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河童がいない人の哀れ
一
しおりを挟む「いやあ、助かったわ」
後光寺の山の敷地内。
川の水源の、小さな池から上半身を覗かせているのは河童だ。
今回の依頼に関わったのと、大元の騒動によって、住処を追われ、俺と連れだち後光寺に越してきた。
「我聞に見つかったら、取って食われる」と笑えない噂でもって、誰も寄せつけない後光寺の山は、もったいないかな、肝試しにもってこいに、これまで依頼で遭遇したあやかしの、いくらかが居ついている。
ずっと住みついているのもいるし、いつの間にか、でていったのか、消えたのもいて、全体数は把握しきれないが、選り取り見取りな種類がいる中、案外、河童を見つけたのは初めて。
「なんや、思ってたんより、グロテスクやないんやな」とこんこんも珍しがったもので、たしなめる前に「そちらの坊ちゃんの印象が、そうやからやろ」と好好爺な河童は微笑んだ。
「学校で芥川の小説でも、読んだんちゃいます?」
「ああ・・・たしかに」
中学生のころか、課題図書で読んだときは、おどろおどろしい異形の者というより、やに臭く酒浸りなおっさんのように捉えて、親近感を覚えたもので。
というか、河童のご指摘通り、あやかしの代表格といっていい彼の知識といえば、それくらい。
我聞の手伝いはもとより、母親の仕事でも、お目にかかったことはなかった。
後光寺外であやかしが見えるかどうかは、人の知名度や「実在する」との思い込み具合による。
その点、河童なんぞは、あやかしの代名詞のようなものだし、発祥の地(?)では、釣り糸にきゅうりを提げての「河童釣り」が割と冗談でなくされていたり、今の時代でも現実感がある存在とあって、しょっちゅう、水辺で見かけても、おかしくないはず。
「そら、あんた所詮、観光資源やつまらん商売ですわ。
やって、今は水難事故起こっても、河童のせいや、誰も思わんでしょ」
そう、今回の依頼の元になった騒動は、水難事故だった。
場所は郊外にある、山奥の池。「まぐれ池」と呼ばれ、名の通り気分屋で、常時、水をためておかずに、枯渇させることが、ままあるらしい。
不定期に池になったり、窪地になったりと。
秘境愛好家の間では、パワースポットとして知られていたのが、マニアの一人がビフォーアフターのように、池と窪地を比べた動画をアップしたのを機に、俄然、世の中から注目されることに。
「どこにあるんや」「どうやって行くねん」と市役所に問い合わせが殺到したものの、山は私有地で、道が整備さたり、地図や看板が立てかけてあったり、道しるべがあるわけでなかった。
山の所有者さえ、道に迷うほどで、素人が踏み入ったら、ほぼ遭難するだろうほど、山深い場所にあるという。
との旨を「池を見たい」「行きたい」と駄々をこねる人らに説明するも「役人の怠慢や」「どうにかせんかい」と聞き入れてくれず。
電話口やネットで不平不満を垂れる人が、無謀にも山に入って、負傷するか、亡くなりでもしたら、それこそ、役所の責任を追及されるかもしれない。
「観光地の目玉になるかも」との助平心もあり、山の所有者の了解を得て、役所は早急に「まぐれ池」までの散策道を敷いた。
ただ、役所の突貫工事的仕事に、異を唱える人がいた。
山の傍にある神社の神主だ。
神主曰く「まぐれ池には、この世ざる者がおる。池に入った者は足を引っ張られ溺れると、昔から不吉がられて、人は寄りつかんかった」と。
この世ざる者を鎮めるため、昔から今まで、歴代の神主は定期的に、池にお供え物をして、祈りを捧げているとのことだった。
とはいえ、時代の流れには逆らえきれず、役所の事情も鑑みた神主は「せめて、池に入らせないようにしてくださいませ」と妥協案を示した。
役所とて、時代は時代でも、神主の忠言を無下にはできないで、お祓いなどの儀式をしてもらい、昔からの言い伝えを書き添えた「池への立ち入り禁止」の看板を立てた上で、散策道を開通させた。
看板の効果があったからか、訪れる人が多かったからか、日中には、人目を気にしないで、池に跳びこむ馬鹿は出没しなかった。
が、「立ち入り禁止」と規制されるのを、むやみやたら反抗したがり、どや顔したがる、お年ごろは止めようがなかったようで。
俺の高校の先輩、カレカノとその友人の男女、四人が、夜に池に入りにいったらしい。
で、まんまというか、池に跳びこんだ男子二人が、溺れて死んだ。
池の深いところは、一五〇センチくらいで、二人とも一七〇越えの、しかも片や水泳部の男子が、本来なら、溺れるほどではない。
恋人と友人の女子の証言によると、足がつったとか、不測の事態があったでなく「どちらのほうが長く潜っていられるか」と危ない遊びをしていたのでもないと。
「一旦、跳びこんで、またすぐ跳びこみたいて、岸に上がろうとした。
けど、足が滑るようで、岸に手が届かんくて。
はじめは、私たちを引きずりこむため、演技をしとるんかと思ったけど・・・・違うて気づいて、手を伸ばしたら、また足を滑らせて、そのまま、なんかに引っ張られるみたいに、水の中に・・・そんで、浮き上がってこんくて」
ニュースなどで水難事故の検証がされ「浅くても、溺れることはある。とくに暗いと」と専門家は解説したものだが、大方の人は「看板を無視して罰が合ったのだ」と見ていた。
警察が調べたところで、原因究明がされなかったので、尚のこと、迷信は深まり、役所も、責任追及どうのこうのよりは「なんて、罰当たりなことを」との恐れから、敷いたばかりの散策道をとっぱらい、辺りを警察に見回りさせた。
散策道なくしては、池の祟りに合うどころか、辿りつく前に遭難しかねない。
ともなれば、浮わついて肝試しをしにくる不届き者も出張ってこず、時代遅れな迷信深さでもって「まぐれ池」騒動は沈静化していったものを、支障がないでもない人がいたようだ。
それが、彼氏を亡くした女子の、その両親だった。
ここらでは名の知れた財閥の両親は、娘の軽率な行為へのバッシングと「死なずに済んだとはいえ、祟られているのでは?」との悪しき風評に悩まされていた。
「大切な一人娘やし、将来は良家の、申し分ない男と結婚させたいんです。やから、今回のことで、傷ものになったみたいに見られるのは、困る」と池に居つくとされる、この世ざる者の解明を依頼した。
正体が判明した暁には、お怒りを鎮めるため、供養などの儀式をしたいと。
「『鎮まりたまえー』て金に物言わしてパフォーマンスして、娘への悪評を払拭したいんやろ」と唾を吐くように、ぼやいた我聞だが、依頼を引き受けた。
「でも、両親から、あやかしの気配は伝わってこんかったで」と首を傾げたものを「ほんまに水難事故やったか、それ自体、怪しすぎんねん」と「まぐれ池」に調べに行くよう、命じられて。
といって、日中は警察がうろついている。
さすがに夜中には引き上げるといっても、真っ暗闇の山に踏み込むのは自殺行為。
では、どうするかと考えた末、日中、イタチのこんこんに散策道の跡を辿りながら、目につくところに蛍光塗料をつけてもらった。
夜中になってから、一応、道案内役として、こんこんを肩に乗せながら、照らした蛍光塗料の印に導かれて、「まぐれ池」へ。
ちょうど、真上に月が照り、それを反射し、池自体発光しているように明るく、見通しがよかった。
ので、到着して間もなく、真ん中あたりに波紋が広がり、皿が乗った頭を覗かせたのが、すぐに目についた。
額と目元に深い皺が刻まれた、年老いた河童だった。
視線がかち合いながらも、水面に顎をつけたまま、つぶらな瞳を向けるばかり。
頑なに嘴を閉じているに「ああ、そうか」と思い、「ここで、人が死んだの、知らん?」とさりげなく呼びかけた。
頭をびくりとして、水面に波紋を広げたものの、俺の顔から、やや視線をずらし、首に巻きつく白いイタチを見とめてか、やおら岸のほうに寄ってきた。
手が届きそうで、届かない距離でとどまり、対して俺がしゃがみこめば、こう口を切った。
「ありゃあ、事故やなあて、事件ですわ」と。
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