっちゃない・・・・」と呻く。
いつになく、歯切れが悪いのに、あえて口をつぐんで見つめれば、舌打ちをして、立ち上がり、白い帯をほどいた。
白い着物の襟を開くと、剥きだしの、それがお目見えした。
ノーパンというか、ノーフンドシなのにも驚いたとはいえ「ちっちゃい」どころではなく、えげつないのが、ぶらさがっているのに目を見張って、前のめりになる。
「うわ、平安貴族みたいな、やんごとない顔立ちしとって、この大きさて、もう合成写真やん。
もともと、きれいなもんやないけど、余計、グロテスクに見える」
「人のちんこ、グロテスクいうな!大体、誰のせいやと・・・!」
畳に片手と膝をついて、股間に寄せる顔を「誰のせい?」と上向かせる。
やや視線をずらしつつ、俺がもう片手を近づけるのを見とめてだろう、口をへの字にした。
「・・・・ていうか、触んな。絶対、触らせんからな」
「つうても、こんこん、セックスしたいんやろ?」
「前は、俺が誘っても、ええ女みたいに、つれなくしとったんに、なんやねん!
巨根見たら、急に盛るなんぞ!」
「この性悪むっつり助平淫乱が!」と啖呵を切って「長いや」ろ、と応じる間もなく、手首をつかみ、引っ張られ、布団に倒された。
「わ」と目を瞑るうちに、もう片手も頭上に持っていかれ、両手首をまとめて押さえつけられる。
「ちょ」と声を上げようとしたところで、胸の辺りにぶら下がる巨根に息を飲んでしまい、その隙をついて、両手首を縛られた。
先にほどいた、白い帯で、だろう。
義理で不肖ながら、寺の息子であり、精進を心がける仏僧、菊陽さんと過ごすことが多いせいか、高校生にして性的知識は、学校の保健体育で習った申し訳なさ程度。
エロ本やアダルトビデオなど、おかず的なものを持っていなければ、自慰もしたことがないとはいえ、浴衣の裾を割られ、あけっぴろげにされては、さすがに頬が赤らむ。
なるべく、足を閉じようとするも、間に体を入れているから、ままならず、「は」と嘲られて、片方の太ももをつかみ、持ち上げられた。
こんこんの肩に乗せられて、もう片方の太ももを押し広げられたまま、股間に顔を寄せられ、パンツを口で食み、ずらされる。
剥きだしになったのに、唾液を滴らされて「はっ、あ、え」と目を白黒しつつ、太ももを跳ねるしかできない。
保健体育で習ったのは、あくまで、ど基本の生殖の仕方。
テレビを見ず、ネットとは絶縁で、猥談をする友人もいない俺には、星の数ほど性行為のバリエーションがあるのを、まるで知らない。
こんこんの、やろうとしていることに、察しがつきつつ、期待をするより「どうして、そんなことを?」と奥歯を噛みしめ、身を震わせた。
太ももから揺れが伝わってか、目を上げたこんこんは「んな、怯えるな」と宥めるようでいて「幼気な小学生にイタズラしとるみたいやんけ」と口角を上げ、舌なめずりをする。
尖った歯が覗いたのに、「っ」と悪寒を覚えたら、その反応をどう見たのか、にわかに剥きだしのをつかみ、扱きだした。
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