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河童がいない人の哀れ
三
しおりを挟む池から大分、遠ざかって、下山している途中、肩に乗るこんこんが「あの河童、嘘ついとるかもしらんぞ」と囁いてきた。
暗い山道を歩くのに神経を注いで、「ん?」と心半ばで返したら「嘘や、嘘!」と耳たぶを引っ張られて。
「本当に、声真似できるんかもしれんけど、やり取りは適当に演じたんやないかってことや!」
足をとめ「河童が嘘を吐く利点がある?」と見返せば、そこまで考えが至っていなかったのだろう。
耳たぶを放して、長い胴体を退けた。
そう、河童にとっての利とは、たまに池に愚痴りにくる神主と、その寿命が尽きるまで、平穏無事に過ごすこと。
だとしたら、逆に「あれは不運な事故やった」と嘘を通したほうがいい。
たとえ、神主との友情がでっちあげだったとして、騒動を再燃させたところで、河童は住処を追われるだけ。
「人みたいに、スキャンダルで儲けられるわけやなし、なんの得があるいうん?」と問いつめると、さらに胴体を反って、でも「じゃあ、癪やけど、いうたるわ!」と前のめり、小さい手で頬をつまんだ。
「我聞は、そんなん証拠にならんて、絶対、けちつけるで!」
悔しいかな、一理あったので、我聞に聞かせる前に、録音の真偽をはかる調査をした。
とりあえずは、河童の声真似が、本人と変わりないかを確認。
女子の二人とも、俺の高校の先輩だったから、すれ違うなどして、さりげなく近づき、聞き耳を立ててみた。
録音と実物と一致して聞こえたなら、次の段階へ。
共犯者で、まだ後ろめたさがありそうな彼女を、偽のラブレターで呼びだし。
ラブレターなんて時代錯誤だし、池の騒動が、まだ忘れられていない時期の告白となれば、警戒するのは当たり前で、共犯関係の彼女と恋仲にあるなら、尚のこと、気が進まないはず。
と、分かりつつ、ダメもとで仕掛けたのが、果たして、彼女は一人できた。
ラブレターを読み、どう思い、なにを考え、足を運んだのか。
その心理は不可解だったものを、待ち合わせの場で俺を見たなら、身をすくませ、でも、すぐに、ほっとした顔つきになったもので。
学校では周りと没交渉でありつつ、「あの後光寺の義理の息子」とほぼ知られ、そこはかとなく不吉がられているので、一目で呼びだしの目的に勘付いたのだろう。
その上で、肩の力を抜いたならば、共犯の罪の重さを抱えきれず、限界にあったのかもしれない。
俺が口を切るより先に、スマホをだし、動画を見せてくれた。
男子が池に跳びこんでから、死に至るまでが映されたもので、まさに欲しかった、動かぬ証拠。
許しを請うでもなく、弁明するでもなく、無表情に彼女が白状したことには「はじめから、殺すつもりはなかったんや」と。
彼女が聞かされた計画は「岸に上がりたかったら、白状しろ」とつめ寄り、みっともなく命乞いする男子を撮って「動画を拡散されたくなかったら、別れろ」と脅すというもの。
が、目的を遂げられたにも関わらず、相手は取り憑かれたように、高笑いして枝を叩きつけつづけた。
「止めるべきやったけど、それこそ、池の主が憑依して、怒り狂っているように見えてん。
手だししたら、私まで祟られるんやないかて、怖かったし、金縛りにあったみたいに、指先も動かせんかった」
「助けて!」「堪忍や!」と水しぶきをあげて、もがく男子にカメラのレンズを向けたまま、身動きできず、溺れて画面から消えるまで、結局、撮影してしまった。
もちろん、殺人の証拠になるから、相手に消すよう命じられたものを、その操作をするふりをして、ひそかに別フォルダに移しておいたという。
罪悪感からもあったが、浮気されながら、当てつけに自分も同性に浮気し、果てには殺人を犯した思い人に、さすがに盲目的になれなかったらしい。
河童が心配したように「殺される」とまでは考えなかったようとはいえ、いざというときは、動画を盾にして、身を守るつもりでいたとのこと。
「もういっそ、捕まったほうがええ」と観念した彼女が手放した動画は、我聞に託された。
そりゃあ、いつものように、強欲生臭坊主の本領発揮に、諸悪の根源の両親と後光寺で相対したものだが、その前に、一つだけ注文をつけておいた。
証拠を渡すとき、いつもと違って、現物をよそに置き「動画が欲しいなら、条件を飲んでほしい」と持ちかけたのだ。
「池に同行した彼女も動画を持っていること」「もし彼女に、なにかがあっても、動画は拡散されることになる」と両親に伝えて欲しいと。
証拠と引き換えに、条件をだすのは、初めてのこと。
意外に「わーった、わーった」と割とすんなり飲んだ我聞が、屁でもなく反故にするかと思いきや、隣に控える俺の目の前で、約束を果たしてくれた。
聞き入れてくれて、よかったとはいえ「悪いもんでも食べたんか」とむしろ、不気味だったもので、奥歯まで剥きだしに笑った我聞の心中は知れず。
それはさておき、聞き分けのいい両親は、早速、翌日には娘を転校させた。
念のため、動画提供者の彼女に会いにいったなら「とくに、なんもないよ」と事なきを得たらしく。
危険人物を遠ざけられたのはいいとして、依頼をきっかけに、掘り起こされた衝撃的真相、その根本の問題については、放っておかれた。
我聞に正義感があるわけないし、猫又の格言によると「あやかしは人を裁かない」らしく、殺人犯は野放しのまま、世の中はめでたく、知らぬ存ぜぬのまま、日常が過ぎていく。
と、いつも通りにはなからなかった。
犯罪の隠蔽のためなのか、財閥の両親が、我聞のいう通り、金に物をいわせて「まぐれ池」のある山を買収したのだ。
で、「亡くなった娘の彼氏と友人の供養のため」「池の主のお怒りを鎮めるため」との名目で、元散策道の入り口付近に社を建てて、宮司を常駐させた。
池の騒動を嗅ぎまわろうとする連中がいないか見張らせ、その動向を阻むためだろう。
なにせ、池には叩けば埃がでまくるのだから。
もともと「触らぬ神に祟りなし」と興ざめしていた民衆にすれば、山の買収云々は余所事だったが、とばっちりを受けたのが河童だ。
前の山の所有者からは、入山の許可を得られていたのが、もちろん新しい所有者からは、ノーを突きつけられ、神主が奉納にこれなくなってしまった。
神主と会えなくなったのも無念だったとはいえ、何より「邪な人間の、邪な思惑によって建てられた、邪な社の傍におりたない」と打ち震えて訴えてきたからに、後光寺に移ってはどうかと提案をした。
因縁のある「まぐれ池」から遠ざかると、形を保てなくなるので、蛙に変化し、水槽に入ってもらって移動。
といった方法でなら、こちらのほうから神社に赴けるので「また会うことができるんやな」と河童は嬉々としたもので。
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