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子を亡くした母のあやかし
十三
しおりを挟む「そう聞いて、将来、看護師になろう思うてん。
彼女のような看護師に。患者に怖がられても憎まれても、元気に退院させるために尽力する看護師になろうてな。
ちょうど叔母が、病院の退院率を高めようて試行錯誤してるときに、声をかけてくれたこともあって、今は結構、理想的な看護ができてる。
ただ、理想と現実はちゃう。
二十代んときは、どうしても、患者に怒鳴られたり罵倒されたり、陰口を叩かれたりするのを、気にしないではいられんかった。
しかも、同期の矢口さんが、『ナイチンゲールのようや』て評されるほど、カリスマ性のある看護士やったから、自分で比べたり、周りから比べられたりして、心が揺らぎかけてん。
自分は、このままでええんかなって」
物干し竿にかけられたシーツを手に取らず「カリスマ性?」と反芻すれば、彼女も手を止めた。
「ごめん」と返したからに、心にもない一言だったのだろう。
「まあ、でも、彼女はほんま、患者思いやった思うよ。
容態が急変して、危うかった患者に、誰も駆けつけてこんかったときは、勤務外で一晩中、寄りそってたし。
ただ、緊急事態やいうのに、患者の身内に連絡し忘れてたいう、ミスはしてたんやけどな。
一瞬、わざと身内に知らせんかったのやないか。
ほんで、その状況を利用して、献身さをアピールしたんやないかて、疑ったけど・・・。
嫉妬で目が曇って、そう見えるんやないかとも、考えた。
矢口さんは、そういった初歩的なミスが多かったとはいっても、おっちょこちょいやて、周りは見なして、疑ってはなさそうやったし。
私には自覚するより、嫉妬があるかもしれんて、そっちのほうを疑った」
嫉妬で盲目的になっている人は、自分を疑わないけどな。
と、思いつつ、まだまだ語り半ばなようなので、口を挟まなかった。
シーツに洗濯ばさみをつけたものの、新しいのを取ろうとせず、「やから、加奈ちゃんを看護するのは、気が進まなかってん」とシーツの向こうで、突っ立ったまま、彼女はつづける。
「嫉妬から無意識に、冷たく当たったり、意地悪するかもしれんて、思うたから。
それに、正直、『令和のナイチンゲール』の母親と比べられて、思うところを態度に示されるのは、嫌やったし。
でも、叔母たっての頼みで・・・。
で、はじめて、加奈ちゃんに会うたけど、めちゃくちゃ、ええ子やった。
同じくらいの年のとき、自分がどんだけ、わがままな糞餓鬼やったか、覚えているから余計に、似た境遇にあって、笑顔を絶やさんで、素直でおるのが、偉い思うたわ。
大人の患者さえ、泣かせる私に、むしろ安心させるように、にこにこしてくれて。
なんやろな。加奈ちゃんににこにこされたら、自分が肯定されるみたいやった。
矢口さんは矢口さん、私は私で、ええんやって」
一旦、言葉を切り、語っている間、止めていた手を動かしだし、新しいシーツを広げた。
シーツの端から覗けた顔は、相変わらず、感情が失せていたものを、心なし、手つきが丁寧になる。
「代役やから、大したことはできへんかったけど、二日目で長引いていた風邪が治ったし、血糖値もよおなった。
長いこと悪いままやった症状に、緩和の兆しが見えてん。
加奈ちゃんの体に変化があったんか、治療になんか、とっかかりがあったんか。
そこらへんを調べて、はっきりさせながら、治療をすすめていったら、退院できる状態まで、もっていけるかもしれへん。
て、医師と興奮して話し合ったし、矢口さんにええ知らせをできる思うてたんやけどな・・・」
シーツを整え、ぱんぱんとする前に「体調はよなっていたのに、どうして?」と核心を突く。
資料には、矢口加奈の死に関しては、母親の「病院の医療ミス」との証言だけで、医学的な見解が書かれていなかった。
「医療ミス」の真偽は置いといて、病院側が否定するなり、説明するなりしないのは、どうしてなのか。
と含みがあっての、質問だったのが、「理由は分からない」と疑惑をかけられている当人に、わだまかりはないようだ。
「記憶を掘り起こしても、記録を見直しても、心筋炎が引き起こされるようなことは、なんも、なかったんやけど・・・・。
大体、調べたくても、亡くなった直後、矢口さんが加奈ちゃんを、病院から、連れだしてもうたから」
シーツがぱんぱんとしたのに合わせられず、「え?」と手をとどめてしまう。
そりゃあ、そうだろう。
病院は死後、面会もさせてくれず、娘を火葬に直行させたという、矢口冴子の訴えが、丸々、ひっくり返されたのだから。
「容態が急変したとき、連絡したんに、つかまらんくて。
医師が死亡宣告したときになって、矢口さんが病室にきてん。
まだインフルエンザの風邪は治ってなかったけど、加奈ちゃんが心配でこっそり見にきたらしい。
事情を説明したら『あんたたちが殺したんや!』叫びはじめてな。
『病室からでていけ!』て暴れるもんやから、しばらく、二人きりにさせようって、一旦、スタッフはその場から放れた。
受付の子が、病室を窺ってたんやけど、ちょお、目を放した隙に、加奈ちゃん抱えて、非常口からでていったみたいで。
その後、どうなったんか。
彼女に電話しても、全然、でえへんから、分からんねん」
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