生臭坊主と不肖の息子

ルルオカ

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子を亡くした母のあやかし

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血のつながりのない従妹と従兄が、大人になって似たような、商法違反一歩手前の商売をしだしたのは、たまたまなのか、そうでないのかは、分からない。

はっきりしているのは、手法は同じでも、手順が異なることだ。

ぶっつけ本番で対面して、その場ですぐ結論づける母親に対し、我聞は下調べをするし、相手が詳細を語ってからも、調査を重ねて、あやかしの名を口にするまで時間をかける。
初対面で、あやかしの正体を俺が突きとめても、だ。

また、母親は俺に、鑑定中は隣室に控えさせていたが、我聞は依頼人に相対するとき、作務衣姿の俺を隣に座らせる。で
、「こちらは不肖の息子でして」と紹介をする。

自分は「父親呼ばわりすな」と頭を叩くくせに。
我聞曰く「相手を油断させるためや」らしいが。

まあ、といって、俺は元々、存在感が薄いし、只者ならぬ雰囲気「だけ」はある我聞の隣にいては尚更、幽霊的だから、ほぼ依頼人に声をかけられない。

あまり、目を向けられることもないとはいえ、注意深い人がいたり、不意打ちがあったりするので、的外れな発言や反応をしないよう、我聞には、きつく、いいつけられていた。
「依頼人の基本情報、頭にいれておけ」と資料の紙束を渡されて。

資料は二日前に受けとっていて、読み終えていたが、おさらいをしようと、昼休みになって階段に座り、弁当を食べながら、プリントに目を走らせた。

今回の依頼人は「矢口冴子(35)」で、元看護師。

テレビを見なければ、新聞や雑誌も読まず、ネットもしない(スマホではなくガラケーだし、寺にパソコンはない)俺が、知る由もない彼女は、最近まで、巷を騒がせていたらしい。

矢口冴子はシングルマザー。

一人娘がいるものの、幼いころから糖尿病を患い、さらに合併症で、鼻炎や気管支炎など、体のいたるところに不具合を生じさせ、寄生虫やインフルエンザのウィルスなどによる、感染症も起こしやすかったから、ずっと長いこと、入院していた。
糖尿病が発覚した三歳から、十歳になるまで。

入院していたのは矢口冴子が看護師として、勤めていた病院。
病院は協力的で、入院費などの費用を肩代わりし、彼女を娘の担当にもしてくれたらしい。

そこまで、病院が優遇したのは、彼女が大切な一スタッフだから、だけではなく、抜群に患者受けがよかったからだ。

生き仏のように情が深く、訳隔てなく患者を慈しみ、親身になって目をかけてくれると、看護してもらった人は口々に、その仕事ぶりを絶賛し「令和のナイチンゲール」と称える人までいたとか。

看護師として、もてはやされていた一方で、娘の糖尿病は中々、改善しないで、伴う合併症や感染症もおさまらず、母親としては、心労の絶えない日々を送っていた。

不安定ながら、症状が低空飛行を保ち、それ以上、悪化しないでいたのが、せめてもの救いだったものを、その終わりは突然、訪れた。

矢口冴子がインフルエンザに感染して、休んだとき。
同期の看護師が、代わりに娘を含めた担当患者の世話を引き受けてくれたのだが、休んで三日にして、娘が亡くなったのだ。

心筋炎になって容体が急変し、処置を施したものを、手に負えなかったとのこと。
危険な感染症にかかり、そのせいで心筋炎が引き起こされたものと考えられたため、娘が心停止して間もなく、速やかに火葬がされた。

そのときのことを、矢口冴子が証言するには、自分に知らせず、娘の顔も見せてくれず、遺体が処理されたという。

そうしたのは、不都合な真実を隠すためだったのではと、疑った彼女は、告訴状を提出し、ネットでも訴えた。
「病院が、娘の担当看護師、島津早苗のミスを隠蔽するため、私の娘の死の真相を隠した」と。

娘の死に気を動転させるあまり、モンスターペアレント化しているわけではない。
として、彼女曰く客観性のある疑う理由を二つ、あげた。

一つ目は、島津早苗が自分を妬んで、前から敵視していたから、というもの。

島津早苗と矢口冴子は同期。
おかげで、元々、比べられやすかったのだが、病院での二人の評判は、見事なまでに対照的で、一方は「令和のナイチンゲール」と、一方は「鬼軍曹」とあだ名をつけられていた。

「鬼軍曹」と呼ばれるからに、島津早苗は常にしかめつらくして、一切、愛想をふりまかず、情け容赦なく、患者に治療方針を従わせた。

例えば、「どうしても、薬を飲めない」と患者が泣いたとしても、飲みこむのを見届けるまで、腕を組み仁王立ちして、傍で見張っているとか。

鬼軍曹の鬼指導に、患者は逆らえずとも、疎ましがっていたし、病院にクレームすることもあり、さらには、矢口冴子を引き合いにだして「爪どころか、体中の垢を飲ませてやりたいわ」としょっちゅう、陰口を叩いていた。

矢口冴子と島津早苗本人らは、いがみ合うでもなく、仕事以外では口を利かない間柄だったものを、外野の声がやかましかったからに、「さぞ、私を忌々しく思っていたはずや。その娘となれば、患者いうても、そら、よお思えんかったやろ」と。

だから、代わりの担当看護師になったのを好機とし、腹いせに娘を殺した。
と、までは、さすがに思わなかったものを、ずさんな対応をして、医療ミスをしたのではないかと、疑ったというわけだ。

もし、医療ミスがあったとして、どうして病院は「令和のナイチンゲール」より「鬼軍曹」の肩を持ったのか。

疑う二つ目の理由でもある、その答えは、病院の理事長が、鬼軍曹の叔母だから。

肝いりでコネ就職させた、かわいいかわいい姪っ子を庇うためなら、看護師の鏡といえる「令和のナイチンゲール」を切り捨てるのも辞さなかった。
渦中の人が、病院トップと関係が深いとなれば、そうやって理事長の身内贔屓によって、医療ミスが隠蔽されたと、疑われてもしかたないところ。

以上の内情を、「令和のナイチンゲール」が涙ながらに打ち明けたところ、ネットで知った多くの人が同情を寄せ、マスコミも食いつき、矢口冴子大応援団が結成された。

が、「鬼軍曹は看護師失格だ!」「身内経営の病院の腐敗だ!」と正義を求めての、世間の声は届かなかったのか、告訴状は受けつけられず。
被害届をだすも、やはり、警察は重い腰をあげようとしなかった。

「警察の怠慢だ!」と飛び火したり、「警察は病院に加担しているのではないか!」と陰謀論まで唱えられだし、ますます、世間がにぎやかしくなろうと、病院側と島津早苗は口を閉ざしたまま、メディアを通して反論もせず。

不当解雇されて以来、矢口冴子も話し合うどころか、会わせてももらえず、そのうち、埒が明かないとして、とうとう民事訴訟を起こした。

訴訟理由は、「娘の死を不当に扱われたことに対しての慰謝料請求」。

弁護士が協力を申し出たり、訴訟費用をカンパしたりと、大応援団からの支援を受けつつ、カメラマンやリポーター、記者を従え、満を持して裁判に挑もうとしたところで、精神的に参って、限界だったらしい矢口冴子が、倒れてしまう。
心身の憔悴がひどく、長い休養が要るとされ、一旦、訴訟は取り下げることに。

倒れた理由として、「病院から脅されている」「病院の息がかかった連中が、嫌がらせをしてくる」と被害を訴えるも、やはり警察は耳を貸してくれず。

どこまでも、自分の訴えが、社会に聞き入れられない状況に、やりきれなくなったのか、さらに矢口冴子は精神を崩壊させ、被害妄想なのか、そうでないのか、うわ言を口走るようになった。

今では家に引きこもりがちで、大応援団も距離を置いているという。




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