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マイヒーロー オワ マイデビル

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「この男は、救いの神が、破滅に誘う悪魔なのか」ともったいぶって考えながら見つめるのに、長いだんまりも屁でなさそうに、ぼうっと見かえす彼の胸中は知れず。
と思いきや、ふと視線を落とした。

つられて見下ろすと、ひしゃげたカップと、黒い液体に濡れた手。丸くした目をあたりに向ければ、テーブルにも黒い水滴が散って、どうやら、力一杯、中身たっぷりのカップを握りつぶしたらしい。

まったく覚えはなく、なんというか、酔って一物をぽろりとしたような居たたまれなさが。

顔を沸騰させつつ、取りつくろうとしたのを、コーヒーまみれの手を見つめたままの彼は「分かった」と。物々しく肯いてみせて告げたことには。

「ゲイもんのAVは俺が調達するから」

「はあ?」と声なく、顎が外れたように口をあんぐり。

よく友人が揶揄するところの「吊るされたバナナを、口を開けたまま見あげるゴリラのよう」なまぬけ面だったと思う。
が、くすりともされず「心配しなくていい」と真面目くさったまま、語りかけてきて。

「俺の知りあいに、AVをネット販売しているヤツがいる。
そいつが取り扱うのには、特殊なものが多くて、もちろんゲイ向けの商品も。それで・・・」

話し半ばなれど「いやいやいやいや!」と大声で遮断。

かまわず「いやいや、だから」とつづけようとするのを、まあまあと宥めるその手をつかんで、口を閉じさせた。

ゲイのAVについて、話の腰を折ったのは彼だ。
のに今更、蒸しかえすなんて乱暴というか、大体、冗談だったのではないのか。

頭を混乱させるうちにも、もっともらしく具体案を伝えてくるから、笑う暇もない。

「いやいや!」と待ったをかけたものを、なんと云うべきか。彼の手をつかんだまま、途方に暮れると「詐欺的に商品を売りつけようってんじゃない」と的外れに汲みとられてしまい。

「その知り合い、発注ミスして、売りさばけないほど大量のゲイもんを抱えこんだらしいんだ。
といって、金には困っていないし、親切なヤツだから、事情を打ちあけたら、きっと提供してくれると思う」

まっすぐ目を見て説得するさまは、とぼけているようでなく、語る内容もねつ造にしては、できすぎ。

俺をだましたって、なんの得もないように思えるし。
といって、人をゲイのAVで貶めるなど荒唐無稽な計画に「それだ!」と浮き浮きで跳びつけるわけがなく。

ふつうに考えれば、からかわれているのだろう。

人が精神を病みそうに悩んでいるというに、不遜なものだが、本気なら本気で「やばいヤツ」だ。

どちらにしろ、正気を疑うところ、頬を膨らませた俺は、ひたすら震えて。
で、「大丈夫だから」と頼もしく肯いたのに耐えきれなく「ぶふう!」と。

テーブルを叩きながら笑いこけるも、彼はつられることなく、逆に口をへの字にして「なに、知り合いがAV関連の仕事しているのが、そんな可笑しいのか」とむきになって。

「AVを馬鹿にするなよ。

誰にだって、人に云えない秘密の一つや二つ、ある。
性的なものは、とくにな。

周りに知られることを望まないで、静かに暮らしたい人なんか、AVに救われるわけ。
自分と似た性質の人が、ほかにもいると思えて、寂しくなくなるし、映像である程度、消化できて、犯罪に走ることもないだろうし。

あ、だからって違法なものは扱っていないから。

そいつの持論は、エロの仕事は大々的にできなくても、恥ずべきものではない。
社会に貢献してるって胸をはりたいから、疚しいことは絶対にしないって」

悪ふざけなら、相手を笑わせたところで万々歳だろうに。

もっと意固地になって、知り合いとAV業界の擁護をしだしたからに、たまったものではなく「分かった、分かったから!もうそれ以上しゃべるな!」と涙目にひいひいと。

「そんな馬鹿笑いして、分かっているわけないだろ。こら、おい、ちゃんと聞けって」と身を乗りだす彼の顔つきは、頬が赤赤とした中坊のようだ。

その童顔ぶりで、AV業界の健全性を訴えるは、男二人、額をつき合わせゲイのAVについて語りあうは、可笑しいことだらけだったが、笑いを絶やさなかったのは、単純にうれしかったからだと思う。

たとえ冷やかしでも、気休めだとしても、かまわなかった。

冗談にしろ、なににしろ「副店長など地獄に落ちればいい」と誰も云ってくれなかったから。

彼の語りはとどまらず「AV業界の売り上げと性的犯罪率の数値はともに上昇傾向にあるが、関連はない」とかなんとか、ややこしい領域にまで至った。

なかなか話が尽きそうにないのに、茶茶をいれては埒がないだろうと、口端を引くつかせつつ、傾聴するふりを。

ただ、おちょくるように「うんうん」とヘッドバンキングをしたのだが、目もくれず、彼は懇懇と語りかけつづけて。
かみ合わないコントのようなのに、噴きだしそうになりながら、ふと息苦しさを覚えた。

彼と似ても似つかない、眼鏡をかけた小男の仏頂面が重なって見えてのこと。
「ああ、邪魔をするなよ」と目を細めるも、幻は色濃くなっていくよう。

ついには諦めて、幻にかき消されそうな彼に気づかれないよう、自嘲的な笑いを噛みしめた。





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